ノイジー・ブレイズ

火炎少年、異形9姉妹に溺愛される
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第六話 妬み嫉み

公開日時: 2021年11月5日(金) 19:00
文字数:4,738

 事件は滅射達とケーキを食べた日の夕方に起きた。


 

『今日の16時頃、宇田川町西にて男性が暴れているとの通報を受け、警察が駆けつけたところ、およそ5件の建造物が破壊された状態で発見されました。犯人は逃走、渋谷警察署は混沌の種による異能力を用いた犯行と見て捜査を進めており――』

 

 

 一足先に買い出しを終えて帰宅し、廊下の掃除をしていると、居間のテレビからそんなニュースが聞こえてきた。

 

 

「ここって、秋夜君のよく行くスーパーの近くよね。この前も事件が起きたばかりだし、治安が良くないのかしら…」

 

 

 居間の中でテレビを見ていた血撫から、心配そうな声が聞こえる。

 

 スーパーの近くどころか、支愛瑠達と行った洋菓子店の近くでもある。

 

 あの時に感じた殺気と何らかの関係があるのかも知れない。

 

 何か良からぬ事が起こっているのは間違い無かった。

 


 

 

『――続いてのニュースです。宇田川町西にてまたも建造物6件が何者かによって破壊された状態で発見されました。昨日と同一犯と見て警察は捜査しており――』

 

 

 更に翌日の昼。何時もより多めに食材を買っていた為に外出しないで済んだものの、状況は昨日よりも悪化している。

 

 秋夜が台所にて洗い物をしている傍ら、今日は休日という事で居間で寛いでいたアリスが、そのニュースを辟易しながら見る。

 

 

「昨日も同じ事してたね…。全く、直す側の立場を考えてほしいよ」

 

 

 すると、アリスのルームウェアのポケットが小刻みに振動する。

 

 そこから取り出したスマホを操作し、彼女は耳に当てる。

 


「はい、お疲れさまです」

 

 

 近くに居た秋夜はなるべく静かにしつつ、洗い物の続きをする。

 

 1分ほどアリスが電話越しの相手に相槌を打つやり取りが続いた後。


 

「――分かりました。お気遣い、感謝します」

 

 

 彼女のその発言で電話は切れて、アリスは再びスマホをポケットにしまった。

 

 

「姉さん、何の電話だったんですか?」

 

「ああ、職場から。現場近くだから安否確認と、戸締まりしっかりね、って」


 

 アルバイト先から事件に巻き込まれていないか、確認の電話だったらしい。

 

 

「秋夜も気をつけてよ。何時、巻き込まれるか分かったもんじゃ無いから」

 

 

 「気をつけます」と一言を返し、再び秋夜は洗い物に集中する。

 

 渦廻9姉妹と同様に、何時出会うかなど分かりはしないし、自分だけがそうならなくて済む保証など無い。

 

 

 

 

(そう、思っていたんだがな…)

 

 

 気をつけてはいたのだが、それでも事故というものは起きてしまうのである。

 

 自宅での洗い物を済ませたその2時間後、秋夜と他の通行人がぶつかる事態になってしまった。

 

 秋夜が前を見ていなかった為に起きてしまった事だが、ぶつかった秋夜が弾かれる程度で済んだ為、相手に怪我等は無い。

 

 しかし、原因は秋夜にある為、彼はすぐさま謝る事にした。

 

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 

 見上げると、そこに立っていたのは秋夜では比べ物にならない程の大男。


 タンクトップと、股下が膝までしか無いズボンに使い込まれたスニーカーを履いたその姿は一層全身の筋肉を際立たせている。

 

 もしかしなくてもとんでもない相手に粗相をしてしまったのでは無いか、と秋夜は青ざめる。

 

 

「いいワ。すぐ謝ってくれたシ。その誠実さに免じて許してアゲル」

 

 

 その一方で、小麦色の屈強な肉体の大男は快く謝罪を受け入れた上、尻餅を付いた秋夜に手を差し伸べてきている。

 

 怯えてばかりでは失礼だと思い、秋夜はその手を取り、立ち上がる。

 

 その直後、秋夜の顔を見た大男は身を震わせる。

  

 

「あんたが秋夜って奴ネ…!」

 

「はい、そうですが…」

 

 

 雰囲気が変わったが、そのつぶらな瞳からは特にこれと言った恐怖を感じない。

 

 どれだけ怒りを露わにしようと、ぬいぐるみの持つそれのような可愛らしい顔である事に変わりが無いからだ。

 

 しかし、何故目の前の男が秋夜の名を知っていて、何故怒っているのか疑問が浮かぶ。

 

 

「最近、滅射ちゃんや支愛瑠ちゃん、操ちゃんと仲良くしてるそうじゃナイ…!!」

 


