風の歌は雲の彼方に

片腕を失った兵士と少女が紡ぐ物語
yaasan y
yaasan

ルーシャとルイス

公開日時: 2021年6月9日(水) 11:45
更新日時: 2023年9月4日(月) 13:44
文字数:1,857

 塹壕掘りの間に取られた短い休憩の時だった。自分たちが掘った塹壕の縁に腰掛けてルーシャが喉を潤していると、ルイスがその隣に腰掛けた。

 

「あれ、一人なんて珍しいわね。ラルクは?」

「ラルクの兄貴はジェロム軍曹に呼ばれて、とこかに行ったみたいだ」

 

 ルイスは口を尖らす。そんな横顔を見ていると、まだまだ子供以外の何者にも見えない。

 

 風が気持ちいいなとルーシャは思う。穏やかな風がルーシャの明るい茶色の髪を揺らしている。ルーシャには見ることができないが、この風の中では風の精霊たちが戯れているのだろうか。

 

 ルーシャは何もない空間にそっと手を伸ばしてみた。伸ばした手の先で風の精霊が戯れていたらと思うと少しだけ嬉しくなってくる。

 

 母神クロネルの慈悲によって人族が風の精霊に生まれ変わるというのは本当なのだろうかとルーシャは思う。そうであったらいいなとも思う。そうすれば、村に帰っていつまでも両親や妹、弟たちの周りで戯れていることができるのに……。

 

「……ねえ、ルーシャ、訊いてもいい?」

「ん、何?」

 

 急に思考を中断されてルーシャは少しだけ驚いた顔をルイスに向けた。

 

「あ、あのさ、ルーシャは女の子だしさ、こ、怖くないのかなって……」

 

 怖いのも悲しいのも当たり前だった。それゆえにルーシャたち志願兵はこういった会話を互いに余りすることがなかった。

 

「……怖いよ。だから、いつも泣きたくなる……かな」

「そ、そっか……」

 

 ルイスはどこかほっとした顔で言う。きっとルイスも怖いのだろうとルーシャは思う。でも、それは当然の感情なのだ。そして、怖さを感じてしまう臆病者が自分だけではないと分かってルイスは少しだけ安心したのかもしれなかった。

 

 無理もない。まだ十三歳なのだ。こんな戦場に連れてこられれば怖いに決まっている。

 

「……ルイスは誰かを助けてあげたいんだよね?」

 

 ルイスは一瞬の沈黙の後、小さく頭を縦に動かした。

 

「……誰かを助けてあげたい。何とかしてあげたい。そう思った自分のためにここに来たんだよね?」

 

 再びルイスは頷く。

 

「俺は自分の村でできることは何もなかった。何とかしてあげたかったけど、俺には何もできなかった。でも、ここにくれば……」

 

 ルーシャは両手でそんなルイスを優しく胸に包み込んだ。ルイスの匂い、弟のマシューに少しだけ似ているなと思った。そして、そう考えると少しだけ悲しくなってしまう。

 

「大丈夫。強く優しい思いがあれば、母神クロネル様がきっと守ってくれる。勇気をくれるから。最初は少しだけ怖いかもしれない。泣きたくなるかもしれない。でも、ルイスなら大丈夫。それにルイスは人族最強なんでしょう?」

 

 ルイスはルーシャの胸に抱かれて、へへっと笑った。でも、涙を見られたくないのか顔は上げなかった。

 

 そう、きっと大丈夫。ルイスも私も大丈夫。母神クロネル様が、きっと皆が前に進める勇気をくれる……。

 ルーシャはそう心の中で呟くのだった。

 

 

 

 

 「ボルド少尉、よろしいでしょうか?」

 

 夕刻、そんな言葉と共にボルドの天幕にハンナが姿を見せた。

 

「珍しいな、ハンナ。どうした?」

 

 ボルドは机の上で目を通していた書類から視線をハンナに移した。

 

「いえ……昼間に幕僚本部のカイネル大佐をお見かけしたので、何か新しい命令であったのかと気になりまして」

「意外だな。カイネル大佐と面識があるのか」

「……いえ、一方的に存じ上げているだけですよ。有名人ですからね」

 

 ハンナの言葉にそんなものかとボルドは思う。確かに救国の若き英雄だの何だのと、カイネルは呼ばれていた気がする。

 

「それで?」

「いえ、いよいよ決定したのかと。もしそうであれば、志願兵たちに対して心の配慮も必要でしょうから」

 

 志願兵たちが何を思ってこの戦地に来たのか……ボルドにもそれを推測することはできるが、日々何を思っているのかとなると難しい。日々、死の恐怖と戦っているのか、それとも諦めの境地にいて逆に死を呼び込もうとしているのか。

 

 ハンナは配慮と言ったが、彼らを行かせる立場にいる者たちがそんな配慮などかできるものなのだろうか。

 

「その顔を見ると、出撃命令が出たのですね」

 

 ハンナはかつて見せたことのない厳しい顔をしている。

 

「あまりそんな顔をするな。美人は怒ると箔がついて怖い」

 

 ボルドは敢えてそう言ってみたが、ハンナは表情を変えることはなかった。ボルドは小さく溜息を吐いた。

 

「出撃命令が出た訳じゃない。ここの死守を命じられただけだ」

 

 それを出撃と言うのではとハンナが言うことはなかった。ただ黙って大きな青色の瞳を真っ直ぐボルドに向けているだけだった。

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