ワールドコントラクター

~辺境育ちの転生者、精霊使いの王となる~
日之影ソラ@二作書籍化予定
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9.精霊契約

公開日時: 2020年11月22日(日) 07:01
文字数:2,622

 なめていたは俺のほうだった。

 相手は精霊使いだ。

 肉弾戦に持ち込めば、日頃から鍛えている俺に分があると思い込んで……


「ぐっぉ……」

「エルッ!」

「残念だったな、ガキ」


 激痛が走る。

 視線を下にさげると、ルブランの右腕が見えた。

 皮膚を、内臓を、背中まで貫かれている。

 ルブランは右腕を抜き、俺を蹴り飛ばした。


「エル……エル!」

「おいしっかりしろエル坊!」


 吹き飛ばされた俺の元へ、リルとドカドカが駆け寄ってきた。

 彼女だって怪我をしているのに、そんなことお構いなしの全力で走る姿が見えた。


「根性だけじゃどうにもならねーんだよ。無駄な殺しさせやがって……」

「嫌だよ、エル! 今傷を」

「諦めな。その傷じゃ仮に治癒の力があったとしても……手遅れだ」


 背中から大量の血が流れ出ている感覚がある。

 視界もぼやけてきた。

 自分の死が近づいている。


「エル……お願い死なないでよ」


 リル……

 彼女の涙が、俺の頬をつたって落ちる。


「私はどうなっても良かったの。エルと一緒なら……それだけで良かったのに」


 リルの泣き顔なんて久しぶりに見たな。

 それもここまで悲しそうな表情は、今までに一度もなかった。


「私が守る……ずっと守るから! だからお願い……エル……」


 リル……


「私を置いて行かないでよぉ……エル」


 大粒の涙が流れる。

 意識は薄れ行き、声も小さくしか聞こえなくなってきた。

 痛みも減ってきたし、全身の感覚に鈍くなっているのだろう。

 なのにどうして、彼女の涙はハッキリわかるんだ。

 彼女の言葉が、思いが伝わってきて、傷よりも心が痛くて苦しい。


 俺は何をやっているんだ。

 リルの未来を守りたかった。

 彼女が幸せになってくれることが願いだった。

 守りたい……ずっと、この先も。

 だから身体を鍛えた。

 それなのにどうして今、俺は彼女を泣かしてしまっている?

 悲しませないための努力を積んだのに、心が傷つくくらい悲しませてしまっている。

 

 情けない。

 自分の弱さが腹立たしい。

 もっと俺が強ければ、彼女を守れるのに。

 俺に力があれば、彼女を悲しませずにすんだはずなのに……


 俺は……どうしてこんなにも弱いんだ!


「力がほしいですか?」


 その声が聞こえた瞬間、俺の世界は真っ白になった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それは彼女の声だった。

 夢の中で何度も会っている不思議な女の子。

 この真っ白な世界な世界が草原に変化する様子も、慣れ親しんだ光景になった。

 彼女は一本木の下に立ち、俺と向かい合っている。


「力がほしいですか?」


 彼女は同じ言葉を口にした。

 そのとき俺は、彼女が精霊であると知った夢の出来事を思い出す。

 お陰で彼女のいう力が、どういう類のものなのか察した。

 だから俺は答える。


「うん、力がほしい。リルを守るための力が」

「もしもそれで、抗えない大きな運命の渦に巻き込まれるとしても?」

「うん」

「辛くて苦しいことが、たくさん待っているといても?」

「うん」

「力を手に入れてしまったら、世界を救わなくてはならないとしても?」

「うん」


 彼女の抽象的な質問に、俺はすべて「うん」と答えた。

 たぶん何を言われても変わらなかっただろう。

 俺にとっての最悪は、ここでリルを失ってしまうことだから。

 

「それでリルを守れるのなら……俺は世界だって救ってみせるよ」


 笑われても良い。

 理解されなくても良い。

 関係ないんだ、どんなことも。

 リルを守れるなら。


 決意を込めた俺の言葉を聞いた彼女は――


「百二十点の回答です」


 そう言って微笑んだ。

 心から嬉しそうに。


「手を出してください」


 彼女は右手を前に出す。

 俺も右手で彼女の手に触れる。


「これから、わたしの名前を教えます。これを知れば、もう後戻りはできません」

「構わないよ」

「わかりました。ようやくこの時が来ましたね」

「うん」


 俺はようやく知る。

 彼女の名を。


「私の名前はミラ。【世界】の精霊、ミラです」

「ミラ……世界の精霊」

「はい。今ここに精霊契約を――汝を我が依代に」


 彼女の言葉を合図に、一本木の葉が紅葉する。

 風が吹き抜け、葉が舞い散る。


「エルクト、これであなたは――世界の精霊使いです」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 力が流れ込んでくる。

 彼女から……いいや、世界が俺に味方している。


「何だ?」

「エ……ル?」

 

 気付けば俺は立ち上がっていた。

 自分の脚でしっかりと。

 世界から流れ込んだ霊力が、俺の身体を活性化させている。

 貫かれた腹も、いつの間にか塞がっていた。


「傷が癒えているだと? しかも何だ……このバカみたいな霊力は! さっきまでと別物……」


 ルブランが怯えている。

 湖の水に移った俺の姿は、さっきまでとは別人だった。

 黒い髪と瞳は、ミラと同じようにオーロラみたいに変化する不思議な色に変わっている。

 

「……エル?」


 リルが心配そうに俺を見つめている。

 たくさん泣いて、まだ瞳には涙が残っていた。


「大丈夫だよ、リル。今度こそ――守ってみせるから」

「お前ら!」


 ルブランが叫ぶ。

 部下の男たちが精霊の力を発動する。

 それよりもわずかに早く、俺は彼らを蹴散らした。


「なっ……」


 一瞬で近づき、全員を殴打で吹き飛ばす。

 続けて驚いているルブランへ攻撃を仕掛ける。


「ちっ、なめるな!」


 ルブランが格闘と大地の精霊の力で応戦する。

 地形を操り、リルと同じように大地の柱や棘を生成して迫る。

 格闘も鋭く、拳の威力は絶大だ。

 それも全て躱す。


 不思議だ……前よりよく見える。

 相手の動きもそうだけど、これは……霊力の流れか。

 あいつがどこに霊力を流して強化しているのか。

 次にどこを変化させて攻撃しようとしているのか……霊力の流れから読み取れる。

 これなら――


「もらったぜ」

「エル!」


 ルブランは俺の背後の地面を操り、不意を突こうとした。

 それに気づいていた俺はギリギリで躱し、地面から突き出た柱の攻撃は、そのまま正面にいたルブランに直撃する。


「ぐおっ、こいつ!」

「自分の攻撃をくらうなんて思わなかっただろ!」

「この!」


 今のでルブランに隙が生まれた。

 俺は懐に潜り込み、拳に霊力を集中させる。


「もう一度言う! お前にリルは渡さない!」


 全てを込めた拳はルブランの顔面を抉り、彼を遠くへ吹き飛ばした。

 肉眼で見えるギリギリの距離まで飛んで、何かにぶつかって止まったようだ。

 反撃はない。

 他の部下たちも倒れている。

 つまり――


「俺の……勝ちだ」


 今度はちゃんと守れた。

 その安心感で胸がいっぱいになる。

 覚えているのはここまでだ。

 直後、俺は意識を失って倒れ込んでしまう。

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