ノイジー・ブレイズ

火炎少年、異形9姉妹に溺愛される
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偶発的事象はそれをそれだと思わせずに巻き起こる

第一話 曇りがちな日

公開日時: 2021年11月1日(月) 00:00
文字数:4,848

『本日は朝から正午に掛けて小振りの雨が予想されます。正午からは曇り空になるでしょう―――』

 

 

 付けっぱなしのテレビからは壮年の男性キャスターの天気予報が聞こえてきた。

 

 テレビの置かれた居間に隣接している台所に居る少年はテレビの音声に耳を傾けつつも黙々と作業を続ける。

 

 ワイシャツとジーンズ、その上から三角巾とエプロンとマスクを付けた白髪の彼は片手鍋で温めていた味噌汁を掬って味見皿に入れる。

 

 

「いい感じの塩加減だな」

 

 

 マスクを下へずらし、味見皿のを飲み干して一言呟くと、フライパンで煮込んでいた鯖の味噌煮も仕上がった為に火を止める。

 

 近くの木製机に並べていた三人分の玉子焼きと野菜炒めに、鯖の味噌煮を盛り付けた皿も並ぶ。

 

 それと同時に使い込まれた炊飯器が炊きあがったのを知らせる。彼は急ぐように人数分の食器の準備に取り掛かった。

 

 飯碗と汁椀をそれぞれ3つずつ、食器棚より取り出して机の上に置く。

 

 次に、彼は居間へと惣菜各種を慣れた手付きで運び込んでいく。

 

 背の低い木製机の上に置かれたそれらは、香ばしい匂いを立てて彼の鼻腔をくすぐる。

 

 嗅ぎ慣れた種類の匂いである為か、彼はそれをおくびにも出さずに全ての惣菜を運び終えた。

 

 それからすぐにガラガラ、と廊下と居間を隔てる硝子戸が引き開けられる音と共に、特徴的な赤髪の女性が裸足で居間へと進入する。

 

 柔らかな曲線を描いて膨らむその髪の持ち主はワインレッドの目を細めて彼に顔を向けた。

 

 

「おはよう、しゅうくん。美味しそうな匂いがするね」

 

 

 白いセーターとベージュのロングスカートを着たその妙齢の女性の所作一つ一つからは大人の色気というものが感じ取れる。

 

 まだそういった経験を持ち合わせていない、秋夜と言う名を持つ彼であってもそう思えてしまう程に落ち着いていて、美しい。

 

 だが、惚けている場合では無いと彼は我に帰り、上気しかけていた自分を取り繕うように返答する。

 

 

「おはようございます、なつさん。朝飯作ったんで、よろしければどうぞ」

 

「ふふっ。君の作ってくれたものなら喜んで頂くわ」

 

 

 立ち話もその辺りにして机の手前にある座布団に腰掛けて、鼻歌混じりに朝食の準備と妹を待つ血撫は、テレビの内容に目を通している。

 

 あまり待たせるのも悪いな、と思いながら秋夜は炊飯器の中身をよそっていると、先程血撫の出てきた硝子戸がもう一度開く音が聞こえる。

 

 血撫と同じく裸足で居間に進入するのは、黒のメッシュが混ざる長い白髪の持ち主。

 

 血撫のそれよりも白い肌を持つ彼女は居間に入って早々に伸びをする。

 

 鼠色のルームパンツはともかく、下着を除けば黒Tシャツ一枚しか上に着ていないのはどうかと思う。

 

 女性服への興味があまり無い秋夜であっても、自宅だからとずぼらな姿を見せる恩人の姿には少々呆れてしまう。


 血撫もまた、苦笑をしていた。

 

 そんな目線が気付かれたのか、本調子とは到底思えない青い半目が血撫、それから秋夜へと向けられる。

 

 

「血撫姉に、秋夜。おはよ」

 

「おはよう、アリスちゃん。昨日はよく眠れた?」

 


 気怠げな妹の姿を案じて血撫が問い掛ける。すると、アリスは大あくびをし、涙目になりながら答えた。

 

 

「ぜんぜん…」

 

 

 


 

 白米と味噌汁を盛り付け終わり、綺麗に並べた所でようやくさかまき姓を名乗る全員が食卓に着く。

 

 壁に掛けられたアナログ時計が07:20を指した頃。

 

 いただきます、と三人は手を合わせてから、箸を持ちそれぞれ朝食に手を付け始める。

 

 バランスを意識しつつ、食べ進めている間に血撫がアリスへと話しかけた。

 

 

「アリスちゃんは今日もバイト?」

 

「うん。今日は忙しくなるから少し遅くなる」

 

「そう、大変なのね」

 


 小さく切り分けた鯖の味噌煮と白米を咀嚼し呑み込んだ後、今度はアリスが血撫へと問う。



「お姉ちゃんは今日はどうするの?」


「そうねぇ、この間買った化粧品の事を書こうかしら。とっても良かったの」


「そう…」



 聞くだけ聞いて話を打ち切ろうとするアリスからは、美容に対する消極性が感じ取れる。取れてしまう。

 

