風の歌は雲の彼方に

片腕を失った兵士と少女が紡ぐ物語
yaasan y
yaasan

初陣後

公開日時: 2021年4月28日(水) 10:41
更新日時: 2023年8月24日(木) 18:20
文字数:1,898

 ルーシャの初陣は第四特別遊撃小隊に限って言えば被害もなく無事に終わった。覚悟はしていたものの、やはり初めての戦場はルーシャにとって純粋な恐怖を覚える過酷なものだった。

 

「やっぱり凄かったな……」

 

 エレガスタ地区の後方補給基地に張られた天幕の中で、ルーシャと同じ志願兵のラルクが呟くように言う。ルーシャはそれに無言で頷いた。

 セシリアにいたっては、いつものような笑顔を見せることもなくて帰還時からひと言も口を開くことがなかった。

 

 無理もないとルーシャは思う。補給物資を届けた最前線は酷い有様だった。基地内は次々に運び込まれる負傷兵で溢れており、砲弾などによる爆発音も止まることもなく響いてくる。

 最前線の基地から見える土煙りや遠距離魔法の煌きがある度に、いくつの命が傷つき失われたのだろうかと思うと自然に自分の両足が震えてくるのだった。

 

「俺たちはあの中に突っ込んで行かなければいけないんだ」

 

 ラルクの言葉にセシリアが、勢いよく顔を上げた。次いで可愛らしい顔を大きく歪める。しかし、涙を流すことはなかった。セシリアの両肩が小刻みに震えているのは、それを必死に堪えているからなのだろう。そう思うとセシリアが可哀想でルーシャも涙が込み上げてくるのだった。

 

 ルーシャもラルクの言葉通りだと思った。私たちは行かなければならないのだ。何度となく覚悟もしたし、その想像もして納得してきたつもりだった。でも、改めてその現実をこうして突きつけられると泣き出したくなる。逃げ出したくなる。

 

 でも、そのどちらもできなかった。泣き虫のセシリアでさえこんなに我慢しているのだ。

 

 家族のためではない。家族を救いたいと思う自分のために覚悟を決めたはずだった。だけれども、今またこうして臆してしまう自分がいた。

 

 ルーシャは自分の両手でセシリアの両手を包み込んだ。皆、同じ気持ちなのだ。ラルクもセシリアも、そして自分も。何度決意しても、その度にまた気持ちが揺らいでしまう。そしてその度に悲しくなる。

 

「ルーシャちゃん、ごめんね。いつも泣いてばかりで」

 

 ルーシャは無言で首を左右に振る。

 ラルクが、ばーか気にすんなと言って少しだけ笑う。お互いが慰め合う以外に自分たちが何もできないことが、また少しだけルーシャは悲しかった。

 

 

 

 

「失礼します」

 

 その言葉と共にボルドの天幕にハンナ一等兵が入って来た。その姿を見ながらこの救護兵とも奇妙な縁だとボルドは思う。最初に会ったのは片腕を失った時に運び込まれた野戦病院の看護師としてだった。

 

「帰還早々にすまないな」

 

 ボルドがそう声をかけるとハンナが無言で首を左右に振った。

 

「新兵たちの様子はどうだ?」

「肉体的には問題ないですが、精神的な看護は必要かと思います」

「そうか。無理もないといったところだろうな。初めての戦場だったんた。俺があの歳だった頃はまだ鼻水を垂らしていた」

「……少尉でもそういう冗談を言うのですね」

 

 ボルドは思わず顔が赤くなるのを感じた。特に笑わそうと思って言った訳ではないのだが、にこりともせずに正面からそう言われてしまうと恥ずかしさを覚えてくる。

 

「……冗談ですよ、少尉」

 

 ハンナはそう言って微笑を浮かべた。

 

「人が悪いな、ハンナ一等兵」

 

 ボルドもそれに合わせては苦笑を浮かべる。

 

「少尉、一つ訊いてもよいでしょうか?」

「任務に関することならな」

 

 ボルドは軽く頷いてみせた。

 

「少尉は何故、この作戦に志願したのでしょうか?」

「……正直、まだ分からないな。この体で自分が何故戦場に戻ろうとしたのか、俺にもまだ答えが出ていない」

 

 実際、何故カイネルからの要請を受けてしまったのか自分でも分からなかった。

 

 片腕を失くしてもまだ戦えると思ったのかもしれない。先に死んでいった者たちに対して、自らも続くために死に場所を探しているのかもしれない。自分の体に半分だけ流れている人族の血が彼ら志願兵の身を案じてそうさせているのかもしれない。

 

 これらのどれもが正解であるような気もするし、どれもが間違いである気もした。

 

「……分かりました。ただ、死ぬために戦場に立つことはお止め下さい。それは必ず死ななければいけない彼らに対して失礼です」

 

 ハンナの言う通りだとボルドは思った。彼らが志願するにあたって彼ら自身の中で、生と死の折り合いをどのようにつけたのかは知る由もない。だが、一つだけ言えることがあった。彼らだって死にたいはずがないのだ。

 

 ならば生きられる自分が死に急ぐことは、生を選択できない彼らに対して失礼なことであるのかもしれなかった。

 

「そうか。そうだな。それだけはしないと約束する」

 

 ボルドは人族の血が流れる証である黒色の瞳をハンナに向けてそう言った。

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