風の歌は雲の彼方に

片腕を失った兵士と少女が紡ぐ物語
yaasan y
yaasan

風の精霊

公開日時: 2021年6月16日(水) 12:47
更新日時: 2023年9月6日(水) 09:18
文字数:1,780

  イ号作戦の発動によってジルク補給基地を辛うじて死守したガジール帝国は、その五日後にダリスタ基地奪取に向けての出撃を決定した。

 

 投入される兵力は五千。その中には第一、第三、第六特別遊撃小隊が編入されていた。イ号作戦を再び発動してでもダリスタ基地を奪取せよということなのだろうとボルドは思う。

 

 ボルドが率いている第四特別遊撃小隊はその出撃に編入されなかったが、ダリスタ基地を奪取すればそこに合流する命が下るのは明白だった。おそらくは第一から第九まである全ての特別遊撃小隊が集められることになるのだろう。

 

「決戦は近いか……」

 

 ボルドは自嘲気味に呟いた。要塞都市グリビア攻略の命令は、ダリスタ基地を陥落させ次第、発令されるのだろう。そもそもがイ号作戦はそれを目的として立案された作戦なのだから。

 

 志願兵の犠牲を前提とした決戦。それを考えると口の中に苦い味が広がるのをボルドは感じる。いや、志願兵だけではない。

 

 志願兵をその場所まで先導する者も必ず犠牲となるのだ。今更だが何とも遣り切れない作戦だと思う。

 

 そんな鬱屈とした思いを抱きながら、せめてもの気晴らしにと思って基地の外れまできたボルドだった。だが、頭に浮かんでくるのはイ号作戦の犠牲となった志願兵のルイスと重装歩兵のゴーダたちのことばかりだった。

 

 腕を通すことのない片袖が風に吹かれて頼りなげに揺れている。

 

 自分が率いている小隊の者が死んでしまうことは、別にこれが初めてでもない。これまでに幾度となくあったし、理不尽過ぎる状況で死んでいった者も数多くいる。ボルド自身もそれが戦争という物なのだと思っているし、理解もしているつもりだった。

 

 だが、死ぬことが必然となる戦争は、もはや戦争でも何でもなくてただの自殺かそれを強要する虐殺でしかないと思う。

 

 しかし、一方では彼らの犠牲をなしにして、この泥沼に嵌まり込んだかのような戦争を終わらせることは不可能に近いように思えているのも事実だった。

 

 ボルドは溜息を吐き出した。頭に浮かんでくる事柄の全てが今更の話だと思う。そして、ボルドがそれらを今更の話だと思う度に口の中で苦い味が広がるのだった。

 

「……少尉」

 

 不意に背後からそう呼びかけられて、ボルドは声がした方に黒色の瞳を向けた。そこにはルーシャ三等陸兵の姿があった。睨んだつもりなどはなかったのだが、視界の中でルーシャは居心地が悪そうな顔をする。

 

「どうした。ルーシャ三等陸兵、お前も休憩か?」

 

 ボルドがそう言うと、ルーシャは少しだけ微笑んで頷いた。

 

「ルイスたちをちゃんと送ってあげようと思って……」

 

 ルーシャの両手に小さな白い花びらがあることにボルドは気がついた。ルーシャもボルドの視線に気がついたようで、恥ずかしそうに俯いた。

 

「こんな物しか用意が出来なかったのですが、風に乗せて送ってあげたいと……」

「風に?」

 

 風に乗せて……耳慣れない言葉をボルドは訊き返した。

 

「はい。現世で強い思いを残した者は風の精霊に生まれ変わると人族では言われています」

 

 ……風の精霊。確かにそのような話を聞いたことがあった。母神クロネルへの信仰だっただろうか。

 

 そう、間違いない。確かボルドが幼くして亡くした人族だった母親から聞いたことがあった。

 

「だからこうして花びらを風に乗せて弔う風習があるんです。例え風の精霊になったとしても、いつかは現世での思いから解き放たれて、精霊から再び人へと生まれ変わることを願うんです。本当はもっと高い所ですることなのですが……」

 

 ルーシャはそう言って寂しげに微笑むと、手の中にある白い花びらを宙に放り投げた。僅かな風に乗って花びらが宙を舞っていく。

 

「オーク種だったゴーダも風の精霊になれるのだろうか?」

 

 その白い花を見ながらボルドがぽつりと呟く。それを聞いてルーシャが思わずといった感じで吹き出して笑った。

 

 ゴーダには悪いが、ボルドの中でゴーダのいかつい顔と風の精霊が持つ印象とが上手く結びつかない。ルーシャもおそらく上手く結びつかなかったのだろう。

 

「そうですね。でも、母神クロネル様がきっと慈悲を与えて下さると思います」

「……そうか、そうだな」

 

 ボルドは頷いた。ルイスやゴーダがどれ程の思いを現世に残していったのかを知る術などはない。だがルーシャが言うようにその思いも含めて、全てから解き放たれて彼らが安らかであってほしいとボルドは思うのだった。

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