人生初めてのキスをした。
唇の柔らかさを知った瞬間で、心と身体が通じ合った証明。
俺は名残惜しさを感じながらも、触れ合った唇を離す。
リルと目が合う。
彼女は嬉しそうに、でも恥ずかしさもあって頬を赤らめている。
良い雰囲気のまま、俺たちはもう一回しようと近づける。
のだが……
それを凝視している視線が一つ。
「いや~ こいつは決定的瞬間ってやつだな~」
「「……」」
「良かった良かった~ 長年見守ってきた身としてもめでたい日だ! あ、もう一回するんだろ? 気にせず続けてくれ」
近づいていたリルの顔が、沸騰するくらい熱くなったのが伝わる。
恥ずかしさのてっぺんにたどり着いた彼女は、素早い手つきでドカドカを鷲掴んだ。
「ふごっ! お、お嬢?」
「忘れなさい。でないと潰す」
「も、もう潰れてるから!」
「なら忘れなさい」
「いや無理だろ。あんだけ甘々にいちゃつくのを忘れるとか――痛い痛い痛い!」
リルが握る力を強めて、ドカドカの顔がぐしゃっとなる。
「ま、マジで潰れるから! おいエル坊! 見てないで助けてくれよ!」
「……ごめん、俺も恥ずかしかったから」
「裏切者おおおおおおおおおおおおおおおお」
「ふんっ!」
そのままリルはドカドカを床に投げつけた。
ドカドカは床にぶつかり跳ね返って、天井、壁と跳ね最後は床に落ちる。
「ぅ……死ぬかと思ったぜ」
リル……本気で潰すつもりだったんじゃないかな。
過去最大にドカドカの顔がへしゃげていたよ。
「ま、まぁ落ち着こうよリル。俺たちもほら、ドカドカがいること忘れてたのが悪いんだし」
「……エルがそう言うなら」
「エル坊、それもっと早く言ってくれよ」
「ははははっ、ごめんね」
やっぱり俺も恥ずかしかったから、出来れば忘れてほしいと思う。
「というかよ~ こんなもんで恥ずかしがってたら持たないぜ? 何せこれからいちゃつく度に俺が見てるんだからよ」
「え?」
「え、じゃねえだろ。俺はお嬢の契約精霊だぜ? お嬢がいるところに俺はいる! つまり、今後二人がイチャイチャするときは、俺も傍にいるってことだ」
確かに……
ドカドカはリルに宿っている精霊だ。
多少は離れられるけど、基本的には契約者の傍にいる。
ということは……
「お前らがキスするときも一緒! 風呂に入ろうとか、ベッドの上でエロいことすると――痛い痛い痛い!」
「やっぱり潰すわ」
「助けてくれエル坊!」
また同じ流れが始まってしまった。
このままだとずっとこの調子だな……
「そ、それよりさ! 俺が意識を失った後はどうなったの? 五日間も寝てたって聞いたけど、村の皆は? 襲ってきた奴らは?」
質問した俺のほうへリルが顔を向ける。
その拍子に掴んでいたドカドカを離し、彼は床に落下する。
「ほげっ! ふぅ……助かったぜ」
「五日間眠ってたのは本当よ」
五日間も眠っていたとは予想外だった。
おそらく精霊の力を使った反動だろう。
今でもハッキリ感覚が残っているくらい、凄まじい力だったな。
「お嬢がつきっきりで看病してたんだぜ」
「そっか。ありがとう、リル」
「ううん。身体の調子はどう?」
「大丈夫だよ。リルは? 足を怪我してたよね」
「平気よ。足も治ってるわ」
俺はほっと胸をなでおろす。
続けて思い出したのはルブランたちのことだった。
「襲ってきた奴らは?」
「昨日一番近い街から帝国の兵士に来て、そのまま受け渡したわ」
「一人逃がしちまったがな」
「一人?」
「おう。ルブランとかいうリーダーだな。エル坊に吹き飛ばされたはずなんだが、探してもいなかったんだと」
「そうか……」
あの一撃を受けて気を失わなかったのか?
だとしたら相当……またどこかで会いそうだ。
「何者だったんだろう」
「兵士さんの話だと、精霊と精霊使いを狙っている組織の一つらしいよ」
「『解放者』っていうみたいだぜ。他にも理由は違うけど、同じように俺たちを狙ってる組織が二つくらいあるって言ってたな」
「そんなにあるのか……」
はた迷惑な話だな。
いや、だからこそ穢れが強くなっているのかもしれない。
放っておけばいずれ、ミラが言っていたように……
「どうしたの?」
「……リル、ドカドカも」
「ん、何だ?」
「聞いてほしい話があるんだ」
そうして俺は、ミラから聞いた世界の秘密を話した。
自分に宿った力と、その力で何を成すべきなのか。
俺がどうしたのかも含めて、伝えられること全てを打ち明けた。
「穢れの正体が……私たち人間の感情だったのね」
「それに世界の精霊か~」
「ドカドカは同じ精霊だし、ミラのこと知ってたんじゃないの?」
「いんや、俺もいるって話くらいだな。何せ何千年も昔の話だろ? いくら俺ら精霊が長寿でも、そんな昔を知ってる奴なんて救ねーぞ。万年生きるっていう上級精霊くらいじゃねーのか?」
「そうか。でもそうだよね。知っているなら、現代でも穢れの原因は広まっているはずだし」
長い年月をかけて忘れられてしまった。
穢れの力が強まっているのも、それと関係しているだろう。
「んで、エル坊はどうするんだ?」
「うん。穢れを放っておくことはできない。もう一度封印しないと八千年前と同じ悲劇が待ってるから。だからその……」
「いいよ」
「えっ、まだ何も言ってないよ?」
「言わなくてもわかるわ。一緒に来てほしいってことくらい」
全てお見通しか。
「すごく危険だと思うよ?」
「そうね」
「辛い思いもするかもしれない」
「私にとっては、エルと離れることが一番辛いわ。だからどこへでも、どこまでも一緒にいる」
「エル坊一人にやらせられるかっての! 精霊の問題でもあるんだからな」
「リル、ドカドカ……」
二人の意思を確かめるつもりで話をした。
どうやら杞憂だったらしい。
「ありがとう」
答えは最初から、決まっていたみたいだ。
ミラの手を取った俺と同じように。
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