「あいつらがあいつらならお姉様もお姉様です。どうしてあんな連中を招いたのですか」
無礼を働いた若い男達に制裁を加え、落ち着いた頃に暗がりの中からパーティードレス姿の金色の少女が姿を表す。
実を言ってしまえば、今回の面談には渦廻9姉妹の内4人が来ていたのだ。
その特徴的な角ばった足を持つ少女は、煌めく髪を払って、銀河のような色合いの目で実の姉たる響に抗議の視線を送る。
「燈華ちゃん、一応此処は来るもの拒まず、だよ」
そんな妹に対し、響は『斑禍』のもう一つの基本方針を唱える。
だが、当の燈華自身は未だ納得いかない部分があるらしく、そのミルクセーキのような上品な色合いの肌をした頬を膨らませている。
「ひひっ。此処まで来れたという事は資質は問題無かった。…だけど、あれじゃあね」
するとそこへ、暗がりの中で三角座りをする少女が会話に混ざる。
瞬間、彼女を中心に大量の目が出現し、色んな方向を確認してからその目は一斉に姿を消す。
その直後、平手で拳を受け止める小気味の良い音を鳴らし、三角座りする少女とはまた別の少女が姿を現した。
黒いスカジャンを豊かな胸元を強調するタンクトップの上から羽織り、下にはジーパンとスニーカーを履いた吊目の赤い少女。
蛸足に似た赤髪を揺らし、蛸のそれに近い黄色の目で不満を露わにする燈華を見る。
「ウチらが気に食わなきゃ、さっき見たく叩き出せば済む話だ。…そんな簡単な話の何処が不満なんだ?」
「響お姉様を見る目がいやらしかったのですよ。それに、さっき殴りかかって来た時だって、私達に対してあわよくばを狙う顔をしてました。あんな品の無い連中をお姉様や妹達に近づけたくありませんの」
「ひひ、それは同感、だね。気付かなかっただけならまだしも、女と知ってあの態度。舐められてる証左と言われればそうなる、ね?」
二人の少女、それぞれが抱いた不満点を聞き届けて、蛸の少女は燈華達の不満も一理ある、とした上で息を吐いた後に再度口を開いた。
「燈華と百目の不満はよく分かった。…確かに、ウチらの方針があの馬鹿どもを調子づかせちまった。だがな、わざわざそれを言うのも、ウチらを甘く見過ぎだ」
再度小気味の良い音を両手で鳴らし、蛸の少女こと捌美は勇ましく構えを取る。
「響姉にしろウチにしろ、そんな馬鹿をのさばらせる程ヤワじゃねぇ。悪党だからと好き勝手にする奴には、相応の報いを与えるさ」
混沌派の勢力の一つを名乗る手前、誰でも満たしてしまいそうな程緩いルールに定めているのには訳がある。
悪党には悪党なりのルールがあると、これから来る者、属している者、此処を去って栄転を目論む者全てに教え込む為だ。
ビギナー向けという印象を抱かれた為に、その印象を利用する方針で固めたのである。
無論『斑禍』よりも緩いルールの勢力もあれば、厳しいルールの勢力もある。
どちらが優れているのか、と言われれば明確で且つどの立場であろうと徹底させているルールが幾つあるのかにより、ルールの多さはあまり関係無い。
決めても誰一人としてそれを守らないルールなど、何の意味も成さないのだ。
だが、入りやすさという観点で見れば、どうか。
厳しい程、実力を備えた生粋の悪党でも無ければ敬遠されやすく、緩い程、これから悪事を働こうとする輩が集まりやすくなる。
それでも、表と裏、どちらの社会であったとしてもある程度の協調性というものは求められる。
悪党だからと横暴に次ぐ横暴を働き、わざとチームの輪を乱す者には、それ相応の末路というものが待っている。
そんな自身の経歴にも属する組織にも泥を塗るような輩は、どんなに足掻こうと破滅する未来しか無い。
で、あるならば。大損する未来にならない様、そもそも混沌派に入り込もうとするのを未然に阻止すべきなのだ。
今現在の『斑禍』は、そうした混沌派の番人という側面を持ち合わせている。
無論、この組織だけが適正を見定めている訳では無いが。
響が秋夜を勧誘しようとしたのには、彼の実力だけでなく問題の内容を理解し、早期解決しようとする判断の早さを評価した為である。
だが、彼を深く知っている訳では無かった為に、一回目は失敗に終わってしまったが。
「…そこまで言われるのであれば、もう私からは言う事はありませんが。それとは別に、最近支愛瑠達を付き添い一人だけ付けて好きに遊ばせるのもどうかと思いますの」
捌美の男勝りな態度に、少しばかり顔を赤らめて硬直していた燈華が、咳払いと共に別の問題を提示する。
すると、机から降りた響が彼女に返答した。今回の付き添いとなる青蜥蜴の青年と、秋夜の顔を思い出しながら。
「大丈夫だよ。付き添いには親衛隊の中でも選りすぐりを選んでるし、いざという時は友達が守ってくれるよ」
