テーブルの上には、帝都からの手紙が置いてある。
封は開いていて、中身の三枚の紙も見えるように並んでいた。
一枚目は推薦状、二枚目は学園についての概要が簡単に書かれたもの、三枚目は注意書きだ。
最近、精霊使いや素質のある者が誘拐される事件が多発しているらしい。
とても重要なことが書かれているが、今の俺の頭には入ってこない。
「馬鹿……か」
リルにそう言って出て行ってしまった。
俺は部屋に残って俯いている。
ドレガさんとミシェルさんも思う所はあったみたいだが、それぞれの仕事に戻っていった。
一人になった部屋は、嫌なくらい静かだ。
「エル坊~ さすがにあれはねぇーよぉ~」
「ドカドカ」
いや、一人ではなかった。
リルと契約している精霊のドカドカも一緒に残っている。
「いくらなんでも鈍感が過ぎるぜ。お嬢がどうして帝都行きを嫌がったのか、本当にわからねぇーのか?」
「それは……」
「エル坊と離れたくなかったからだぞ? 地位がどうとかチャンスだとか、そんなもんはお嬢にとってどうでも良い。大事なのは、エル坊と一緒にいること」
「わかってるよ。それくらい」
ああ、わかっている。
十五年も一緒にいれるんだから、リルのことはよく知っている。
彼女の思いも理解しているつもりだ。
「だったら何で引き留めなかったんだ? エル坊だって、お嬢と離れ離れは嫌だろ?」
「ああ、嫌だよ」
本心を口にしながら、それを自分で押し殺して続ける。
「それでもリルには……才能がある。俺にはなかった凄い才能があるんだ。彼女には、俺が選べない道を選ぶ資格がある。リルならこんな小さな村だけじゃなくて、世界で活躍できると思うんだ。きっとそれは未来の……リルの幸せにつながると思うから」
「お前と離れることになってもか?」
「うん。でもほら、離れるって言っても今生の別れじゃないんだしさ。会おうと思えばいつだって会えるよ。俺も王都には行きたいと思っていた。リルとは違う理由になるけど」
未開拓領域を除く大陸の全土を統治するエスタニカ帝国。
その帝都ザーフェスには、エリア学園以外にも様々な施設がある。
この世界について調べるなら、一度は行ってみたい場所だと思っていた。
「エル坊……何でそれさっき言わなかったんだ?」
「まだ決まったことじゃないし、不確定なことを簡単に言えないよ」
「……はぁ~ この真面目君が! これだから人間は面倒くせぇ」
「ごめん」
呆れているドカドカは、もう一回大きなため息をこぼす。
「お嬢んところ行くぞ。今の話すりゃー機嫌も直るだろ」
「そうかな?」
「おう! まぁいつも通り、ボロカスに怒られるとは思うけどよ」
「ははは……」
それはちょっと怖いな。
でもリルらしい。
「んじゃ行――」
「ドカドカ?」
急にドカドカがピタリと止まる。
「悪いなエル坊、俺は先にお嬢のところへ飛ぶぜ」
「どうしたの?」
「お嬢がやべぇ! 何かに襲われてやがる!」
「なっ……」
襲われている?
穢れの出現を知らせる鐘は鳴っていない。
一体何が――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家を出たリルが向かったのは湖の辺だった。
彼女は湖が見えるように腰掛け、小さな声でぼそりと呟く。
「馬鹿エル」
彼なら引き留めてくれると思っていた。
きっと同じ気持ちだからと。
しかし結果は違った。
そのことにショックを受けて、小さく丸まるように膝をかかえ顔を伏せている。
エルの言葉が、自分の将来を思ってのことだということは理解できる。
ただ、彼女にとってそれはどうでも良いことだった。
ドカドカの言う通り、彼女にとって大事なのは……
しばらく一人で湖を見ていたリル。
少しずつ落ち着いてきた様子。
徐に立ち上がり、村に戻ろうとした。
そこへ足音が届く。
「エル?」
彼が来てくれたのかと思ったリルは振り返る。
しかし、残念ながらエルではない。
彼女の前に現れたのは、黒い怪しいローブに身を包んだ男たちだった。
「こんにちは~ 君が噂の精霊使いちゃんかな? 思ってたより可愛いね~」
「……気持ち悪い」
「おっと傷つくな~ 初対面でいきなりそれはひどくないか?」
「別に、ホントのことを言っただけ」
「かぁー、そうかい。生意気だが、そんくらいの方が俺好みだね。攫いがいがあるって――」
リルは地面を踏みしめる。
男の前の地面がぼこっと盛り上がり、腹を穿つように土の柱を伸ばす。
彼女は男の話など聞きもせず、問答無用で攻撃を仕掛けた。
見るからに怪しい人物の集団だ。
咄嗟の判断は間違っていない。
だが……
「こりゃすげえな」
男は正面に土の壁を生み出し、彼女の攻撃を相殺していた。
「同じ力がなかったら危なかったな~」
「こいつも……」
大地の精霊使い。
茶色ツンツン頭の男の背後には、オレンジ色をした四本足の精霊がいる。
見た目はハイエナにそっくりだ。
そして男の後ろには七人、同じ格好をした男たちがいる。
彼らの背後にも、ふわふわと色とりどりな光が浮かんでいた。
「いやー驚いた! これは久々に俺も楽しめそうだ」
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