無恋のリィン〜愛だの恋だの囁きながら世界を引っ掻き回す〜

無表情な愛、価値の在処
米米
米米

公開日時: 2020年10月22日(木) 18:07
更新日時: 2020年10月26日(月) 23:34
文字数:2,210

 一通り明日への備えを終えた後、何やらトリアナがうずうずした様子でこんな事を言い出した。


「つーかよ、折角集まったのに何もなしってやべェだろ。ぱぁーっと呑もうぜ? ジルは追い出してさ!」

 

「いいよ。君にジルキスを追い出す権利は無いけど」


 

 所変わってリィン屋敷の宴会場。

 広々とした空間は正直六人で使うには広すぎるが、どうせ暴れ馬の様な者達だ。壁に穴が空いて拡張されるのが自明。


「かんぱーい」。リィンがそう宣言してから三十分。

 隣り合わせの席に座ったセドナとトリアナの周囲には彼等が空けた酒樽(戦跡)が、競うようにして投げ捨てられており、現在進行形で戦いは続いている。人の屋敷に嘔吐物を垂れ流さなければいいのだが……。


「うっへぇ〜……ッ。セドナてめえやるじゃねえか。アタシの圧勝だと思ったがなァ! もう一樽だ!」

「それはこっちの台詞だな。俺ァ毒にも耐性がある筈なんだが……少なくともお前が今まで会った中で二番目につええぜ」

「はぁッ!? 一番じゃねえのか。おもしれえ、跪かせてやらぁ」


 

 熱く、燃え上がる二人から一番遠い位置に腰掛けたリィンは「やっぱりあの二人がお似合いかな」趣味の恋予想をしながら、両隣の争いを涼やかに受け流していた。


「リィン様。お口直しに私が淹れたパーフェクトレモンティーは如何でしょうか」

「ファヴィル――貴様は何も分かっていない。リィン嬢は俺が端正込めて用意した芳醇なコーンスープを召し上がりたいのだ。貴様のそれが邪魔で仕方がないのだよ」


 ――リィンの眼前に置かれた二対のカップ。


 自分で淹れただの丹精込めただの言うは易しである。作ったのは屋敷使用人だろうに。

 して、これを容易に手に取る訳にはいかない。

 どちらかを取ればどちらかを裏切るという証左に違いないからだ。


 大陸随一のモテ女リィンの悩み事の一つ。

「私の為に争わないで」――現象である。


 しかしながらリィンは恋心を持ち合わせていないし、そもそも横並びである四剣に優劣を付ける訳にはいかない。


 それくらい別に構わないのでは? と、第三者は思うかもしれない。だが、食べ物と恋の恨みはそれはもう凄いものがある。理屈では語れないのだ。


「――何をしているのですか? リィン様の紅茶が置けないじゃないですか。退かしますね」


 ことんと、純白のカップに入った紅茶が二人のそれの間に割って入った。

 メイドであるフェリスは暗殺技能も持ち合わせているらしいが、


 ――迂闊。


 両隣から具現化した怒気が立ち昇る。

「あれ、如何されたのですか。頂かれないと冷めますよ。ほら」

 フェリスが紅茶を持ち上げ、あろう事かリィンの口元に近づけ始めた。


 「なッ!?」


 それが決め手。

 がたりと、よくわからない形相で立ち上がったジルキスが拳を握り締めたが、それが射出される事はなかった。


 主君であるリィンが差し出された紅茶を手で制したからだ。


「ごめんね。ちょっとお腹の調子が……」


 嘘ではない。

 今日はずっと胃痛が治まらないのだ。

 何とか、悪い未来を回避した。

 

 つもりだった。


「な……ッ、リィン様! まさか今宵の食事に毒が!? 兎に角解毒を……ジルキス! 貴方は犯人を惨殺してきなさい!」

「お……ああ。当然だ。貴様こそリィン様に指一本触れさせるなよ」


 ああ……やってしまった。

 久々すぎてこの感じを忘れていた。

 飛び抜けて忠誠心の高いなファヴィルは暴走しがちなのだ。それも悪い方向に。このままでは見ず知らずの人間が死体と化すかもしれない。


「フェリス――貴方もその紅茶を勧めるのはやめてください。最早、この容器全てが怪しい」

「え……? 流石にそれはおかしいんじゃない?」


 と、リィンがつっこむ。


「いえ……まあ、はい。一応毒探知の為に置いておきますけど」


 だがしかし、熱くなったファヴィルに彼女の声は届かない。恋とは別のところで難聴になるのは性質が悪いなんてものじゃない。


 ――リィンは天を仰いだ。


 恋は盲目。その辺りの調節は難しすぎるので管理をもっと丁寧にするべきである、と考えた――その時。


「――ああ畜生。口直しにこれ全部貰ってくぜ。いいか? リィン」

「うん。いいよぉって……あれ? セドナ!?」

 

 あいつの声に空返事をした後、要望の内容が脳髄に浸透する。

 これはやばい!


 現実に戻ってきた時、既に遅し。


 ごきゅりごきゅりと、セドナはあっという間に平らげてしまっていた。ぷはーっと、実に旨そうに。


 しかし、幸いと言うべきかファヴィルの逆鱗には触れなかったようで、


「……セ、ドナ殿――貴方という方は、素晴らしい心意気だ……! まさか自らの身体で毒見しようとは」


「お? 毒見? よく分からんが、もうちょっとでトリアナ倒せそうなんだ。難儀な話は後にしてくれ」


 気合を充填したセドナは戦場へ戻ってゆく。その後ろ姿を敬服に満ちた眼差しで見守るファヴィル。


「証拠を潰してしまったのは心苦しいですが、しかし。真に忠臣と言うのならば、毒沼の一杯や二杯呑み干してみせるのが道理――えぇ、こうしてはいられませんね……ッ」


 何やら決心を固めたファヴィルは姿勢を正し、リィンの元で一礼。


「|私《わたくし》めも屋敷内調査へ出向くので、ここはフェリスに任せます」

「うん。いってらっしゃい。適度に頑張ってきてね」

「は!」


 そうして風の様に去っていったファヴィルからさっさと視界を切り、未だ戦いを繰り広げる馬鹿どもに視線をやって「うーん」と伸びをして、背後に控えていたフェリスに後頭部を預けた。


 「肩揉んでくれない?」

 「是非とも。悦んで」

 

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