ワールドコントラクター

~辺境育ちの転生者、精霊使いの王となる~
日之影ソラ@二作書籍化予定
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11.我儘かな?

公開日時: 2020年11月22日(日) 15:01
文字数:2,313

 世界のこと、穢れのこと。

 色々な話を一度に聞いて、俺の頭の中は大渋滞だった。

 一先ずわかったことは、俺が穢れを封印すれば、全て解決するということだ。

 今はそれだけわかっていれば大丈夫だろう。

 そう思いながら、俺は現実世界で目覚める。


「ぅ……ここは……」


 重い瞼を開けると、見慣れた天井が視界に入る。

 背中に感じるのはベッドの柔らかさだ。

 布団もかけられていて温かい。

 ここが自分の部屋だと理解してから、徐に上体を起こす。


「ようやく目が覚めたか」

「ドカドカ?」

「おう。おはようさん」

「おはよう」


 俺は部屋の中を見回す。

 誰を探しているのか、ドカドカにはわかったようだ。

 

「お嬢ならそこだぜ」


 ドカドカが短い腕を動かし、俺が寝ているベッドの縁を指す。

 床に座り、ベッドに腕と頭を乗せたまま、リルは寝息をたてていた。

 彼女の寝顔を見てホッとする。

 

「疲れてんだな。なんせ五日間もエル坊を一人で看病してたからよ」

「五日間? 俺はそんなに眠っていたの?」

「そうだぜ。戦い終わったら途端にぶっ倒れやがって。運ぶのも大変だったんだからな?」

「いやいや冗談。謝る必要なんてねぇよ。むしろ俺は感謝しかしてねぇ」


 そう言って、ドカドカは俺の正面にふわりと移動すると、改まってお辞儀をする。

 

「ありがとうな、エル坊。お嬢を助けてくれて」

「ううん。こちらこそありがとう。ドカドカがいなかったら間に合わなかったと思う」

「そんなことねぇよ。俺がいなくてもエル坊なら気付いてたぜ。なんせお嬢のピンチなんだからな」

「そうかな?」

「おう。お嬢もエル坊を信じてたと思うぜ」


 俺は頷き、眠っているリルの頭を撫でる。

 そうして思い返す。

 重傷を負った俺のために流してくれた涙と、言葉になって溢れた彼女の気持ち。

 意識もおぼろげで、目も耳も感覚が鈍っていたのに、彼女が発した言葉や思いだけは、なぜか鮮明に思い出せる。


「理解しているつもりだった。リルの気持ちは……でも、まさかあんなにも強いなんて思わなかったよ」

「何言ってやがるんだ? お嬢はいつだって、エル坊のことしか考えてなかったぞ」

「そうは……見えなかったんだけどな」

「そりゃーお嬢はあれだ。前にエル坊が言ってたツンデレって奴だからな」


 ツンデレか。

 リルの場合は、ほとんどツンツンしか思い出せないな。


「お嬢がエル坊に強く当たるときは、お前さんに傷ついてほしくないからだ。イノシシ狩りも穢れも、エル坊が無理をしないように自分が全部やるってな。エル坊が辛い思いをするくらいなら、自分が傷つく方がマシって、本気で思ってたんだぜ? というか、これはわかってただろ?」

「うん。わかっていた……つもりだったよ」


 長い時間を一緒に過ごした。

 キツイ言葉も使うようになったけど、彼女はいつだって俺の傍にいてくれる。

 今ならわかるよ。

 リルがどうして、俺にキツイ言葉を使うようになったのか。

 それはきっと、俺を守るためだ。

 守るために強くなろう、そうして今の彼女は出来上がった。

 最初からずっと、俺のために……彼女は変わった。

 だけどやっぱり、リルはリルなんだ。

 昔から変わらない。

 そんなリルだからこそ、俺も守りたいと思ったんだ。


「今さら気づくなんて……馬鹿だな、俺は」

「しょーがねーだろ。エル坊もお嬢も、まだまだ子供なんだからよぉ」

「……うん」

「でもよぉ、今からでも遅くないと思うぜ?」

「うん」


 ドカドカの言う通りだ。

 馬鹿な俺だけど、今からでも遅くはない。

 俺は彼女に伝えるべきなんだ。

 その決意に反応したように、リルがもぞもぞ動き出す。

 どうやら目が覚めたらしい。


「……エル?」

「うん。おはよう、リル」

「エル……エル!」


 俺の顔を見た途端、彼女は勢いよく抱き着いてきた。


「ちょっ、リル?」

「良かった……生きててくれて……エルゥ……」


 リルの瞳から大粒の涙が流れていく。

 抱き着かれた恥ずかしさも、それを見て薄れていった。

 俺は彼女をやさしく包むように抱き寄せる。


「ごめんね、心配かけて」


 しばらくそのまま、リルが泣き止むのを待った。

 

「落ち着いた?」

「……うん」


 離そうとする俺を、リルはギュッと抱きしめて離さない。


「リル?」

「まだ……このままが良い」

「わかった」


 彼女は俺の胸にひっついて、顔を隠していた。

 たくさん泣いて赤くなった顔を、俺に見られたくないのだろう。


「ねぇリル」

「何?」

「俺はリルが好きだ」


 リルは隠していた顔をあげた。

 やっぱり目元が赤く腫れている。

 見せたくなかったはずなのに、彼女は俺と目を合わせた。

 突然の告白にそれほど驚いたのだろう。


「小さい頃からずっと好きだった。大きくなって、今はもっと好きになったと思う」

「……じゃあ何で、一人で行けなんて言ったのよ」

「それは……その方がリルにとって幸せなんじゃないかって思ったんだ」

「……馬鹿」

「うん、馬鹿だよ本当に。でも本気で思ったんだ。リルには才能があって、俺にはない道が選べる。その道の先に、君が幸せになれる未来があると思った。それは今でも……変わらないよ」


 俺がそう言うと、リルは悲しそうな表情を見せる。


「だけどやっぱり、リルと離れ離れにはなりたくない。たとえ君が幸せになったとしても、未来の君の隣に、自分以外の誰かがいるなんて想像したくない」

「エル……」

「リルのことが好きで、リルには幸せになってほしい。だけど幸せの中に、自分も一緒にいたいと思う……そう思うのは我儘なのかな?」

「……我儘ね」

「そっか」

「許さないわ」

「ぅ……」


 何だか普段のリルに戻ったみたいだ。

 ここから説教が始まるのだろうか。

 いいや――


「エル」


 リルは幸せそうに笑う。


「許すのなんて、私だけよ」


 そう言って、彼女の唇が俺の唇と重なった。

 人生初めてのキスは、涙の味がするのに、なぜか甘く感じた。


 


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