「ボルド少尉、そいつはいいのか?」
「大丈夫です」
イェンスはボルドの言葉に一瞬だけ口を開きかけだが、諦めたように頷いた。
「分かった。無茶はするなよ。こんな戦争だからって無駄に命を捨てていいもんじゃない。それでは先に死んでいった者たちに失礼だ」
イェンスはそう言って背後を振り返る。
「よし、お前ら、重装歩兵第七小隊の花道だ。踏ん張って行くぞ!」
イェンスの言葉に四名の重装歩兵たちが力強い返事で応えていた。
ボルドはそれを横目で見ながらラルクに顔を向けた。
「ラルク、あの城門はお前に任せる」
「分かりました。任せて下さい」
ラルクが真っ直ぐにボルドの瞳を捉えたままで言葉を返す。
「ラルク……」
ルーシャが悲痛な面持ちでラルクに声をかけた。
「ごめんな、ルーシャ。俺、先に行くぞ」
ラルクはそう言って、ルーシャの片頬に自分の片手を静かに置いた。
「今までありがとうな。いつでも明るいセシリアと、いつでもよく笑うルーシャがいたから、俺は逃げずにここまで来られたんだ。本当に感謝してるんだぜ」
そう言ってラルクが屈託なく笑う。ルーシャは自分の頬に置かれたラルクの片手を両手で包み込むと、それを胸の前に持っていく。
「……行っちゃいやだ。行っちゃいやだよ、ラルク……」
そう呟くように言うルーシャの表情は、彼女が俯いているためにボルドに見ることはできなかった。
ラルクは残る片手でそんなルーシャの明るく茶色い頭を二度、三度と優しく撫でた。
「ルーシャ……ごめんな」
少しの沈黙の後、ルーシャは諦めたようにゆっくりと首を左右に振ってラルクの手から自分の両手を離した。
ルーシャの両手で包まれていた自分の手の平をラルクは少しの間だけ見つめた後、ボルドに視線を向けた。
「ボルド少尉、俺は魔族が嫌いです」
ボルドは無言で頷いた。ラルクが何を言おうとしているのかは分からなかったが、人族の立場で魔族に好意的な者など多くいるはずもなかった。
「戦争を終わらせるために、魔族のために死ぬつもりなんてないです。でも、人族のためならば、皆のためなら……」
「ああ……」
自分の声が掠れていることをボルドは感じていた。いつもそうだとボルドは思う。こんな時にかける言葉を自分は見つけることができない。
「……少尉、ルーシャのこと、お願いします」
そう言って頭を下げたラルクにボルドは無言で頷いた。
皆がこうして何かを自分に託していくのだとボルドは思う。自分はその託された物をどうすればいいのだろうか。
「……分かった」
ボルドは頷くと再び口を開いた。
「……ラルク三等陸兵、出撃を命じる」
「……はい」
ラルクは静かに、それでいて力強く頷くと敬礼をボルドに返した。
ルーシャがそんなラルクの首に両腕を回して頬を寄せる。ルーシャにもラルクにも涙はなかった。しかし、彼らが全身で泣いているのは明らかだった。その事実がボルドの心を更に苛む。
「手前ら、行くぞ。盾になれよ。壁になるぞ。志願兵を城門まで俺たちが必ず連れて行く!」
やがて、イェンスの声が周囲に響き渡った。
いつものようにその別れは唐突だった。
そうして十五時四十五分。第一、第二、第四特別遊撃小隊志願兵による突撃が始まった……。
塹壕の外は銃弾と魔法が飛び交っていた。自分の四方はイェンス少尉が率いる重装歩兵に固められているとは言え、この中を走り抜けるのかと思うと、少しだけ恐怖が湧いてくるのをラルクは感じていた。
死ぬこと自体に余り恐怖はなかった。何度も考えていたことだ。正直、諦めに似た気持ちもある。だがそれでも、死ぬまでの過程には恐怖を感じてしまうようだった。
残してきたルーシャが最後の時、この恐怖を感じなければよいのにとラルクは思う。
ラルクの左手にいた重装歩兵が、魔法の直撃を受けて倒れ伏した。しかし、それに構うことはなくラルクたちは城門を目指して走り続けた。
先頭のイェンス少尉が一瞬だけ背後のラルクに顔を向けた。
「すまないな。人族にこんな役目を押しつけて」
「いえ……」
ラルクはそれだけを言った。
あんたたちだって同じだろうと思う。死ぬことが分かっていながら、その身を挺して志願兵を守っている。必ず死ぬのであれば、それは自分たち志願兵と何ら変わらない。
ラルクにも理由があるように彼らにも命を賭して志願兵を守る理由があるのだろうか。いや、きっとあるのだろう……。
……死にたくないな。
ラルクは単純にそう思った。でも、自分が死ぬ理由は確かにそこにあった。
……家族のために。
でも、死にたくないなと単純に思う。そして、そう思いながらも一方では仕方ないことだと納得している自分がいた。
ルーシャが言っていたのだったろうか。これで戦争が終わるかもしれないと。だったらいいなとラルクも思う。他の人族がもうこんな自分のような思いをする必要がなくなるのだから……。
「ラルク三等陸兵! もうすぐだぞ。準備に入れ」
先頭を走るイェンス少尉から声が飛ぶ。乱れようとする呼吸をなるべく整えながら、ラルクは意識を集中し始めるのだった。
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