「その友達とやらを存じ上げませんが、私達の都合に巻き込んで良い訳がありませんわ。それに、『斑禍』として活動している以上、私達は恨みを買うことだってある筈です。何時、襲って来るかは分からないのですのよ?」
「ウチらへの恨みを支愛瑠達にぶつけると? そんな卑劣な事を恨んでる奴がするのか?」
「だからこそ、です。誘拐傷害バイオテロ、色んな可能性を考慮すべきなのですよ」
「それなら心配無いよ」と、響が目線を向けた先には百目が再び大量の目を出現させる。
「ひひっ、燈華姉ちゃん。大丈夫だよ。百目が見てるからさ」
「それで、何も無ければ良いのですけど。この前も私達を懲らしめようとしたあの男…えっと、名前は何でしたっけ……」
「そもそも名乗ってないからね、あの人。お前らに名乗る名など無い、って大見得切った割には大したこと無かったけど」
響に指摘され、先程よりも更に顔を赤くさせる燈華。
一方の響は廃工場の窓に映る赤くなりつつある空を見て、支愛瑠達の嬉しそうな顔を想像し、微笑むのだった。
荷物持ち兼付き添いとして親衛隊の一人である青蜥蜴の青年を連れた支愛瑠達と合流し、同行する事となった秋夜。
支愛瑠達によると今日が『斑禍』に新たに加わろうとする者達との面談日であり、年齢的に不適格と見做された支愛瑠達は適当に時間を潰す様、響に言われたようだ。
(しかし、付き添い兼護衛が一人だけって、大丈夫なのか……?)
未だ顔を見てない長女次女、そして響もだが渦廻9姉妹を名乗る手前、妹達の扱いが大雑把な気がしてならない。
秋夜がこうして合流出来たから友達兼護衛役が一人増えたものの、それでも心細いと言ってしまえばそれまでとなる。
だからと言って大所帯で動けば悪目立ちしてしまい、更には他の通行人の邪魔になってしまう。
隠密能力に長けた異能力の持ち主や、よく訓練された人材ならばその辺り上手く解決するのだろうが。
テレビドラマ、アニメ程度の知識しか無い秋夜は、実際の公的機関ならどうやるのだろう、と頭を抱えていた。
「しゅうや? だいじょうぶか?」
そんな彼へと案ずるように声を掛けるのは、彼の悩みの種の一人である滅射。
秋夜は、滅射に不安を伝播させてしまわぬよう、少しばかり態度を取り繕った。
「ど、どうした?」
「さっきから、悩みごとがあるみたいだけど、どうしたんだ?」
「あ、ああ。どうやったらこの体の自壊を無くせるかな、と考えてたんだ」
合流してからは考えては無かったものの、普段は時折考えている為、あながち間違いでは無い。
これで誤魔化せただろうか、などと彼が思っていると、支愛瑠や操も加わり、事態は更に彼の望まぬ方向へ進む。
「確かに、どう考えても不便ですし、混沌の種の特性とは思えませんもんね。…などと言ってる間にまた自壊が始まってます」
「秋夜お兄ちゃん、心当たり…は、あるの…?」
「一応、あるにはある。姉さんによると俺はとある事件に巻き込まれた被害者だったらしい。俺はその時の事も何一つとして覚えちゃいないが……」
と、言うよりかは。事件がこうなった原因と見るべきだろう。
当事者たる自身が事件を一切覚えていなくて。第三者たるアリスと血撫が事件を断片的にだが覚えている。
断片的な情報を教えてもらったところで何の意味も成さないだろう、と秋夜は事件については何も言い出せないままで居る。
あるいは、事件を忘れたがっているのか。
事件を覚えていないのもその一環では無いのか。
知りたがっている割には矛盾が生じる己の行動を振り返って、秋夜は自嘲気味に笑う。
「せめて、どんな名前の事件だったか、は知っていますか?」
「ああ。…”縮災”って知ってるか?」
『斑禍』の一員である彼女達なら何か知っているのでは無いか。
そう思い、秋夜は問うた。
”縮災”と聞いて、支愛瑠達は顔を見合わせる。
「しらない!」
「知らない、の…ごめん、なさい……」
「聞き覚えの無い事件ですね…」
「……だろうな…」
だが、彼女達の返答は望ましいものでは無かった。
されど、当然だな、と思い秋夜は落胆ながらも割り切る。
そもそも、”縮災”は事件内容があまりにも悲惨なもので且つ、今の社会では容易に再現出来てしまう為に警察が報道の一切を禁止し、テレビはおろかネットニュースにもなっていないのである。
彼を保護したアリスと血撫だけは警察から事件の大まかな内容のみを伝え聞いており、警察関係者と本人以外には情報を口外しない約束の上で彼に事件の名前のみを教えている。
無論、秋夜が望めば聞いた範囲内で教えてもらえるが。
「ところで、お前たちは何を買ったんだ?」
あまり暗い話ばかりをしても仕方が無いと考え、先程から青蜥蜴の青年が大変そうに抱える紙袋の数々の中身について問う。
