真っ白な世界。
ここまでくると懐かしさすら感じられる。
何も場所に、彼女の存在がぽつりと現れて、辺り一面に緑が広がる。
「こんにちは、エルクト」
「ああ」
相変わらず、彼女名前を俺は知らない。
ここで聞いたことも、たぶん目を覚ませば忘れてしまうのだろう。
そうだとわかっていても、知りたいことを隠すことはできない。
「ねぇ、もしかして君は精霊なのかい?」
「……はい」
俺は素直に驚いた。
まさか答えてくれると思わなかったから。
「じゃ、じゃあ何の精霊なの? ドカドカみたいに土の精霊には見えないし、他の三元素とも違う気がするんだけど」
「……ごめんなさい」
彼女は首を横に振り、謝罪を口にした。
名前を聞いたときと同じだ。
何か話せない理由があるのだろうと、俺もここから聞かない。
いつか話せる日が来た時に、ちゃんと聞かせてもらおうと思っている。
「わかった。ありがとう」
彼女が精霊だとわかっただけでも良しとしよう。
まぁ起きたらどうせ忘れているんだけど。
「こんな所に一人でいて寂しくないの?」
「寂しくはありません。あなたも一緒にいます」
「それは今だけじゃないの?」
「いいえ。あなたはいつでも、わたしと一緒にいてくれる。だから寂しくはないの」
そう言って彼女は微笑む。
彼女の笑顔からは、寂しさなんて感じない。
ただ少しだけ、辛そうな気もする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
う、うん?
何だ?
身体が自由に動かない。
というか……
「ぅ……重い」
「は? 誰が重いって?」
「へ?」
リルの声を聞いて、パチッと目が開く。
自室のベッドで眠る俺の上に、なぜかリルが乗っていた。
「な、何でリルが俺の部屋に?」
「起こしに来たのよ。エルがいつまでたっても起きないから」
「え、もうそんな時間?」
リルがクイっと首を時計のほうへ向ける。
八時五分前。
いつもより一時間くらい遅い。
「エル坊が寝坊なんてめずらしいな~」
「ホントにね」
「あーたぶん、久しぶりに彼女と会ったらかも」
相変わらず何を話したのかは覚えていないけどね。
何か大事なことを聞いた気がするのに、どう頑張っても思い出せない。
「それっていつもの?」
「ああ」
「私に似てるっていう子?」
「え? まぁそうだね」
「そう」
リルは俺の上から降りて、部屋を出て行こうとする。
何だか一瞬、彼女が笑ったように見えたけど、気のせいだろうか。
首を傾げている俺に、ドカドカが小さな声で言う。
「おいエル坊、あんま野暮なこと聞くんじゃねーぞ?」
「何が?」
「聞こえてるわよ。ドカドカ」
「ひぃっ、何でもねーっす!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝食の後。
俺はいつものように湖の辺で訓練をしていた。
それをリルが座って眺めている。
するとそこへ、ドレガさんが一人でやってくる。
「ここにいたか、リルカ」
「お父さん? どうしたの?」
二人の声が聞こえて、俺も訓練の手を止めた。
チラッと見えたドレガさんの右手には、白い封筒が握られている。
「それは?」
「帝国からリルカ宛の手紙だよ」
「帝国から?」
リルは俺のほうを一回見て、ドレガさんの手紙を受け取る。
封筒を閉じているシーリングは、確かに帝国の紋章が刻まれていた。
彼女はゆっくり封筒を開ける。
そして、書かれてたい大きな一文を読み上げる。
「エリア学園……入学推薦状?」
その言葉に、俺もドレガさんも目を丸くして驚いた。
エリア学園は、帝都にある大きな学校で、世界で唯一……精霊使いを育てるための機関だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは湖から場所を移し、自分たちの家に来ていた。
ミシェルさんも交えて手紙に目を通し、間違いがないかと確かめる。
「凄いじゃないかリルカ! あのエリア学園から推薦状が届くなんて!」
「ええ。この村でが初めてのことよ」
エリア学園は優れた精霊使いの素質を持つ者を求めている。
おそらく彼女の噂が、遠い帝都まで届いたのだろう。
二人の言う通り凄いことだと俺も思う。
ただ、当の本人はあまり浮かない表情だった。
「……私はいかないから」
「「えっ?」」
彼女の返答に、二人とも一瞬固まっていた。
「い、いかないって本気か? せっかく帝国公認の精霊使いになれるチャンスだぞ?」
「そんなの興味ない」
「帝都はみんなが憧れるくらい大きな街よ」
「帝都もどうだっていい。知らない街に私一人で行くなんて嫌だから」
そう言って彼女は俺のほうへ目を向けた。
俺も何か言って、自分に助太刀してほしいという表情だ。
どうやら本気で、彼女は受けるつもりもないらしい。
でも俺は……
「俺も、せっかくのチャンスなら受けたほうが良いんじゃないかって思う」
「エル?」
「こんな遠い村まで推薦状を送ってくるんだよ? きっと期待されてるんだ」
「……だから、私一人で行けっていうの?」
「……」
「もう良い」
リルは席を立ち、部屋を出て行く。
「エルの馬鹿」
去り際、小さな声でそう聞こえた。
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