世界のこと、穢れのこと。
色々な話を一度に聞いて、俺の頭の中は大渋滞だった。
一先ずわかったことは、俺が穢れを封印すれば、全て解決するということだ。
今はそれだけわかっていれば大丈夫だろう。
そう思いながら、俺は現実世界で目覚める。
「ぅ……ここは……」
重い瞼を開けると、見慣れた天井が視界に入る。
背中に感じるのはベッドの柔らかさだ。
布団もかけられていて温かい。
ここが自分の部屋だと理解してから、徐に上体を起こす。
「ようやく目が覚めたか」
「ドカドカ?」
「おう。おはようさん」
「おはよう」
俺は部屋の中を見回す。
誰を探しているのか、ドカドカにはわかったようだ。
「お嬢ならそこだぜ」
ドカドカが短い腕を動かし、俺が寝ているベッドの縁を指す。
床に座り、ベッドに腕と頭を乗せたまま、リルは寝息をたてていた。
彼女の寝顔を見てホッとする。
「疲れてんだな。なんせ五日間もエル坊を一人で看病してたからよ」
「五日間? 俺はそんなに眠っていたの?」
「そうだぜ。戦い終わったら途端にぶっ倒れやがって。運ぶのも大変だったんだからな?」
「いやいや冗談。謝る必要なんてねぇよ。むしろ俺は感謝しかしてねぇ」
そう言って、ドカドカは俺の正面にふわりと移動すると、改まってお辞儀をする。
「ありがとうな、エル坊。お嬢を助けてくれて」
「ううん。こちらこそありがとう。ドカドカがいなかったら間に合わなかったと思う」
「そんなことねぇよ。俺がいなくてもエル坊なら気付いてたぜ。なんせお嬢のピンチなんだからな」
「そうかな?」
「おう。お嬢もエル坊を信じてたと思うぜ」
俺は頷き、眠っているリルの頭を撫でる。
そうして思い返す。
重傷を負った俺のために流してくれた涙と、言葉になって溢れた彼女の気持ち。
意識もおぼろげで、目も耳も感覚が鈍っていたのに、彼女が発した言葉や思いだけは、なぜか鮮明に思い出せる。
「理解しているつもりだった。リルの気持ちは……でも、まさかあんなにも強いなんて思わなかったよ」
「何言ってやがるんだ? お嬢はいつだって、エル坊のことしか考えてなかったぞ」
「そうは……見えなかったんだけどな」
「そりゃーお嬢はあれだ。前にエル坊が言ってたツンデレって奴だからな」
ツンデレか。
リルの場合は、ほとんどツンツンしか思い出せないな。
「お嬢がエル坊に強く当たるときは、お前さんに傷ついてほしくないからだ。イノシシ狩りも穢れも、エル坊が無理をしないように自分が全部やるってな。エル坊が辛い思いをするくらいなら、自分が傷つく方がマシって、本気で思ってたんだぜ? というか、これはわかってただろ?」
「うん。わかっていた……つもりだったよ」
長い時間を一緒に過ごした。
キツイ言葉も使うようになったけど、彼女はいつだって俺の傍にいてくれる。
今ならわかるよ。
リルがどうして、俺にキツイ言葉を使うようになったのか。
それはきっと、俺を守るためだ。
守るために強くなろう、そうして今の彼女は出来上がった。
最初からずっと、俺のために……彼女は変わった。
だけどやっぱり、リルはリルなんだ。
昔から変わらない。
そんなリルだからこそ、俺も守りたいと思ったんだ。
「今さら気づくなんて……馬鹿だな、俺は」
「しょーがねーだろ。エル坊もお嬢も、まだまだ子供なんだからよぉ」
「……うん」
「でもよぉ、今からでも遅くないと思うぜ?」
「うん」
ドカドカの言う通りだ。
馬鹿な俺だけど、今からでも遅くはない。
俺は彼女に伝えるべきなんだ。
その決意に反応したように、リルがもぞもぞ動き出す。
どうやら目が覚めたらしい。
「……エル?」
「うん。おはよう、リル」
「エル……エル!」
俺の顔を見た途端、彼女は勢いよく抱き着いてきた。
「ちょっ、リル?」
「良かった……生きててくれて……エルゥ……」
リルの瞳から大粒の涙が流れていく。
抱き着かれた恥ずかしさも、それを見て薄れていった。
俺は彼女をやさしく包むように抱き寄せる。
「ごめんね、心配かけて」
しばらくそのまま、リルが泣き止むのを待った。
「落ち着いた?」
「……うん」
離そうとする俺を、リルはギュッと抱きしめて離さない。
「リル?」
「まだ……このままが良い」
「わかった」
彼女は俺の胸にひっついて、顔を隠していた。
たくさん泣いて赤くなった顔を、俺に見られたくないのだろう。
「ねぇリル」
「何?」
「俺はリルが好きだ」
リルは隠していた顔をあげた。
やっぱり目元が赤く腫れている。
見せたくなかったはずなのに、彼女は俺と目を合わせた。
突然の告白にそれほど驚いたのだろう。
「小さい頃からずっと好きだった。大きくなって、今はもっと好きになったと思う」
「……じゃあ何で、一人で行けなんて言ったのよ」
「それは……その方がリルにとって幸せなんじゃないかって思ったんだ」
「……馬鹿」
「うん、馬鹿だよ本当に。でも本気で思ったんだ。リルには才能があって、俺にはない道が選べる。その道の先に、君が幸せになれる未来があると思った。それは今でも……変わらないよ」
俺がそう言うと、リルは悲しそうな表情を見せる。
「だけどやっぱり、リルと離れ離れにはなりたくない。たとえ君が幸せになったとしても、未来の君の隣に、自分以外の誰かがいるなんて想像したくない」
「エル……」
「リルのことが好きで、リルには幸せになってほしい。だけど幸せの中に、自分も一緒にいたいと思う……そう思うのは我儘なのかな?」
「……我儘ね」
「そっか」
「許さないわ」
「ぅ……」
何だか普段のリルに戻ったみたいだ。
ここから説教が始まるのだろうか。
いいや――
「エル」
リルは幸せそうに笑う。
「許すのなんて、私だけよ」
そう言って、彼女の唇が俺の唇と重なった。
人生初めてのキスは、涙の味がするのに、なぜか甘く感じた。
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