 と、言っても昨日ケーキを一緒に食べたぐらいだが。

 

 反論したところでこの男を悪い方向に刺激するだけだな、と思い、秋夜は言い返しそうになった口を閉ざす。

 

 混沌派は、思想や容姿を選り好みしないからこそ混沌派を名乗れるのだろう。

 

 俗に言う、わなわなと身を震わせてオネエ言葉で吠える目の前の巨漢は、正しくそれを体現しているようだった。

 

 

「許さないワ! まだアタシはあの娘達とスイーツ巡りもした事ないのニ!」

 

 

 そんなガタイだから敬遠されるのでは無いだろうか、と突っ込むだけ野暮だろう。

 

 呆れつつも、気味が悪い程にねっとりとした身振り手振りを繰り出す可愛らしい顔の巨漢の怒号に耳を傾ける。

 

 

「『斑禍』に属してないあんたが、どうして仲良く出来るのヨ!」

 

 

 その名が出てくるという事は、渦廻9姉妹の関係者、即ち『斑禍』の一員なのだろう。

 

 先日感じ取った殺気の正体かどうかは不明だが、9姉妹の内の三人と仲良くしている秋夜を彼が気に食わないのは至極当然とさえ言える。

 

 関係性を隠すつもりも無い秋夜は、更に燃料を投下する。……そうだと知らずに。

 

 

「そりゃ、友達だからな」

 

「も、もうそこまで進展してるノ!!?」

 

 

 「まぁな」と淡々と返してみせるが、内心目の前の巨漢が激しい憤りを見せている事に焦りを覚えている。


 十中八九、秋夜の都合の良い流れにはならない。そして、この後の巨漢の行動が読めてしまったからだ。

 

 その直後、暗い物陰が少年の体に被さる。

 

 巨漢がその拳を振り上げたからである。そして――

 

 

「どうやらあんたは、アタシのライバルのようネッ!!」

 

 

 ――振り上げた拳を秋夜目掛けて振り下ろした。

 

 想定の範囲内だった彼は、それが頭部に直撃するより先に、火炎の噴射で後ろへと下がる。

 

 土煙が一気に噴き上がり、石畳が割れて飛び散るその一瞬の出来事に悲鳴が上がり、周囲に居た通行人達は恐怖しながら危険から遠ざかっていく。

 

 混沌派としては合格点は狙えるだろうその手の早さに、秋夜は寧ろ安心感を覚えた。

 

 

「『斑禍』の一人にして渦廻9姉妹親衛隊でもあるアタシ、 さんすけが、あんたに身の振り方ってもんを教えてアゲル!」

 

「支愛瑠達の友への態度じゃねぇな…」

 

 

 冷や汗を浮かべながらも構えを取る秋夜。

 

 先程、巨漢の振るった一撃について振り返る事にする。

 

 一瞬だけ映ったそのシルエット。見間違いで無ければ、肉体を大きく変えている。

 

 

 周囲の安全をしっかり確認した上で、秋夜は指を弾き、その勢いで火炎弾を放つ。

 

 今度は、火炎が生み出す白煙に巨漢の体が包まれて、見えなくなる。

 

 しかし、秋夜の顔に安堵の色は無い。

 

 白煙が晴れた途端、岩肌のような肉体になった巨漢が無傷で、腕を交差しながら立っていたからだ。

 

 

「アタシの『硬質化』がそう簡単に破れるとでモ?」

 

 

 この検証により、疑念は確信に変わる。

 

 先程の攻撃でも、肉体を硬質化させていたのだ。

 

 強化した硬度の肉体は防御はともかく攻撃に転用出来るのだと、この男は知っている

 

 

「響にしたってそうだ。一筋縄じゃいかないか」

 

 

 尤も、向こうは異能力を未だに明かしていないという大きなアドバンテージを残している。

 

 手強い相手を前にして、秋夜にこの戦いに勝てる自信はあまり無い。

 

 そんな余裕の無さを露わにする彼の一方、秋夜の言葉を耳にした山之助が再び身を震わせる。

 

 

「ちょっと、響ってあの響様よネ…!」

 

「…ああ、そうだが」

 

「許さないワ! あんた年下でショ! 敬語使いなさいヨ敬語!」

 

 

 普通に年功序列も気にするんだな。

 

 

 怒りのボルテージが上がっていく山之助の姿を前にすると、何を言っても失言になりそうだ、とすら思えてしまう。

 

 

「失礼なあんたを躾けてアゲル!」

 

「それは姉さん達からだけで十分だ!」

 

 

 山之助の鋭く伸びる拳を避けつつ、秋夜は的確に巨漢の肉体へ火炎弾を当てていく。

 