先程の話と同様に、今の状況に対する不安への誤魔化しを兼ねて。
そして、彼の予想通り、三者三様の返事が返ってきた。
「かっこいいアクセサリー! はつみお姉ちゃんにも分けてあげるんだ!」
「ぬ、ぬいぐるみ…かわいいの、見つけたから……」
「お店のスイーツを再現出来ないかと思って、レシピ本を色々。良ければ、秋夜さんにも幾つかあげますよ?」
「いや、俺はいい。…あんまり甘い物作ると糖分が足りてないんじゃ無いかって心配されるから……」
秋夜は苦々しくも気分転換に甘い物を作ってみた日の事を思い出す。
砂糖の分量を間違えた為に想定よりもやや甘いホットケーキが出来てしまったが、味に問題は無いので無事に完食した。
食べ終わって食器を洗うまでは、血撫が自分の部屋から出て来ず顔を合わせる事も無かった。
そう、その時までは。
しかし、その日の晩に血撫主導で緊急会議が開かれ、都合の良い日にスイーツを食べられる店に行こう、という話が持ち出された。
何も知らせないままホットケーキを作った事で、糖分が不足していたのに自分で作るしか補給する方法が無かったと解釈されてしまい、血撫が負い目を感じたからである。
自壊と再生を繰り返す体質である事も相まって、何が原因で生命活動が危ぶまれる事になってもおかしくはない、と思われており、会議の中で義理の姉二人が秋夜に長生きして欲しいと必死になる様を、秋夜は恐ろしく感じていた。
それ以来、甘い物を作る時は予め伝える事にし、作る気分になれないが甘い物が欲しい時は、外食に連れて行ってもらうようにする事を彼は徹底するようになった。
「それは…。……まあ、そうですね。秋夜さんの事ですし」
言いたい事があったようだが、支愛瑠はそれを飲み込んで納得に切り替える。
(こういう時は我慢せず言っていいんだぞ…ってか、俺の事だからって何だ……)
支愛瑠が深刻そうな表情をしている事から察するに、一昨日の件は不味かったのでは、と思っているのだろう。
だが、厳しい栄養制限がある訳でも無い上、友達とケーキを食べた、と簡単に伝えた為に一昨日の外食は何ら問題は無い。
分かりにくい理由で勝手に納得されてショックを受けた秋夜は、それを訂正する気にもなれなかった。
そんなやり取りをしていた彼らへと、不穏な雰囲気を纏う黒い人影が近づく。
背後からそれを感じ取った秋夜もまた、一足先に気づいた『斑禍』のメンバーと同様にその人影を目にする。
黒いボディスーツを着て、その上にボロボロの黒い布を身に着けた、目に大きな隈を浮かべた細身の男。
その男は充血した灰色の目で、支愛瑠達を捉える。
「見ツケタゾ……」
明らかに異様な雰囲気を纏うその男は醜く顔を歪めて睨む。
危険を感じ取った秋夜と、紙袋を大量に持っている青蜥蜴の青年が支愛瑠達の前に立つ。
「蜥蜴さん。分かってますね?」
「…ああ。妹さん達、此処は僕達の後ろに隠れてて」
何が目的かは不明だが、支愛瑠達に近づけない方が良い。
すると、黒い男は更に顔を歪めて、苛立ちを露わにする。
「退けよお前ら。俺はそこの女どもに用がある」
「僕が彼女らの関係者だって言ってもかい?」
「俺の友達が嫌がってる。用件だけなら俺達が聞いても問題無いだろ」
あくまで退くつもりは無いと、青蜥蜴の青年と秋夜はそれぞれの言葉で示す。
最高潮に達したのか、黒い男の苛立ちは大きく変容する。
明確な殺意という形で。
周囲がザワつく程の重圧を目の当たりにし、青蜥蜴の青年と秋夜の体は震える。
しかし、冷や汗を垂らす秋夜と、睨み返す青蜥蜴の青年とで踏んできた場数というものが浮き彫りになった。
「……ちっ、今日はこの辺にしておいてやる」
通報しようとした他の通行人を睨み、震え上がらせる黒い男は、埒が明かないと踏んだのか踵を返した。
だが、諦めるつもりは毛頭無いらしい。
「今日は思わぬ邪魔が入ったが…お前ら、よく聞いておけ! 明日の19時、お前ら『斑禍』の内代表を一人選んで俺のもとに連れて来い! これを破る事は何人足りとも許さん! 例えお前らの愛する姉であろうともな!」
黒い男は青蜥蜴の青年と秋夜の後ろ、支愛瑠達に告げるべく吠える。
その直後、黒い男は秋夜を後ろ手で指差した。
「それから、お前は別だ。その代表と一緒に来い。『斑禍』の肩を持つ事はどういう事かを身をもって教えてやる…」
周囲から自身を見る目を無くし、黒い男は立ち去る。
『斑禍』の代表を選ぶ事に加えて、秋夜を指名してきた事に、『斑禍』に属する者達は動揺を露わにする。
秋夜自身もまた、この脅迫に対する心のザワつきを抑えることが出来なかった。
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