 それ故に、本気で心配している姉の追撃を許すことになってしまうのだ。



「アリスちゃんも美容を気にするべきよ。恥をかく姿を見たくないわ」


「そうは言っても、私のバイト先がバイト先だし…」


「そんな事言わないの。お姉ちゃんが手ほどきしてあげるからっ」


「いっ、いいよ、別に。私じゃお姉ちゃんみたく美人になれないから…」

 

(アリス姉さんも十分美人だと思うがな……)

 

 

 目の前で繰り広げられる美人姉妹のやり取りを見ながら、秋夜もまた箸を進める。

 

 使い方もよく分かってないでしょう――私には必要無いからっ――スキンケアを怠るのは良くないことなのよ――水洗いで十分じゃ無いの――と、秋夜が付いていけそうに無いやり取りが数分続いた所で、会話に一段落が付く。

 

 それから、アリスの目線は秋夜に向けられる。

 

 まあ不公平だよな、と思いつつ秋夜は義理の姉の一人の問いかけを待った。

 

 

「秋夜は、今日はどうするの?」

 

「まあ、いつも通りになりますかね。近くのスーパーまで食材を買いに行こうと思います」

 

「勉強の方は進んでる?」

 

 

 アリスの質問に答えると、今度は血撫が問いかけてきた。

 

 秋夜は昨夜時点での自身の進捗具合を思い出しつつ、すぐさま答えた。

 

 

「中学一年生の数学なんですが、一次方程式まで進めたのですが、比例と反比例で躓きまして。少し困っていたんです」

 

「そうね、何処まで進んでいるか見せてもらえる? お姉ちゃんなら解き方を教えてあげられると思うわ」


「すみません、助かります」


「良いのよ。人に教わるのは悪いことじゃないわ」



 血撫とそんなやり取りをしていると、秋夜はふと気になってアリスの方に目線だけを向ける。

 

 すると、少しだけ不満げな顔をした義理の姉がそこに居た。



「秋夜は勉強進みすぎ。まだ六月でしょ」

 

「えっと、すみません…」

 

「謝んなくていいから」



 何か気に食わない事をしてしまったのか、と思い秋夜は反射的に謝るが、遮られた。


 一方でアリスは顔を逸らしつつ、口を尖らせて呟く。



「私も、お姉ちゃんでしょ……」 



 不平不満を露わにしている割には、耳が赤くなっている。

 

 しかし、彼女の心境を測りかねる秋夜は言葉の意味が分からず、首を傾げるのだった。

 

 見ると、アリスは既に食べ終えており、箸を置いて立ち上がる。

 

 硝子戸に手を掛け、居間を出ようとしていた。

 

 

「…ごちそうさま」

 

「ああ、待ってアリスちゃん」

 

 

 姉の呼び止めも聞かず、硝子戸の奥へと姿を消し、廊下を歩き進んでいく微かな音が離れていく。

 

 心配そうにする血撫とは対象的に、秋夜は真顔のまま目の前の空の食器の数々を見つめる。

 

 

(食べ物に不満があった訳じゃ無いのか)

 

 

 取り敢えずは人に出せるだけのものが今日も作れた事に安堵するのだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 酒槇 秋夜は今年で齢13を迎える。

 

 そんな彼だが、義務教育の範疇である中学校には在籍しておらず、今は血縁では無い姉妹の家の中で独り立ちが出来るように様々な鍛錬を積んでいる。

 

 中学校までの勉学に限らず、料理をはじめとした家事全般に至るまで。

 

 何故、そのような生活をしているのか。

 

 別に彼の素行に問題があった訳では無い。

 

 ただ、他人とは異なる、異質すぎる体質に問題があった訳で。



「……」

 

 

 昼下がりの渋谷の繁華街、人の往来の多いこの場所であっても背が低く、まだ幼さの残る彼の容姿はよく目立つ。

 

 酷い程の猫背であったとか、目の隈がはっきり分かる程だとか、そんな事ではない。

 

 彼の指先がひび割れていき、そこから少しずつ欠けていっている。

 

 薄氷を砕くような音と、周囲の微かなざわめきを聞き入れて、彼はようやく気付く。

 

 

(ああ、またか)


 

 五本の指先を失った手を見つめるが、彼は何も感じていない。

 

 しかし、不格好が過ぎると思い、彼は少しばかり集中する。

 

 すると、瓦解した指先は一瞬にして再生した。

 

 まるで、何も無かったかのように。

 

 

(これでよし)

 

 

 問題は解決した、と言うように無表情のまま辺りを見渡すもざわめきが収まっただけで、彼を恐れる目は変わっていない。

 

 そのような体質であると理解するのを拒むように、彼を見ていた目の数々は遠のいていく。

 

