まずは自身の身動きを制限するプリンを燃やすべく、彼は胴より下から強大な炎を発する。
紫色の炎に焼かれ、プリンは瞬く間に焼き焦げてしまった。
「ああ、特製プリンが……」
支愛瑠の泣きそうな声が聞こえてくるが、一先ずは解放された秋夜は無視を決め込む。
しかし、良心が痛む事に変わりは無い。
滅射の出した大砲がこちらを狙いつつある中、秋夜はせめてものフォローを投げかける事にした。
「次はもう少し、小さいサイズを頼む、ぞっ!」
間一髪、砲撃より先にプリンの分だけ空いた穴から炎の噴射と共に脱出し、空中を舞う。
泣きじゃくる支愛瑠を慰める操が居て、そこから少し離れて滅射が立っている。
秋夜は、そんな彼女達の間に着地するのだった。
「しゅうや、炎だせるんだな!」
その直後、滅射がまたも純粋な目の輝きを見せながら声を掛ける。
少しばかり勢いに気圧された秋夜だったが、その裏表の無い純粋な問いに答える事にする。
「ああ、そうだが?」
「かっこいいな!!」
屈託のない笑顔と共に、素直な評価が彼の持つ異能力『紫炎』へと投げかけられる。
彼の表情もまた、その笑顔に連れて明るくなろうとする。が、すぐさまに口を引き結んだ。
秋夜にとって、自身の異能力への評価は彼女の真逆である。
「…俺も、そう思えたら、良かったのにな……」
彼の見せる憂いを帯びた表情に、滅射は首を傾げる。
秋夜と滅射。年の差は然程無いものの、彼は彼女ほど純粋にはなれなかった。
「…なあ、少し良いか」
遊びの範疇を出ないなら、と秋夜は戦闘の中断を求める。
支愛瑠に操、滅射の三人がどれほど、混沌派として悪さをしてきたのかは分からない。
だからこそ、彼女達について知る必要があった。
これから、アリスや血撫達も絡む事があるのかも知れないから。
滅射達は顔を見合わせて、彼の発言に従う素振りを見せた。
「お前達は、自分の持つ能力の恐ろしさについて、考えたことはあるのか?」
滅射の持つ能力はともかく、支愛瑠も、おそらくは操だってそうだ。
簡単に使って見せている力は、容易に人を殺せる。殺せてしまう。
だが、それをした事はあるのだろうか。
一昨日に出会った『レゾバレスタ』は道路を破壊し、交通を妨げて見せた上に通行人に危害を加えようともしていた。
山を組み上げる材料にされてしまった自動車の所有者の中には、死傷者が居たかも知れない上に、説得に応じそうな様子も無かったから彼は迷うこと無く行動が出来た。
一方のこの三人はどうか。
今のところ、大砲の位置角度が良かったのもあり、砲弾は秋夜自身にも他の誰にも当たっていない。
空の向こう側へと飛んでいった砲弾も途中で消失したように見受けられた。
地面と置き換わったプリンにしても、秋夜だからこそ容易に脱出出来た。
彼女達は秋夜以外に攻撃しておらず、それでいて危害を加えられた相手も今は居ない。
生易しい、と見做されるかも知れない。
しかし、混沌派に与するから悪、と断じるには判断材料が乏しいのもまた事実。
遊びであるならば、寧ろこの機会を利用して迷惑行為を止めさせるよう促すべきでは無いだろうか。
「ない!」
「ないですね」
「無い…と思うよ」
「そうか。…じゃあ、滅射。お前の出す大砲のその弾が他の人に当たったなら、どうなると思う?」
既に手遅れかも知れないが、それでも秋夜は説得を続ける。
滅射は少し考える様子を見せてから、元気よく手を挙げた。
「ばくはつする! こう、どかーん、って!」
「…ああ、そうだな。…それ以外には?」
「んーと、えーと」
爆発のその後が想像出来ないようで、滅射は困った様子を見せた。
どう、説明して良いものか、と秋夜は精一杯考えた上で、ようやく口に出す。
「…人は動かなくなるぞ」
「うごかなくなるって、どんなじょうたい?」
「倒れた状態だ。返事はしないし、呼吸もしないし、瞬きもしない。…もうそれが自分で出来ないからな」
「そ、それはたいへんだ…!」
死、という直接的な表現を避けつつ、なりうる状態について説明すると、滅射は驚きながら震える。
ようやく、自分の持つ能力が孕む危険に気付いたらしい。
少しばかり意地悪だな、と思いつつも秋夜は自身の親指を胸に当てつつ、彼女へと問いかける。
「もし俺がそうなったら、お前はどうする?」
「…かなしくなる、と思う。だって、そうなったらしゅうやは遊んでくれなくなるんでしょ?」
「そうなるな。もう遊べないから。一生絶交だ」
「や、やだ!」
自壊と再生を繰り返す秋夜の肉体だが、そんな体でも他者からの攻撃を受け続ければどうなるかなど、想像に難くない。
そんな事を考えつつ、絶交という言葉に過敏に反応を示す滅射の姿を見る。
少しばかり理解が出来た。
そして、これが突破口になりうる、とも考える。
「じゃあ、もう一つ質問だ、滅射。俺と遊び続けたいなら、どうするべきだと思う?」
「んーと……」
滅射は両手を頭に当てて、悩む。
支愛瑠と操が心配そうに見守る中、彼女はようやく自分の考えを述べた。
「よくかんがえて、異能力をつかう。…人にはあんまりむけない。……これでいい?」
