「馬車はどうするの?」
「幅的には通れそうだけど危険だし、ここへ停めておこう」
「そうね」
こんな状況だし、他に通行人はいないだろう。
馬が逃げないようにだけ注意しないと。
「おい大丈夫かよ。ここから穢れが出てくるっていうのは予想だろ? 他から出てきて、馬車が襲われるかもしれないぜ?」
「一人は最低でもここに残ったほうがよくありませんか?」
ロエナの質問に俺は首を振る。
「それこそ危険だよ」
「心配いらないわ。エル、お願い」
「うん」
俺は馬車に手を触れる。
そのまま集中するため瞑想し、自身に流れる霊力をコントロールする。
手のひらに集まった霊力が馬車の表面を覆っていく。
「何だよこれ!」
「綺麗……」
霊力が馬車を完全に覆いつくしたことを確認して、俺は手を離す。
「これで穢れに襲われる心配はないよ」
「何したんだ?」
「結界を張っただけだよ」
「結界?」
「うん。まぁ結界といっても、ただ霊力を纏わせただけなんだけどね」
ミラと契約した俺には、世界から霊力が流れ込んでくる。
この霊力は人間が内に秘めている霊力とは違うものだ。
具体的に何が違うか聞かれると、上手く説明できないのだが……ミラ曰く、穢れを祓うことに特化した霊力らしい。
俺は彼女と契約することで、特殊な霊力を自在に操れるようになった。
「霊力を直接放出できるのかよ。そんなの聞いたことないな」
「ええ。もし差支えなければ、エルクトさんの契約している精霊を教えてもらえませんか?」
ロエナが丁寧な言い回しで尋ねてきた。
別に隠しているわけじゃないし、俺は快く返答する。
「俺の契約精霊は世界の精霊、名前はミラだよ」
「世界の精霊?」
「ミラ?」
二人ともキョトンとした顔になる。
予想はしていたけど、こういう反応になるよね。
「まっ、わかんねーだろな~ エル坊の話じゃ、可愛い女の子らしいぜ」
「お、女の子!?」
「ドカドカ、うるさいわよ」
「うっ、まだ何もしてねぇって」
「はははは、そろそろ先へ進もうか」
「おう!」
「ええ」
俺とリルが壁の穴に先行する。
後ろから続く二人から、小さな声で聞こえてくる。
「女の子ってそれ、人型ってことか」
「それが本当なら……彼の契約している精霊は上級精霊?」
ものすごく注目されているな。
無容易にミラのことは話すべきじゃなかったか。
「気にしすぎじゃねーか」
「そうよ。どうせ学園で生活していればバレることだわ」
「まぁうん、そうだね」
そう言う意味では、先に二人へ教えたのは正解だったかもしれない。
ちゃんと理解してもらえているかは別として。
しばらく進み、洞窟の穴が広くなった。
さっきまで足元にはゴロゴロと石が転がっていたが、それもなくなっている。
俺たちは立ち止まり振り返る。
穴の大きさが変わっている区切りを見て、アルマが言う。
「なぁこれ、穢れが掘り進めた穴だったんじゃないのか?」
「そうみたいだね」
「ここから先が天然の洞窟というところかしら」
穴の幅ささっきまでの倍くらいか。
これならクマを超えるサイズの穢れだって行動できる。
「注意して進もう」
三人が頷き、先へ進む。
奥へ進むにつれて、穢れがさらに濃くなっていった。
そして――
「何か来るわ」
いち早く気付いたリル。
俺も同じタイミングで気付き、警戒を強める。
立ち止まり、身構えた俺たちにパタパタと羽を羽ばたく音が聞こえてきた。
「この音……コウモリ?」
「見えてきたぜ!」
予想通り、現れたのはコウモリの姿をした穢れだ。
それも大量に群れをつくって、俺たちの頭上を通り、あっという間に囲まれてしまう。
「かなりの数だな。それにマトが小さい」
俺とリルには戦いにくい相手だ。
「オレに任せな!」
そう言ってアルマが手を叩く。
すると、彼を中心に炎が猛々しく燃え上がる。
彼の右肩には、長い尻尾の先が燃えている赤いサルが乗っていた。
「オレは炎の精霊の契約者だ! まとめて焼き払ってやるよ」
「皆さんは私のところへ!」
俺とリルはロエナの近くへ移動する。
彼女の契約精霊は水の精霊だ。
鮮やかな水色の毛並みをした動物で、見た目はフェネックに近い。
水を生成して自在に操れる彼女は、俺たちの周囲に水の膜を展開した。
「準備できましたよ」
「おう! そんじゃいくぜ!」
アルマの炎がさらに燃え上がり、天井に届くほど巨大になる。
そのまま渦を巻くように広がり、飛び交うコウモリの穢れを燃やしていく。
全ての穢れを祓うのに、十秒もかからなかった。
「よーし! 終わったぜ」
「凄い威力だったね」
「ええ。それに熱いわ」
「もう、やりすぎだっていつも言ってるでしょ?」
「いいじゃねーか! 倒せたんだからな」
とか言った矢先に、一匹のコウモリがアルマの背後へ。
「後ろ!」
まだ一匹残っていたのか。
距離的に間に合わない。
焦る俺に対して、アルマは落ち着いている。
「心配ない」
「それは私のセリフでしょ」
アルマの背中から水の刃が伸びる。
刃に突き刺さったコウモリの穢れは、今度こそ消滅した。
「アルマは詰めが甘いから、いつも保険をかけているんですよ」
「な、なるほど?」
アルマとロエナ。
この二人、中々の名コンビだな。
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