ああ、燃えてゆく。
何もかも。
置いていかないくれと、泣こうが喚こうが。
全て水泡の様に弾けて消えてゆく。
紅茶の水面に映った過去の情景。
万の人民が木の葉の如く枯れ落ちる光景。
今日という日の起きがけに暖かい一杯を飲もうと思ったのだが、そんなに優しくないらしい。
どうしても散らつく。
奴と再び相見えるか。
この国をリィンが作るのに掛かった時間は常人から見れば悠久に近い。しかし、その間奴は手出しをしてこなかった。
まるで果実が実るのを待つかのように……
奴の挙動全てが神経を逆撫でる。
この場所は、そう、戒めだ。
「おうおう! 辛気臭い顔してやがんな! まあ乗れよ」
「うん」
この世で最も月に近い塔の縁に腰掛けたリィンの前に、寒寒とした空気を切り裂いて現れたのは真っ白なドラゴン。以前とは違う個体なので、彼はわざわざ従えに雪山登山でもしに行ったのだろう。
そしてその背に跨るのは、己が信じ己を信じてくれる屈強な四人の戦士達――と、叶うはずもない恋を掲げる竜騎士。
彼がごつごつとした右掌を差し出し、にかっと微笑みかけてきたので、聖女は一度手を引っ込めてどうしたものかと一瞬だけ思案顔をした後に誘いに応じた。
その間、四剣が暖かく見守っていたので寧ろ不気味で少しだけ怖かった。
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大陸中央にはアウギュステという城塞都市がある。温暖湿潤な気候に、四方を山脈で囲まれた地形は環境的にも落とし難い。
ある意味、国を建てるのにはうってつけな立地ではあるがしかし――ここはあくまでも大陸四大列強国の中継地。ひいては四国会議の為だけに作られた都市に過ぎない。
大自然も、仮に抗争が起きた際の受け皿でしか無く、そこに存在する住民も謂わば天然の人質だ。攻撃したのならば他の列強国に苛烈思考であると睨まれてしまうのは容易に考えられる。
そも大陸に於いて『国』を名乗れるのは四ヵ国までである。
この盟約を作ったの無論、天下の大帝国――ヴィルヘルド・キャンドゥ。
五年に一度の祭典、大陸の明暗を分かつかもしれない歴史的転換点を前に、アウギュステの民は緊張の糸を限界まで張り詰めてもてなしの為に屋台や宿舎などの準備を火急で執り行っていた。
「あれはアインザック王国の旗か。一番乗りは毎度の事だが……いつもより兵が少ないな」
正門から派手な行進曲を演奏しながら現れたのはアインザック王国近衛兵団だ。中心を歩くのはアインザック3世。白髭をぶら下げた老人だ。
彼等の行進を遠巻きから黙って眺めながら、左目に眼帯をした黒髪の男――マダイは口の中で『ニ』の文字を転がして好戦的な笑みを浮かべた。
しかし、高揚感は無かった。
列が途切れ、一時間が経つと再び正門が開いた。
次の列強国だ。
真っ先に現れたのは背中に体躯程ある大きさの無骨な大剣を背負った妙に色気を醸し出した青髪の青年だ。
「私はメインへルン・ド・ラド! メインへルン聖王国が約束の地に|三度《みたび》帰ってきたぞ! 皆の者、続け!!」
「は!!」
彼が名乗りを上げた後、わらわらと騎士の装いをした者達が入ってきた。これも毎度の事、所謂風物詩のようなものなので驚愕はない。
「強いな」
遥か遠くに位置する物見台から遠視しているが、この距離でも感じ取れる程の武威。奴以外は大したことないが、正直言ってメインヘルドだけでも一軍が成り立ちかねない程の脅威だ。
次に入国したのは、珍妙な仮面を被った集団だった。
『集団』と形容したのはちゃんと理由がある。
どうにも軍隊のような統率が取れていないような印象を受けたからだ。
しかし、先頭を歩む者を視認するとすぐにその認識を訂正した。
先頭を往く重要部位だけを鋼鉄の装備で覆っただけという露出の多い格好をした、茶髪を後ろで纏めた女。
装いからは信じ難いが、彼女は聖女である。
それも戦闘特化型の。
名を、マリマ。
純粋な力とカリスマ性により強引に纏め上げられた連邦国家ハラヘラは、凡そ百年前列強の位置についた帝国に次ぐ強国だ。
――
そして、ハラヘラの列が途切れ、さらに二時間が経過すると――民衆の緊張が急激に引き上がった。
「来たか」
マダイは最後に訪れる『最強国家』の全貌を|眼《まなこ》に収める為に限界まで凝視する。
そうして目撃したのだ。
五人の怪物を。
そう、巨大な門から入ってきたのはたったの五人。
一人を除いて頭の天辺まで覆われた黒色の全身鎧を装備している為に、性別等は分からない。しかし、それでも尋常ならざる武威はひしひしと伝わってきた。
そして、先頭の、唯一兜を被っていない男。
光の一切を反射しない、淡い灰色の髪。じゃらじゃらと複数ぶら下げた耳飾り。どれも高揚感溢れる皇帝に相応しい逸品。中性的な顔立ちは一見すると優しそうに見えるが、きっと光を映さない黒い瞳には底無しの闇に違いない。
名を、ヴィルヘルド。帝国が始まって以来五百年。その間ずっと王座に居座り続ける唯一王だ。
そんな彼と、一瞬だけ視線が合う。
マダイは即座に凝視を取り止めて、物見台から飛び降りた。
――奴は……駄目だ。
戦慄を全身で受け止めながらも、彼等が大聖堂に入っていく後ろ姿を確認した。
「全員入ったな」
取り敢えず、ここまでは平常の四国会議。
問題無く作戦を実行できそうだと、マダイは手荷物を背負い上げる。
その時だった。
――上空より、ドラゴンの|嘶《いなな》き。
見上げた時には既に遅かった。
もはや迎撃する暇も無いほどに接近しており、
「おうおうおう! セドナ様、見参ッッ!!」
「な、にッ!?」
俄かには信じ難い光景。
ただの白いドラゴンなら驚愕に値しない。
現在集まった超弩級戦力ならば中位のドラゴン程度恐るるに足らない。
しかし。
問題なのは、ドラゴンが|人間を背負っていた《・・・・・・・・・》事実。それが意味するところは竜騎士の襲来。
味方になればいつの時代も大英雄として名を馳せ、敵としては天災として世界の脅威となった伝説中の伝説が今日、この場所――
四国会議を行う大聖堂に突撃したのである。
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