夕食を食べ終わり、俺たちは宿屋に戻る。
すっかり夕日も沈んでしまって、街中は人工的な明かりに照らされていた。
ルート村は火の明かりしかなかったから、この時間になると怖いくらい真っ暗だったけど、さすが夜でも明るいな。
改めて電気の便利さに気付かされる。
「おかえりなさいませ。夕食はお済ですか?」
「はい。外で食べてきました」
「かしこまりました。明日の朝食はどうされますか? こちらで準備することも出来ますよ」
「そうなんですね。じゃあお願いします」
「かしこまりました。では準備させていただきます」
何だかホテルみたいで、前の世界を思い出す。
思い出すと言っても、記憶はおぼろげだし、あまりハッキリとは覚えていないけど。
受付で預けていた鍵を受け取り、俺たちは階段を上がって部屋に入る。
「色々見られて楽しかったね」
「ええ。賑やかな街だったわ」
「本当に。ルート村とは全然違って驚いたよ。さすがに歩き疲れたし、今日も休も――」
と、一つのベッドを見て思い出してしまった。
そうだった。
今夜は一つのベッドで、リルと一緒に寝る。
思い出した途端急に意識してしまって、体温が上がっていくのを感じる。
「どうしたの? エル」
「何でもないよ」
「そう。私は先にシャワー浴びてくるわ」
「りょ、了解」
リルはいつも通りみたいだ。
ドキドキして慌てているのが自分だけだと思うと、さすがに恥ずかしいな。
彼女がシャワーを浴びている間、俺は特にやることもなく待つ。
せめて何かすることがあればよかったのに、ただ待っているだけだから、色々と考えてしまう。
シャワーの音が聞こえてくるのも良くない。
俺の脳内では、浮かんでくる某脳と激しい戦いを繰り広げていた。
いやいや、何を緊張しているんだ。
今までだって一つ屋根の下で暮らしてきたじゃないか。
小さい頃はよく一緒に寝たり、水浴びだってしたこともあるぞ。
それをただ一緒に寝るくらいなら……寝るだけで済むのかな?
「エル坊、今エロいこと考え――ぶっ!」
「うるさいドカドカ!」
余計なことを言おうとしたドカドカを殴り飛ばした。
駄目だ。
これ以上は、考える程にそっち方面の妄想ばかりが頭に浮かぶ。
だって仕方がないじゃないか。
好きな女の子がすぐ横でシャワーを浴びている状況なんだぞ。
男なら誰だって同じような妄想を――
「エル」
「はいっ!」
声をかけてきたのはリルだった。
俺の声にビックリして、彼女はびくっと身体を震わせる。
「り、リル」
「何よもう。ビックリさせないでよ」
「ご、ごめんなさい」
謝ってから顔をあげる。
そこには、シャワーから出てしっとりと髪が濡れている彼女が……
「次、エルも使う?」
「はい。使わせていただきます」
「なんで敬語なのよ」
俺はシャワー前の脱衣室に入り、無言のまま服を脱いでシャワーを浴びた。
丸い形をした蛇口がある。
右回りが温水で、左回りは冷水のようだ。
左へ回す。
消え去れ煩悩おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
冷たい水は全身に染み渡った。
思った以上にスッキリして、理性が高ぶった感覚がある。
これからきっと一夜だって耐えられるはず。
と、鼻息荒くシャワー室を出た。
「暗っ、え?」
なぜか部屋の電気が消されていた。
シャワー室から漏れる明かりで、ベッド手前までは見えるけど、リルの姿がない。
音もしないし、もう寝てしまったのだろうか。
街巡りはそれだけ疲れていたのだろう。
「~ぅ……ぉ――」
暗闇からなぜかうめき声が聞こえる。
この声はドカドカだ。
苦しそうにもがいているような……
俺は暗闇に目を凝らす。
すると――
布と紐でグルグル巻きにされたドカドカがテーブルの上にいた。
「なっ、ドカドカ? 何でこんなっ!」
テーブルに近づこうとした俺は、何かに首根っこを掴まれる。
そのままベッドに倒れ込んだ俺に、彼女が圧し掛かる。
「リル!?」
「遅いわよ、エル」
「何で明かりを消してるの? というかドカドカは何であの状態?」
「明かりもドカドカも邪魔だったから消しただけよ」
消したって物騒だな。
「じゃ、邪魔って何に?」
「わかるでしょ? お互いシャワーも浴びたし、ベッドは一つよ。村と違って誰の目も気にしなくて良い」
丸められたドカドカの唸り声が聞こえる。
さすがの俺も、この状況が理解できないほど鈍感ではない。
つまり、リルもさっきまでの俺と同じ気持ちだったということだ。
「ほ、本気なの?」
「当たり前よ。じゃなかったらこんなことしないわ。エルは……嫌?」
「嫌じゃない。嫌じゃないけど……驚いてさ。まさかその、リルからなんて思わなくて」
「ぅ、そう」
暗闇でも、リルが照れたのかわかる。
自分から仕掛けてるくせに、彼女も恥ずかしいみたいだ。
「元はと言えばエルが意気地なしなのが悪いのよ」
「え、俺?」
「そうよ。私のこと好きって言った癖に、今までと何も変わらないし……」
ああ、そうか。
ようやくわかった。
彼女も俺と同じように、どうすればいいのかわからなかったんだろう。
悩んで、悩んで、こうして勇気を出したんだ。
そう思うと愛おしくて、俺は彼女の唇を奪う。
「ごめん」
「足りないわよ」
「うん」
積極的な彼女に、俺も精一杯応えることにした。
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