 だが、火炎弾の直撃に合わせて肉体を硬質化させているらしく、未だに有効打と言えるダメージは与えられていない。

 

 

「甘いワ! その程度でアタシのボデーは傷つかないのヨ!」

 

「だろう、な!」

 

 

 背後の更に先には逃げ遅れた人々も居て、迂闊な行動はあまり出来ない。

 

 しかし、重戦車が如き暴れぶりを見せる山之助を止める術は無く、どんどん後退させられると共に歩道が穴だらけにされていく。

 

 突破口を開こうにも、怒りを力にし、速度が増していく山之助の攻撃の数々を避けるので手一杯になる。

 

 当然、そんな状態では次第に秋夜の対応が追いつかなくなってしまう。

 

 

「捉えたワ」

 

 

 その声が聞こえた頃にはもう遅く。秋夜は殴り飛ばされ、車道の真ん中に飛び石のように叩きつけられる。

 

 体に重く刺さる衝撃で一瞬意識が飛んだものの、他の通行人が上げた悲鳴を聞いて秋夜は再び意識を取り戻す。

 

 気付けば殴られた脇腹が瓦解しており、頭からは血が流れ出てきていた。

 

 

「親衛隊にライバルなんて要らないノ。心は痛むケド、あんたには此処で死んで貰うワ」

 

 

 ピントを合わせようとする朧げな視界の中で、秋夜はこちらへとゆったり近づき、その拳を振り上げる存在を捉える。

 

 最早呼吸をしているのかどうかすら自分では分からない状態での彼の思考は、驚くほどに冴え渡っていた。

 

 間に合うという確信があり、震えながらも伸ばしたその手は、山之助へと向けられた。

 

 

「あっ…」

 

 

 秋夜の思惑通り、山之助の体は燃え上がる。

 

 しかし、燃えているのは体に見えて、そうでは無い。

 

 もっと、本質的な部分――

 

 

「アッチチチャチャチャチャ~~~!! アッチィィィィィ!!」

 

 

 岩肌のようになっていた山之助にそれは相当堪えたらしく、紫炎に身を焼かれながら転げ回る。

 

 それによって街路樹などの燃え移りそうなものに身をぶつけるも、燃え移る事は無く山之助だけが燃えている。

 

 ようやく起き上がれる程までに回復した秋夜は自らの再生能力で砕けた脇腹を修復し、頭部の出血を止める。

 

 

「な、何で…」

 

 

 同時に紫炎の威力も弱まったらしく、のたうち回っていた山之助も体勢を整えて、焦げ目の付いた小麦色の顔で秋夜へと睨む。

 

 何故なら、本来ならば先程の光景はありえないのである。体の強度を強化出来る山之助ならば尚更。

 

 

「何で『硬質化』しても熱いのよ!」

 

「…それはな、俺の炎は燃やす対象を…選べるからだよ」

 

 

 呂律が回る程までに回復した秋夜は淡々と告げる。

 

 秋夜の持つ異能力『紫炎』はただ炎を出せる異能力では無い。

 

 出した炎で燃やす対象を好きに選ぶ事が出来るのである。

 

 樹木であれば樹木を、人であれば人を何処までも燃やし続ける、危険な力。

 

 今回の場合、山之助の硬質化した肌では無く、山之助自体が燃やされたのだ。

  

 

「お前が…どれだけ硬くなろうと、その中のお前を燃やせば…関係無い」


「あ、相性最悪って事……!?」

 

 

 そう、山之助が言うように、ただ自己を強化するだけの異能力では、強化した分を無視される為に非常に相性が悪い。

 

 何故、今になるまで使ってこなかったのか、と言われれば滅射達の使う能力のように、人を容易に殺しうる力であるからだ。

 

 この力で人が死ぬ様を見たくは無いが為に、彼は使用を止めていた。

 

 体に付いた火が次第に勢いを弱める中、「ぐぅ、ぬぬ~~~!!!」と悔しさを露わにする山之助。

 

 すると、けたたましいサイレン音と共に、パトランプが放つ赤い光がガラス張りのビルから反射して見えてくる。

 

 未だ倒れたままの秋夜を守るべく、国家権力が駆けつけたのだ。

 

 

「今日はここまでにしてアゲル! あんた、覚えてなさいヨ!!」

 

 

 山之助は此処で捕まる訳には行かないとばかりに、残り火を払うようにして走り去っていく。

 

 戦いが終わった事を理解し、このままでは邪魔になってしまうな、と秋夜は起き上がろうとする。

 

 が、体には殴られた衝撃が残っており、思うように動かすことが出来ない。

 

 

「はぁ……」

 

 

 またしても警察の世話になってしまう事が確定し、彼はアリスと血撫に心の中で謝罪する事にした。

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