「ああ、ばっちりだ」
恐る恐る確認を取る滅射に対し、秋夜はサムズアップを見せる。
すると、それを見た彼女の表情はみるみる明るくなっていく。
「じゃ、じゃあ、しゅうやとはもう友だち!?」
「友達になれるかどうかはお前次第だ。それを守れると約束出来るなら、友達になろう」
「う、うん! ちゃんと守る! だからなろうよ、友だち!」
友達と言う言葉に嬉しそうに反応する彼女を見て、予想は確信に変わる。
滅射は良くも悪くも純粋なのだ。
自身の能力を躊躇いなく使えたのは、恐らく彼女の姉達もまた、そうしてきたからなのだろう。
良い意味で言えば飲み込みが早く、悪い意味で言えば流されやすいのだ。
少しでも正道に引き戻せた事を、秋夜は喜ばしく思った。
「やりますねー。まさか滅射ちゃんを丸め込むなんて」
「秋夜お兄ちゃん、結構、な、やり手……?」
「その言い方には語弊があるな…」
友達になれた事への嬉しさが勝って、最早滅射には異能力を使う様子は無い。
無力化と言うには懸念事項が多いが、取り敢えず問題は一つ減ったと考えて、残る支愛瑠と操がどう動くか、身構える。
「滅射ちゃんだけだと色々心配ですし、私達とも友達になりませんかー?」
「流石に、一人だけ…じゃ、かわい、そう……」
が、意外にも彼女達にも異能力を使う様子は無く、寧ろこの機に乗ずるとばかりに友達になろうとしてきている。
「ああ。お前達が良いなら、俺も了承しよう」
何にせよ、アリスや血撫にこれ以上心配を掛けさせたく無い秋夜は、遊びという名目で始まった交戦がすぐにでも終わるなら万々歳であった。
そもそも、彼女達だけを拒絶する理由は無い。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな」
友達になるのなら、自分について教えるのも最低限の礼儀ではないのか、と秋夜は考え、構えを解く。
そして、姿勢を正し、深呼吸をした上で続ける。
「酒槇 秋夜だ。これからよろしく頼む」
「良い名前ですねー。…では私も改めて。渦廻 支愛瑠と申しますー。こちらこそよろしくお願いしますねー」
「わ、私も…。渦廻 操。よ、よろしく……」
「渦廻 滅射だ! よろしくな、しゅうや!」
彼女達との関係が少しばかり深まった所で、遠くから観戦していた響が舞い戻ってくる。
そんな彼女へと、支愛瑠達は楽しそうに手を振って迎えた。
響もまた、妹達の可愛らしい素振りに手を振って応える。
「やるね、秋夜君。彼女達を敢えて受け入れるとは」
彼女が降りてきたということは、つまりそういう事なのだろう。
遊びの時間は終わった。次は響が相手となってもおかしくは無い。
三人へは警戒を緩めても、行動の読めない彼女には警戒せざるを得なかった。
「響、と言ったな」
「出来ればお姉ちゃんも付けてほしいな~」
「……それで、この三人はそれぞれ何番目になるんだ?」
9姉妹を名乗る以上は、必ず生まれた順番がある。
既に粗方の予想は付いているものの、秋夜はこちらを見下ろすゴスロリ少女へと答え合わせを求める。
そんな彼女は色っぽく微笑む。
「興味を持ってくれて嬉しいよ。滅射ちゃんは九女、操ちゃんは八女、支愛瑠ちゃんは七女だよー」
「そして、私は三女ー」と軽い口調で言ってのける響。
それを聞いていた秋夜は想定の範囲内だったらしく、小さく息を吐く。
「…なるほど、そう簡単に長女次女には会えないか」
下から数えた三人ですらこの実力なのだから、響を含め残る6人はそれを遥かに凌駕する実力者であると見て間違いは無い。
だが、今響に甘えた姿を見せる三人の姿を見て、惜しいな、と感じる。
こんな物事をあまり知らない子供達を巻き込んでしまうのか、と。
「帰ったらお前の姉へ伝えておけ」
「おっ、伝言? 良いよ」
空中で聞き耳を立てるその様子から察するに、何が来ても平気なのだろう。
ならば、と秋夜は先程と違い、歯に衣着せぬ口ぶりで言い放つ。
「お前らの大切な妹なら、躾ぐらいきちんとしておけ、とな」
「ふふっ、挑戦的だね~。……良いよ、ちゃんと伝えておくね」
その直後、直方体のプリンが何処からともなく降ってきて、公園内に空いた穴にぴったり収まる。
収まったプリンは元の土へと置き換わり、穴はすっかり消えた。
響は空中で方向を替えて秋夜から離れていき、それに続いて支愛瑠達も公園から去ろうとする。
「遊んだなら後片付けもしないと。また会おうね、秋夜君」
「今度は洋菓子店で会いましょう、秋夜さん」
「ま、また、何時か、ね…」
「たのしかった! ありがとな、しゅうや!!」
悪党を再び見逃す形にはなるが、秋夜の実力ではあの四人を拘束出来ないだろう。
それぞれが別れの言葉を告げて、どんどん姿形が小さくなっていく。
姿が見えなくなった所で、「はぁ…」とため息を零し、その場に座り込む。
「こんなのが、これから何度も続くのか…」
啖呵を切った手前、秋夜の顔には疲労が浮かんでいた。
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