無恋のリィン〜愛だの恋だの囁きながら世界を引っ掻き回す〜

無表情な愛、価値の在処
米米
米米

リベンジマッチ

公開日時: 2020年10月7日(水) 21:33
更新日時: 2020年10月26日(月) 22:30
文字数:2,691

「私に手紙を届けて欲しい?」


 年が明け、久しぶりに仕事が舞い込んできたと思ったら、随分と突飛な話だった。


 |四国会議《サミット》四国会議《サミット》を間近に控えてはいるが、雑務は下の者に任せているため普通に暇だ。

 しかし、恋する少女の頼み事を聞かないわけにはいかない。


 祭壇から降りたリィンは、目の前の小柄な少女――ハイビスから桃色の書簡を受け取った。


「……ハイビスちゃん。こう言うと少しアレなんだけど、私に任せればこんなの書かなくても万事解決だよ?」


 手紙などというプロセスを踏む必要はない。

 聖女がただ翼を授けるだけでいいのだ。

 

 しかし、栗色の髪をしたまだ幼さの残る少女は首を振った。


「違うの。手紙がいいの。アンくんは遠いところにいるから、わたしはそこに行けないから……うっ、く……」

 

 抑えきれず、言い淀み、泣いてしまった。

 そのせいで詳しい話が見えてこないが、きっとアンという男の子には何らかの理由で会う事が出来ないのだろう。


 決してハイビスは天恵を理解して言った訳ではないが、会うことが出来なければ効果を発揮しないのは間違いない。


 ――大方、彼は他国の人で、ハイビスちゃんは長く滞在出来ないか、そもそも行く事が出来ない。そんなところね――


 なんとなくストーリーを補完して、今まで無かったケースでは無いから自信を持って頷いた。


「泣かないで、聖女さんに任せなさい」


「……ほんとに?」


「ほんとだよ〜、舐めんなっての」


「えへへー、やった」


 花が咲いたように、にぱーっと笑う少女の髪を優しく撫でながら、リィンは宛先を聞く。


「……うーん、アインザック王国だよ」

 

「ふぇ……?」


 ――頭を撫でる手が止まった。


 リィンは天を仰ぎ、それを少女は不思議そうに眺める。


 なるほど、会えない訳だ。


 現在、アインザック王国には要人以外立ち入り禁止である。




===




 叶えられない恋など、あってはならない!

 

 国をより良くする事と恋を叶える事は同列である。

 どちらかが上などでは無く、どちらもリィンにとっての最重要事項。


 屋敷を大股でずかずかと歩く彼女を、使用人や兵士達が見惚れつつ不可解そうに見つめる中、気にもせずただ歩く。


「あうッ」


「……前を向いて歩いてください」


 前方不注意で何か硬いものにぶつかった。

 顔を上げればメイドのフェリスの堅物そうな面が目に入る。


 女性らしくない胸は、どちらかと言えば発達した男の胸筋。


 鉄板にでもぶつけたのでは無いかと、ひりひり痛む額を摩る。


「……フェリス、ちゃんと牛乳飲まないと私みたいになれないよ」

「健常な骨育の為、三食きちんと牛乳は摂取していますが……?」

「違うの、これだよこれ」


 リィンは自らの豊満な胸を親指で指し示す。


 すると、


「それは脂肪の塊ですけど……何でしょうか。まあそれでも、リィン様のは十二分に魅力的だと思いますよ」

 

「……そう、ありがと」


 ――うん、なんと不毛な自慢をしていたのだろうか。私は……。


 何だか恥ずかしくなって、一つ咳払い。


 鉄人戦闘メイドフェリスの前に、あまりに生産性の無い話だった。


 キリッと表情を引き締めたリィンの顔つきは正しく王であり、そこに生半な優しさは無かった。

 

 ――たった今、リィンは王の仮面を被ったのだ。


 冷水が背中を滑り落ちるのをフェリスは実感した。


「五日後の四国会議に向けて奴らを招集しろ――私はあの馬鹿を説得する」


 




