この世界には精霊がいる。
精霊は、大自然から生まれた霊的存在。
僕たち人間とは根本的に異なり、肉体は霊力で出来ている。
炎の精霊、水の精霊、風の精霊、大地の精霊……。
精霊の種類は、世界を形作る元素と、自然界に存在する物や現象の数だけあると言われていた。
「精霊さんってホントにいるのかな~ 私いーっかいも見たことないよ」
「僕もないけど、きっといると思う」
「どこにいるのかな?」
「どこなんだろう。昔は一緒に暮らしてたって、この本にも書いてあったよ」
昔も昔、一万年以上前の話だ。
世界には人間と精霊がいて、一緒に仲良く暮らしていたらしい。
他にもいろんな種族がいたとか、この本には書いてあった。
でも今は、そんなに身近な存在じゃなくなっている。
精霊が見れるのは、素質のある限られた人間だけになってしまった。
「ねぇねぇ! この精霊使いってなに?」
「精霊使いはね? 精霊さんと契約して、その力を使えるようになった人のことだよ」
精霊使いという言葉は、ファンタジー世界ではよく耳にする。
僕が知っている精霊使いと、この世界における精霊使いは大体同じだった。
精霊が見える素質のある者は、精霊と契約を結ぶことで、その力を使役することが出来る。
炎の精霊と契約すれば、炎を操ることが出来るし、水の精霊と契約すれば、汚い水を綺麗にしたりも出来るみたいだ。
「う~ん、つまりどんな人なの?」
「精霊さんと仲良くなれるくらい、すごい人ってこと!」
「そっか!」
契約には細かい制約があるらしいけど、まず精霊を見れないと話にならない。
まだ精霊を見たことはないし、自分に素質があるのかもわからない。
だけどせっかく新しい世界で生まれたんだ。
もしも自分に素質があるのなら……
「僕もいつか、精霊使いになってみたいな」
「エルがなるなら私もなる!」
「そうだね! 一緒になろう!」
「うん!」
そんな微笑ましい会話をしながら、ふと思い出す。
この世界に生まれる前、僕と会話をした不思議な少女のことを……。
もしかすると、彼女も精霊の一人なのかもしれない。
そして月日は流れ――
十年後。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドンドンドン。
森の中を走る一匹のイノシシがいる。
「エル! そっちに行ったわよ!」
「わかってる」
俺は弓矢を構えて狙いを定める。
イノシシはまっすぐこちらへ向かってきていた。
「そこだ!」
矢を射る。
真っすぐ飛んで行った矢は空気を貫き、そのままイノシシの脳天に突き刺さった。
俺は嬉しさにガッツポーズをとる。
「よし! ってあれ?」
全然スピードが落ちない。
頭に矢が刺さっているのに、イノシシは俺目掛けて突進してきていた。
う、嘘でしょ?
頭射抜かれて死なないイノシシって何?
「ちょっ――」
「はぁ。仕方ないわね」
トンと地面を踏みつける音がする。
その音の直後、イノシシが踏みしめた地面が盛り上がり、岩の柱が飛び出す。
イノシシは岩の柱に突き上げられ宙を舞い、俺の横にボトンと落ちる。
さすがに今の衝撃で終わってくれたようだ。
俺はほっと胸をなでおろす。
「ありがとう。助かったよ、リル」
「はぁ……ホント、エルは駄目駄目ね。私がいないとすぐこれなんだから」
「あはははは……面目ない」
助けられたのは一度目じゃないし、返す言葉もない。
彼女は幼馴染のリルカ。
俺と同じ十五歳になり、女の子っぽさが増して、スカートもよく似合う。
「どこ見てるのよ、変態エル」
「へ、変態じゃないから! それよりイノシシを持ち帰ろうか」
「そうね。よろしく」
「え?」
「何よ」
「もしかして俺が運ぶの?」
「当たり前でしょ」
リルは即答した。
倒れているイノシシの大きさに目を向ける。
めちゃめちゃ重そうだ。
「リルがゴーレムを作ってくれた方が楽だと思うんだけど……」
「は? それじゃ私が疲れるだけでしょ? 戦闘では全然役に立ってなかったんだから、エルが運ぶべきだと思うけど?」
「うっ……それを言われると言い返せないな」
俺は小さくため息をこぼし、イノシシを担ぐために準備を始める。
はぁ……小さい頃のリルはもっと素直で優しかったのに……。
今では毒舌ツンツンキャラになってしまった。
一体どこで間違ってしまったのだろう?
「ねぇ、今失礼なこと考えてなかった?」
「か、考えてないです!」
「そう? ならさっさと運んで」
「はい!」
あの頃のリルが戻ってきてくれないかな……。
そんなことを思っていると、彼女から別の声が聞こえてくる。
「まぁまぁお嬢、そんなにエル坊を虐めちゃダメですよ」
「ドカドカ……」
リルの右肩にひょっこり顔を出したのは、彼女と契約している土属性の精霊ドカドカだ。
見た目は茶色いぬいぐるみで、ぱっと見はクマっぽいけど惜しい。
本人曰く、世界一格好良いフォルムだそうだ。
俺には一切わからない。
「なぁお嬢、手伝ってやってもいいんじゃないか?」
「ふんっ」
「いいよドカドカ。これくらいなら何とかなるし、戦闘で役に立てなかったのも事実だから」
「そうか? あんま気を落とすなよエル坊。お嬢もあー言ってるが、本当はエル坊が無事で心底安心――ぶっ!」
「それ以上言ったら潰すわよ」
「も、もう潰れてるっ」
そんな二人を見つめながら、俺は羨ましいと思っている。
リルは縁あって、ドカドカと契約することで精霊使いになった。
でも俺は……
カンカンカン――
「この音……リル!」
「ええ、また来たのね――穢れが」
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