村中に響き渡る鐘の音。
綺麗な音だが、祝福の金ではなく、警告の音だ。
村に迫る脅威を知らせている。
村人に、そして……その脅威を退けられる力を持つ者に。
「いくわよ、ドカドカ」
「あいよ!」
リルの後を俺も追う。
鐘の音とは別に、荒々しい音が聞こえてきた。
ルート村は森に囲まれていて、様々生き物が暮らしている。
イノシシを超える動物も当然いるが、これだけ大きな音をまき散らすような生き物はいない。
そう、穢れは生き物ではない。
「お嬢!」
「ええ、いたわね」
それは木々をなぎ倒し、地面にひびを入れている。
姿形は大きなクマだ。
しかしクマではないことは、纏っているどす黒いオーラを見れば明白。
目は血走ったように赤く、凶暴性はクマと比較にならない。
「来るわ!」
「リル!」
「エルは下がってて! あなたじゃ穢れは祓えないんだから!」
「っ……わかった」
リルは穢れに向っていく。
あの恐ろしい穢れが何なのか、どこで生まれたのかはわかっていない。
ただハッキリしているのは、穢れが人類を害なす存在であるということ。
姿形は動物や昆虫、時には人の形にすら見せることもあるが、穢れは生物ではない。
よくない力の塊とでもいうべきだろうか。
そして、穢れを祓うことが出来るのは、精霊使いだけだ。
「ドカドカ!」
「任せとけお嬢!」
リルが地面を強く踏みしめると、クマの穢れの地面が盛り上がり、岩の柱が伸びて吹き飛ばす。
イノシシの時と同じだ。
大地の精霊と契約したリルは、周囲の地形を操って戦うことが出来る。
続けて左右の地面から棘のような岩が伸び、クマの穢れの両腹を突きさす。
「グオオオオオオオオオオオオオオ」
悲鳴をあげる穢れの頭上に、リルは移動していた。
「終わりね」
最後は思いっきり頭を踏んで、クマの穢れは倒れる。
倒れた穢れは黒い霧状になって消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日も助かったよ、リルカ。怪我はなかったか?」
「大丈夫。全然余裕だったから」
「はははっ、頼もしいな」
豪快に笑うのはドレガさん。
その隣に座っているのは妻のミシェルさん。
二人は変わらず優しくて仲の良い夫婦だ。
「エル君もありがとう。リルカと一緒にいてくれて」
「いや俺は一緒にいただけで、何もしてませんから」
「本当に何もしてなかったわね」
「うっ……」
自分で言っておいてあれだけど、改めて言われるとやっぱり傷つくな。
「まぁいいじゃないか! 村も二人も無事でよかった」
「そうね。さぁ食べましょう」
夕食にはさっき狩ったイノシシ肉の料理が並んでいる。
肉厚でとても美味しそうだ。
「いただきます」
四人で食卓を囲む風景も見慣れてきた。
十年以上経っても、この時間の穏やかさは変わらない。
やっぱりこの家は居心地がいい。
でも……
俺はリルを見つめながら思う。
彼女は精霊使いになった。
その力で何度も村を救っているし、俺も助けられている。
対して俺は……何もできていない。
何だか自分だけが取り残されている気分で……歯がゆかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
村の外れには湖がある。
動物たちが水のみに訪れる様子が見えて、とてものどかな場所だ。
そこで棒を振り回すのは、少し無粋かもしれない。
「よし! これで素振り千回終わりっ!」
「やっぱりここにいたのね」
「ようエル坊! 今日も精が出るな!」
「リル、ドカドカも」
素振りを終えたところで、ちょうど二人がやってきた。
リルは呆れ顔で、ドカドカは彼女の右からの上をふわふわ浮かんでいる。
「また特訓?」
「ああ。日課だからね」
「はぁ、そんなに毎日続けて飽きないの?」
「飽きるとかじゃないからな~ 強くなるためには、ちゃんと身体を鍛えないと」
「ふぅ~ん」
素振り二セット目を開始した俺を、リルはじっと見つめる。
「ねぇエル、別にあなたが頑張らなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「だってそうでしょ? 穢れもイノシシ狩りも、私がいれば何とかなるわ。エルが身体を鍛えなくたって平気だと思うけど」
「それはまぁ……そうだけど。リルだけ危険な目に合って、俺だけ安全な場所から見ているなんて出来ないよ」
「心配いらないわよ。私、強いから」
リルは堂々と答えた。
確かにリルは強い。
彼女が苦戦しているところなんて見たことがない。
助けなんて不要と言われれば、そうなのだと思う。
「……でも駄目だ。やっぱり何も出来ないなんて嫌だよ。リルが強いことも、俺が弱いことも知っている。だけどそれは、何もしなくて良い理由にはならないから」
「エル……」
大切な幼馴染が傷つくのは見たくない。
あとはそう……ただの意地だ。
「それにほら! 体力と頑丈さが俺の取り柄だからさ。そこを磨いておいても損はないと思うんだよ」
「……そんなだから心配なのよ」
「え、何か言った?」
「何でもないわ。ほら、素振りの手が止まってるわよ? 罰として千回追加ね」
「えっ……」
「もう千回足して――」
「やります!」
なぜかリルに指導されながら、俺は特訓を続けていた。
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