 竜騎士は基本的に気分屋だ。

 ふらっとリィンをからかいに来ては直ぐ何処かへ消えてしまう。

 

 そんな彼が何処にいるのか探すのは簡単だ。

 

「オオオォォォォオオオオ!!」


 ――男どもの喧騒、その中心にセドナは必ずいる。


 

 城下町、大庭。

 所謂巨大遊技場だ。

 何もないが故に何をしても良い。

 球蹴りでも、駆けっこでも、剣の鍛錬でも――無論、限度というものがあるが、聖女による統制下でそのような愚者は今の今まで現れた事はない。


 そんな大庭の中央には、円形の人集りが出来ていた。


「何してるの?」


 その一声で一直線に道が割れたので、リィンは無人の荒野を歩くが如くその道を歩き、人集りの最前列に出る。


 

「……馬鹿」


 

 心の声が漏れたのは仕方がない事だろう。


 ぽつんと置かれた机、その上に備え付けられた木箱。

 『一戦銀貨一枚、勝者には金貨十枚』と記された立札。


 その手前、腕を抱えて悶絶する男達。


 椅子に足を組んで座る赤髪の男――セドナ。


「おうおうおう、リィンじゃねえか。何だ、俺と一戦交わしに来たのか?」


 奴の台詞に周囲が騒めいた。


「なんだあいつこの前負けた癖に」「敗北者が情けねえ」「でもつええのは確かだぞ?」「いや、腕倒しで男が負けるこたぁねえ」「もしリィン様が勝ったらもはや女とは言えんな」


 もはや、勝負する事は確定しているらしい。

 ちくりと胸を刺す、不愉快な声も聞こえたが目を瞑る事とする。


「……今日はセドナを連れ戻しに来ただけさ。こんなところで油売ってないで戻って」

「帰る訳ないだろうが。多分手を貸して欲しい事があるんだろ?」


 何故この男は無駄に察しがいいのだろうか。いつもガサツな癖に……。


「何でもいいでしょ、ほら、巻き上げた金も返してあげて」

「わーってるよ、勝負してくれたら全部返すし、働いてやる」

「……ほんとに?」

「ほんとほんと」


 何だかいつも自分が先に折れている気がする。

 釈然としない気持ちでリィンは机に肘を置いた。

 

「いいねぇ、ほら審判」

 

 差し出されたリィンの柔らかい右手に、セドナの鋼鉄の右手を絡まると、男達が湧いた。

 

「よろしいですか? 行きますよ」


 審判の呼び掛けに両者が頷き――『始め!』


 それが合図。



 ――して、その勝負の一部始終を見届けられた者はどれだけいたのだろうか。


 四散した木の机は恐らく戦いの跡なのだろう。

 気付けばリィンの腕が反対側に傾けられていた。ただそれだけ。

 

「今度は俺の番ってわけよ。何もお前ばかりの特権じゃないぜ」


 得意気に顎を上向けたセドナに腹立たしい気持ちを覚えながら、|あ《・》|ま《・》|り《・》|に《・》|優《・》|し《・》|く《・》叩きつけられた手の甲を摩る。


 単純に力で捻じ伏せられた。

 まるで竜の如し膂力。

 リィン自身の体格は特段優れている訳ではないが、それでも聖女としては中堅程度のものではある。


 ただ、今のリィンの頭は戦いの勝敗など眼中になかった。

 つまり一人の少女の恋の行方と国の事で一杯だったのだ。


 故に、

 

「……負けちゃった……でもお願い、セドナ……力を貸して?」


 負けた。

 もしかしたら約束を反故にされるかもしれない。

 不安が過った。


「いいぜ」


「え……ほんとに? ありがと……」


「当然だろ、寧ろ馬車馬のように使ってくれ」


 そんな心情など知り得るはずもないが、竜騎士はいつものように歯を剥いて快活に笑った。





 

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