「よいしょっと」
大事な荷物だけ馬車の荷台からおろし、宿泊する部屋へ移動した。
部屋は六畳くらいの広さで、セミダブル程度の大きさはあるベッドが一つある。
机と椅子に、小さいけどシャワールームもあるみたいだ。
「中々良い宿屋を見つけたんじゃないか?」
「そうね。ベッドも柔らかいわ」
リルがベッドに腰掛けて、柔らかさを確かめている。
そんな彼女を見ながら、ここで一緒に寝るのか……と考えてしまうあたり、俺も思春期の男子なのだと自覚する。
あの日、互いの気持ちを伝え合って、俺たちは恋人同士になった。
ただ恋人なって何かが変わったわけでもない。
なまじ幼馴染で、小さい頃からずっと一緒にいる所為か、今さら関係が大きく変わることもないのだろう。
「エル?」
「何でもないよ」
とか言いつつ、俺は結構意識しているわけだが……
「荷物も置いたし、街を見て周ろうか」
「そうね」
ハルネの街。
四つの街道に繋がることから、旅人や商人たちの寄り合い所となっている。
最初は小さな村だったそうだが、位置的にも便利で人も多く集まり、今では一万人を超える人たちが暮らしている。
「喫茶店、レストラン、雑貨屋、武器防具屋、それに宿屋。改めて見ると本当にお店が多いわね」
「だな~ 俺らみたいな旅人っぽいのも多いしな」
「大きな街ってこういうものなのかしら」
「ハルネは特にだと思うよ。ここは外から来る人が多いし、自然と店も増えていったんじゃないかな?」
「へぇ~ 詳しいなエル坊」
「出発前に調べてあるからね」
「さっすがエル坊は真面目だな。お嬢も見習う――」
「は?」
「何でもないっす」
この二人はどこでも変わらないな。
「エル、どこに行くの?」
「う~ん、とりあえず適当に回ってみようか」
「食糧調達はいいのかよ」
「それは明日にしよう。出発前に買い込んだほうが長くもつし、今日は場所だけわかればいいかな」
せっかく初めて街に立ち寄ったわけだし、純粋に観光したいという気持ちもある。
それから俺たちは、人の流れに身を任せながら街を巡る。
大通りと呼ぶべき広い道の左右には並ぶお店。
立ち売り、露店、店舗と種類は様々だが、どれも個性があって目移りしてしまう。
「エル、あれは?」
「雑貨屋じゃないかな。入ってみる?」
「そうね。何か旅に役立つ物があるかもしれないわ」
雑貨屋へ入る。
中は棚が綺麗に並んでいて、様々な品物が売っている。
食器とかアクセサリーもあるみたいだ。
中には初めて見る道具もあって……
「これ何かしら?」
リルが見つけたのは、茶色い液体の入った小瓶だった。
「泥水じゃねーか?」
「それたぶん簡易結界だよ」
「結界? これが?」
「うん。動物が嫌いな臭いを発する液体だね。野生動物にしか効かないから、穢れには無意味だけど」
人を襲う動物から身を守るための道具だ。
一日は効果が持続するけど、しばらくすると動物が臭いに慣れてしまう。
一度使った場所では、しばらく使えなくなると本で読んだことがある。
「ふぅ~ん、じゃあ街を覆ってる結界とは別物なのか」
「うん。あれは穢れから守るためのものだからね。貴重だから、一般には出回ってないらしいよ」
「ほぉ~ というか結界ってそもそも何なんだ?」
ドカドカの質問に答える。
精霊結晶という精霊の力と同じものが込められた結晶があるそうだ。
それを核として使い、霊力を流すことで穢れを寄せ付けない結界を展開する。
「って本で読んだよ」
「精霊結晶? そんなもんあるのか」
「あなたも精霊じゃない。何で知らないのよ」
「仕方ねぇよ、俺はまだ若いんだから」
「役立たずね」
「お嬢……隙を見つけて俺を罵倒するの止めてくれよ」
精霊結晶については俺も詳しく知らない。
本にはこれ以上のことは書かれていないし、人工的に作ることも出来ないとあった。
自然に発掘されるものしかなく、そのため数に限りがあるらしい。
「そんなもんをルート村にくれたのか。中々ふとっぱらだな」
「本当にね」
「エル、これ買っておいたほうが良いわ」
「そうだね。旅に役立ちそうだ」
簡易結界以外にも、役立ちそうな道具をいくつか購入。
それから続けて、他の店も回ることにした。
時間はあっという間に過ぎ、夕日が沈む。
「戻る前に夕食を食べようか」
「そうね。どこか良さそうなお店は……あそこは?」
リルがおしゃれな飲食店を見つけた。
店の中と外にそれぞれテーブルがあって、明かりも色鮮やかで雰囲気がある。
「うん。あそこにしよう」
「決まりね」
店に入ると、いらっしゃいませの後に席へ案内された。
チラッと食事している人たちを見たが、出される料理もおしゃれだ。
見た目はフレンチに似ている気がする。
それとこの店は男女のペアで食事をしている人が多い。
今さらだけど……これってデートでは?
一緒に買い物して、ご飯も食べて……うん、デートだ。
間違いなくデートだ。
夕日が沈む中、俺は一人で興奮していた。
もう少し早く気付いていれば、手を繋いだりできたかもしれないのに……という後悔も一緒に。
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