でも……とルーシャは思う。
例え自分とラルクが逃げたとしても、他の部隊にいる志願兵はどうなるのだろうか。自分たちが助かるだけで、志願兵全ての運命が変わるわけではないのだ。ましてや、既に死んでいったセシリアやルイスたちに、自分が逃げ出したことを何と言えばよいのだろうか。
「……すまない。忘れてくれ。馬鹿げたことを言った。そんなことができるわけがないな」
沈黙するルーシャにボルドが自嘲気味に言う。それを聞いてルーシャは明るい茶色の頭を左右に振った。自分たちの身を案じての言葉なのだ。それを非難できるはずもなかった。
「泣き言を一切言わないお前たちを前にして、恥ずかしいな。情けないがおそらく俺はもう嫌なんだと思う。小隊の皆に行けと命じるのが」
他者に死んでこいと命じる行為。それは辛いことなのだ。死にに行くのも辛いが、それを命じて残る方だってきっと辛いはずだった。
その気持ちを人は偽善と呼ぶのだろうか。でも、ルーシャにはそれが偽善なのかどうなのかは分からなかった。
ルーシャにとってはそれが偽善でも、そうではなくてもどちらでもよかった。ただ、ボルドにはそのことで負い目を感じてほしくはなかった。なぜならば、自分が死ぬことはルーシャ自身が自分で決めたことなのだから。
きっと色々な状況が複雑に絡み合って、ルーシャにそうせざるを得ないようにしてしまったのだ。だからそれは決してボルドのせいではないのだ。
気がつくとボルドの拳は固く握られていて小刻みに震えていた。ルーシャは両手を伸ばしてその震えるボルドの拳を静かに包み込んだ。やっぱり男の人の手は大きいのだなと場違いなことをルーシャは思う。
「少尉、大丈夫です。少尉は少しも悪くないです。全部、私が決めたことだから……」
「ルーシャ……」
自分の手が包み込まれるように握られて、ボルドは少しだけ驚いた表情を浮かべていた。
「少尉のせいじゃないです。少尉が私たちに押しつけたわけじゃないんです。だから大丈夫です。私たちのことを負い目に感じる必要なんてどこにもないんですよ……」
ルーシャはボルドの自分に向けられている黒色の瞳を見つめながら、ゆっくりとそう言うのだった……。
私が決めたこと。
少尉のせいじゃない。
負い目に感じる必要なんてどこにもないんです。
少女は微笑んで、そう自分を慰めて去って行ってしまったとボルドは思う。
今までルーシャが座っていた場所にボルドは視線を向けた。志願兵を元気づけるどころか、逆に自分が慰められ元気づけられてしまったことにボルドは今更のように気がついていた。
……胸が苦しい。
ボルドは少し前屈みになると片手で襟元を緩めた。
そうかとボルドは気がついた。明るい茶色の髪と黒い瞳。よく笑って、ころころと変わる表情。そう……自分の母親に雰囲気が似ているのだ。
ボルドの中で古い記憶が掘り起こされた。五歳の時に死んでしまった母親。記憶は年を追うごとに薄れてきているが、彼女もよく笑う人だった……。
二週間後、自分は彼女たちに命じなければならない。
できるのだろうか? 命じた後、自分はどうなるのだろうか?
自分は何をすべきなのだろうか?
ボルドの自問に答えはなかった。
答えがわからないまま、ボルドは空を見上げた。死んでしまったルイスやセシリアたち。人族が言うようにもし風の精霊として彼らが存在しているのならばボルドは教えてほしかった。
自分は間違っていなかったのかと。
彼らに後悔はなかったのかと……。
そして自分は何をすべきなのかと……。
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