意識が沈み、真っ白な世界へ戻る。
そこはもう草原になっていて、一本木の下には彼女がいる。
「ミラ?」
「はい」
さっきまで俺は戦っていたはず……
「もしかして、死んだのか」
「安心して。ちゃんと生きていますから」
彼女がニコリと笑って答えた。
それを聞いてほっとした俺は、その場に座り込む。
「良かったぁ……」
これで死んだら全て台無しだ。
そうならなくて済んだのも、彼女のお陰だろう。
「さっきはありがとう、ミラ。お陰でリルを助けられたよ」
「いいえ、お礼を言うのはわたしのほうです、ありがとう。わたしの手を取ってくれて、本当にありがとう」
そう言って彼女は頭を下げた。
ふと、契約を結ぶときに彼女が言っていたことを思い出す。
一番印象に残っているのは最後の質問。
世界を救うという言葉が浮かぶ。
あれは俺の覚悟を問うためだったのだろう。
だけど、あの状況でたとえ話が出てくるとも思えない。
ならば彼女の言葉は事実で、俺は世界を救う宿命を背負うことになったのだろうか。
ただの予想だけど、そう思っている。
そして――
「エルクト、あなたに伝えたいことがあります」
「うん」
彼女は口を開いた。
それきっと、俺も知りたいことだと思う。
俺はミラの前まで近づき、互いに向かい合って腰をおろす。
「エルクト」
「うん」
「あなたには、私と一緒に世界を救ってほしい」
心の中でやっぱりと思う。
ミラは続けて言う。
「このままでは世界が……穢れに覆われてしまいます」
「穢れに?」
「はい。エルクトには、穢れはどう見えますか?」
「どうって、魔物みたいなもの……かな」
見た目は動物だけど、凶暴でおぞましいオーラを纏っている。
前の世界では架空の存在だった魔物とイメージは重なる。
「では、その穢れはどうやって生まれるか知っていますか?」
「それは知らない。本にも書いてなかったから」
「そうでしょうね。一時は治まり、長い年月が経ってしまいましたから……」
長い年月?
過去に何かがあったのか。
その疑問より前に、ミラは穢れについて語り出す。
「穢れとは世界にとっての灰汁。それを生み出しているのは、人間や動物、この世界に生きる者たちから発せられた負の感情」
「負の……感情?」
「恐怖、憤怒、悲嘆、後悔、感情を持つ者が感じるマイナスの感情……それらは霊力を変質させ、外へと流れ出ます」
「その変質した霊力が穢れ?」
「その通りです」
穢れが……あんな化け物を生み出したのが俺たち人間の感情だって?
笑えない話だな。
「本来、異形へと変化する前の小さな穢れであれば問題はありません。わたしを含む精霊には、穢れを祓う力があります」
「酷くなる前の弱い穢れなら、精霊だけで祓えるってこと?」
「はい」
逆に強くなってしまうと、精霊だけでは祓えなくなる。
契約して力を完全に開放する必要があると、ミラは教えてくれた。
「日常で感じる程度の小さなものであれば、世界に影響するほどではありません。ですが、人間の数が増えたことで、穢れもより多く、濃くなってきてしまいました。そして長い年月をかけて封印が緩み、押さえられなくなっています」
「封印? そういえばさっき一度は治まったって……昔にも同じことがあったんだね?」
「はい。八千年ほど前に」
八千年?
予想以上の大昔だったらしい。
思わず目を丸くしてしまった。
「当時は様々な種族が存在しました。風習や考え方の違いなどもあり、日々争いが絶えなかったそうです。明日も明後日も戦い……何千、何万という命が失われ、強力な負の感情も溢れ出ました」
「それが全て穢れに……」
「はい。そうして世界は穢れに覆われました。それを救ったのは、わたしの先代、当時の世界の精霊とその契約者でした。四元素の上級精霊と共に世界を巡り、荒ぶる穢れを鎮め封印したのです」
「封印か……それに先代? ミラじゃなくて?」
「私は封印がなされた二千年後に生まれたので、当時のことは知識としてしか知らないのです」
ミラによると、先代は寿命でなくなったのだという。
精霊と言っても不死ではないから。
「封印……それが八千年のうちに緩んで、穢れが解き放たれようとしてるんだね?」
「はい。今はわたしの力で抑え込んでいますが、もって数年です」
ここまで聞けばほとんど理解できる。
つまり封印が解ける前に、俺がもう一度穢れを鎮めて封印すれば良いということか。
それが世界を救うという意味。
「もしかしてミラは、そのために俺をこの世界へ呼んだの?」
ミラは答えなかった。
頷きもせず、ただ黙って俺を見つめている。
その沈黙は肯定と捉えてもいいのだろうか。
名前のときと一緒で、今は答えてくれそうにない雰囲気だ。
「わかったよミラ。俺が穢れを封印する」
「え?」
「ん、あれ? もしかして違ったの?」
「いえ違いません。違いませんが……あまりにもあっさり受け入れられたので、少し驚いただけです」
「あぁ、そういうことか」
真剣な表情を見せるミラは、俺に問いかける。
「良いのですね?」
「良いも何もないよ。俺はもう……選んだんだ」
この力を手に入れた瞬間に。
今さら覚悟は揺るがない。
後悔もない。
リルを守れたのは、ミラが力を貸してくれたお陰だ。
だったら今度は、その恩を返さないとな。
「これからよろしく、ミラ」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いいします。エルクト」
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