「少尉。少尉はどうしてその体になっても、まだ戦場で戦うのですか?」
ルーシャが人族特有の黒色の瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「さあ、何故だろうな……」
ボルドはルーシャから視線を逸らして、遠くに見える山の稜線へと視線を向けた。この景色だけを切り取って見ると余りにも穏やかで、ここが戦場だとは思えなくなってくる。
「この戦争で仲間も部下も多くの者たちが死んだ。でも何故か俺は、この片腕を失っただけで生き残っている。それを恥じているわけではない。だが、生き残ったからといって、傷病兵として除隊するのは少しだけ違うのではと思った……のかな」
「では……死ぬまで戦うつもりなんですか?」
ルーシャの言葉にボルドは首を傾げてみせた。
「いや、どうだろうな……」
ボルドはそこまで言って口を閉ざした。正直、自分でもよく分からなかった。兵士である以上、死ぬことは仕方がないとの思いはある。ならばルーシャが言うように自分は死ぬまで戦うのだろうか。
そういえば、衛生兵のハンナにも同じように訊かれたなとボルドは思った。あの時、自分は何と答えたのだったろうか。ハンナは確か死ぬために戦場に立つことは止めろと言っていた……。
穏やかな風に吹かれてルーシャの明るい茶色の髪が揺れていた。ボルド自身は目にすることができないが、この風の中にも風の精霊がいるのだろうか。
精霊を見ることができる者もいるというエルフ種のハンナであれば、風の精霊を感じ、見ることができるのだろうか。この中にルイスやゴーダもいるのだろうか……。
「私は少尉に死んでほしくないです。いえ、少尉だけじゃないです。ハンナ一等兵もジェロム軍曹も、この小隊の皆にもこんな戦争なんかで死んでほしくないです……」
少女が言うこんな戦争で死ぬことを義務づけられた人族の少女……。
彼女たち自らが承諾したこととは言っても不憫としか言いようがない。困窮を極めている人族の頬を札束で叩いて承知させたようなものなのだ。それにそもそも、こんな子供に承諾も何もないだろうと思う。
そんな彼女を前にして、自分は決して死ぬことはないとボルドには言うことができなかった。それでは既に死ぬことを義務づけられた者に対して、余りに不公平が過ぎるのではないかとボルドは思う。
「そうか……ルーシャは優しいのだな。俺に死ぬなと言ったのは、お前で三人目だ。ありがとう」
ボルドはカイネルとハンナの顔を思い浮かべながら言う。
素直に礼を言われてルーシャは照れたのか、少しだけ俯いてしまう。短く切り揃えられている髪の毛から覗いている耳が、少しだけ赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか。
「少尉、約束ですよ。死なないで下さいね。失礼します!」
ルーシャは急に顔を上げてそう言うと、駆け出して行ってしまう。
急に視界に現れて、急にその視界から消えて行く。まるで風のような少女だなとボルドは思う。
そんな少女を自分は死地に向かわせなければならない。ルーシャだけではない。第四特別遊撃小隊にいる他の志願兵、セシリアやラルクもそうなのだ。彼らにこれから死んでこいと言える資格が自分にあるのだろうか。
いや、そんな資格は誰にもありはしないだろう。人の生き死にを決定する権限などが本人以外の他者にあっていいはずがない。
一方で決戦も近いのに何を自分は未だに迷っているのだとの思いもあった。実際、自分は既に命じたのではなかったのか。ルイスとゴーダに死んでこいと命じたのではなかったのか。
自分にそう問いかけながら、ボルドは穏やかな風が舞う宙に黒色の瞳を向けた。自分はどうすればよいのだろうか。志願兵たちの思いを遂げさせてやるしかないのだろうか。
答えが見つからない。
いや、違うなとボルドは思った。彼らの思いを遂げさせると一度は決めたのだ。そもそもこの小隊を任された時からそう思い、そう決めたはずだった。
……結局、自分は人族を犠牲とする作戦に少しも納得していないのだろうとボルドは思う。納得したふりをしているだけなのだ。
本当の思いに葢をしてやり過ごしているだけだから、何かの拍子でその葢が外れて本当の思い湧き出てくるのだ。
ルーシャたち志願兵はどうなのだろうか。彼女たちも本当の思いに、生きたいという思いに葢をしているだけなのだろうか。
ボルドはそこまで考えると、一人首を左右に振った。
当たり前だった。そんなことは考えるまでもないことだ。自分が好んで始めたわけでもない戦争で誰が死にたがるというのだろうか。
……自分はそんな彼らに何ができるのだろうか。何をするべきなのだろうか。全てを割り切ってしまってカイネルが言うように、戦争が終わった後を見据えて人族のために尽力すべきなのか。
だが、それは単なる贖罪でしかないのではないだろうか。
答えが出るはずもない疑問が次々とボルドの中で湧いてくる。風の精霊でも何でもいい。ボルドは誰かにそれを教えてほしいと心から願っていた。
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