 彼よりも奇抜で、彼よりも人とは程遠い姿形をしている事を、忘れているかのように。

 

 

「なに、あの子……」

 

「あんなになって、何とも思わないの…?」

 

「こわ…警察は何してるんだ」

 


 彼らの呟きに似た発言の数々は、距離を取った秋夜の耳に入っている。

 

 しかし、当の秋夜は何も思わず、彼らの進行方向の真逆を行く。

 

 彼の目的は、その先にある為に。

 

 立ち止まった時点で、既に目的地であるスーパーは100m圏内にある。

 

 後は無事に食材の買い出しを済ませる、だけだったのだが――

 

 

「きゃあああぁっ!!」

 


 スーパーのある方向から、大きな悲鳴が上がる。

 

 何が起きたのか、と思い秋夜は迷わず走って向かった。

 

 

 

 20m程走った後、その悲鳴の原因が目の前に映り込む。

 

 そこでは、パンクファッションの鮫の獣人達が力任せに暴れていた。

 

 

「フハハハハハ!!」

 

 

 街路樹を引き倒し、ガードレールを大きく歪ませ、車道のアスファルトを砕く大柄の暴れん坊達。

 

 その奥に、自動車だったものを積み上げた山の頂上に立ち、大きく笑う一際大きな鮫が居る。

 

 レザージャケットとレザーパンツをその鮫も着ている事から察するに、その鮫こそが連中のボスなのだろう。

 

 

「今日は俺達『レゾバレスタ』の門出の日! お前ら、盛大に盛り上げてみせろ!」

 

『イエッサー!』

 

「オラオラァ! 早く退かねぇと怪我じゃ済まねぇぞ!?」

 


 構成員達が街路樹や変形したガードレール、太い腕等を振り回している姿は危険極まりない。

 

 既に距離を取った、一部の通行人が警察に通報しているが、『レゾバレスタ』が到着を悠長に待ってくれるだろうか。

 

 

 勢いを弱めるには決定的なキッカケが必要になる。そして、奇遇な事にそれだけの力を秋夜はその身に宿していた。

 

 考えるよりも早く。暴漢連中の姿を目に映した彼は既に行動に移っていた。

 

 

「あん?」

 

 

 自動車を積み上げた山、その頂上に立つ鮫男の更に上。

 

 紫の炎熱を纏う少年は舞うように構えていた。

 

 

「があっ!?」


 

 飛んできた灼熱の殴打、その圧に耐え切れず鮫男は頂上に倒れ伏す。

 

 攻撃を受けてから、動く気配をすぐには見せない姿から、その威力が伺えた。

 

 そして、少年の紫の相貌は砕けたアスファルトにてたじろぐ他の鮫獣人を捉える。

 

 

「な、何だテメェ、ぎゃあっ!?」

 

「あ、熱っ、ぐえっ!?」

 

 

 彼らが少年の姿を視認するよりも速く。

 

 殴打と炎熱が彼らを襲い、一人ずつ確実に無力化していく。

 

 

「て、てめぇ!!」

 

 

 仲間が成す術無く倒れる姿に激昂した、仲間思いであろう鮫獣人の一体が、持っていた街路樹を秋夜の背後から振り下ろした。

 

 だが、それが直撃する事は無く。

 

 街路樹がアスファルトに叩きつけられた瞬間、意識を失ったのは鮫獣人の方だった。

 

 得物を落とし、倒れゆくその男の横から、秋夜が膝蹴りを叩き込んだのである。

 

 

 

 速さでも力でも負ける。

 

 それを理解してしまった、他のまだ無事な身である鮫獣人達は、隆起した白線の上に着地した少年の姿に後ずさる。

 

 秋夜の鷹のような凄味を前にして、彼らは更に戦意を喪失させた。

 

 

「こ、降参だ!」

 

「自首するから、許してくれ!!」

 

 

 得物を持っていた者はそれを捨てて、平謝りを繰り返す。

 

 変わり身の早い悪人達を無視し、彼は自分が倒した者達に動きが無いか、確認すべく戻る。

 

 『レゾバレスタ』のボスを含め、倒した者達が伸びたまま動かないのを把握すると、サイレンの音が近付き始めた。

 

 

(さて、面倒な事になったな……)

 


 まず間違いなく事情聴取は受けなければならないし、これを無視して立ち去ろうものなら更に面倒な事になってしまう。

 

 帰りが遅くなる事を義理の姉二人に心の中で侘びつつも、彼は警察の到着を待つのだった。

  

 

 

 

 

「ふ〜ん……」

 

 

 現場より20m離れた小さなビルの屋上で、楽しそうにしている人影が一つ。

 

 その人影は悪魔モチーフのカバーを付けたスマホをいじっている。

 

 画面には、最大ズームで撮影された、紫炎を操る秋夜の姿が映っていた。

 

 

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