「くはははははッ!! なんだ糞メイド、大したことねぇな! 完全なる俺の勝利だ」
「……く、不覚――ごめんなさい。これでいいでしょう?」
極寒の冬空の下、円形訓練場の中央。
多くの兵が固唾を呑んで見守る中、二人の強者による試合の決着がついた。
「おいおいマジかよ」
「フェリスさんが負けるなんてな」
「いったいどこの国の客人なんだ?」
「南方の剣豪だって話だが……」
喧騒が深まる中、フェリスの白く華奢な首元に突き付けていた大剣を背中に戻したセドナは二カリと笑うと、
「大陸最強の剣士――セドナ様が相手をしてやるぜ! 腕に自信がある奴は、覚悟して掛かってきな」
天に剣を掲げ、大袈裟に名乗りを上げた。
――しかし、それは空振りとなる。
何故なら、
「大陸最強?」
「それは黙っていられないな、だってよ」「リィン様! ぶちのめしてください!」
忠義と愛情に満ちた兵士達が、観覧席で試合を見守っていたリィンに期待の目を向けたからだ。
「ほう? すげえ信頼だな、流石はリィン」
好戦的に剣の矛先を聖女へ向けなおして、指で降りてこいと合図をする。
――逃げなられない、か。
本当に面倒な事になった。
あんな事を言うのでは無かったと遠い目をして、今朝の出来事を振り返った。
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窓から見た景色は一面銀世界。
ほぅっと息を吐けば、きっと白いモヤが広がるだろう。
この辺りの地域は年が明ける前後の季節は急激に気温が低下する。
戦もそう起こらない平和な時期だが、冬を越す為の業務で忙しくなるのは考えものだ。
「年明け、四年振りの|四国会議《サミット》には私達も如何にか参加できるみたい。それまでに国名を決めなきゃね」
ほんのりと湯気が立ち昇る紅茶の入った純白のカップを、ゆるりと弄んでいると、
「国民から案を集めますか?」
「しゃらくせえ。俺がしゃきっと決めてやろうか?」
凡そ真面目な話が似合わない、赤髪の男が話に入ってきた。
「……ここは政を執り行う場です。貴方みたいな野蛮人は出て行ってください」
「はん、そのまつりごとってのを手伝ってやろうかっていう客人の心意気を無碍にするのかよ」
「私は貴方を歓迎していません」
「あん? 回すぜ、石頭メイドが」
「言いましたね、猿」
――と、生産性の無い話ばかりをする、二対の猿を暖かく見守りながらのひと時は悪いものでは無い。
リィンは部外者のような眼差しで二人の漫才を見守った。
黒のフェリスと赤のセドナ。
隠と陽みたいで自分よりもよほどお似合いだと思う。彼がその気なら|力《・》を振るってやらんでもない。
「なぁリィン、言ってやってくれよ。こいつ自分の非を詫びねえんだ」
「ば、馬鹿を言わないでください! リィン様、やはりこの猿は国外にでも摘み出した方がいい」
二人が凄い勢いで詰め寄ってきたので慌てて紅茶を飲み干した。
「……けほっ、うーん……君たちは似た者同士だから仲良くして欲しいな、なんてどう?」
咳き込みながらも、面倒ごとに巻き込まれぬよう中立の立場を保とうとする。
「リィン、そいつは出来ねえな。何故ならこいつは俺をコケにしやがった。到底許されることじゃねえ」
「如何にも賊らしい台詞ですね、教養を教えて差し上げましょうか?」
「なんだ、俺とやろうってのか」
「それも悪くはありませんね」
――性格が似ている。
というのは、お互いの面倒な部分が似ているというだけで何も絶対にいいことという訳ではないのかもしれない。
今にも殴り合いそうな二人――こんなところで暴れられても困るし、いっそのこと発散の場を用意するのも悪くない。
――執務ばかりでフェリスもストレスが溜まっている頃だろうし。
「ねぇ、暑苦しいのはけっこうだけど、違う場所でやってほしいな。舞台は容易するからさ、試合して負けた方が謝る。そんな感じでどう?」
リィンはそう提案した。
「そりゃ分かりやすい。乗ったぜ」
「……単細胞な、でしたら訓練中の兵の前で大恥をかかせてやりましょうか」
===
とまあ、下らない理由で始まった戦いで大恥をかいたのはフェリスの方だったのはさておいて、彼女から訓練用の剣を受け取る。
優雅な手技で構えを取ると、訓練場が盛大に湧いた。
もう、逃げ場は失くした。
であれば強き王を見せる、演目としよう。
「いつでもいいぜ」
「……ささっと終わらせて帰るからね」
「出来るものなら――」
間合いの外にいるセドナの大腿四頭筋が目に見えて膨れ上がる。冬用の訓練着がはちきれそうな程に。
――来る。
「やってみろ!」
烈火の気迫。
一瞬にして間合いが零になる。
初太刀は上段、それを身を引いて躱した次の瞬間には横の薙ぎ払いが予備動作なしで繰り出されたので、正面から受け止める。
痛烈な衝撃。
後ろへ飛ぶ事で勢いを限りなく殺した。
「想い人に向ける一撃じゃないよ、それ」
「想ってるからこそ全力なのさ」
追撃は無い。
その佇まいは、次の一手をリィンに譲るという意志を垣間見せている。
罠の気配は皆無、あったとしても手段は不明。
であれば軽い剣を握った此方の機動力で全てを振り切る、或いは対応するのが上策。
「ッふ」
短く息を吐き、体勢を低くして急速接近する。
瞬く間に三度斬撃が飛ぶ、高速の剣技をセドナはじりじりと後退しながら大剣で器用に捌く。
「はは! 化けもんかよ!」
「――ッ」
斬撃の縫い目を見計らい、体重の乗せた一撃を放ちリィンに無理矢理防御の選択肢を取らせる。
手に汗握る一瞬の攻防に、固唾を呑んで見守っていた観覧の兵たちが弾かれたようにして歓声を上げた。
中にはフェリスの声も聞こえる。
というか彼女の声が一番大きい。
しかし、何れにせよ。
――民衆の声には応えなきゃ、ね。
「ちゃんと構えて。死ぬよ」
「へぇ……そりゃ楽しみだ」
リィンの纏う空気が変わると、セドナの飄々とした雰囲気もなりを潜めた。
「―――一瞬よ。『王の呪福』」
聖女の天恵が有する権能は二つ。
一つ、口付けした相手の恋を叶える力。
二つ、恋を叶えた人間の経験をその身に憑依させる力。
民の力を糧にする。
此度の戦闘で引き出すは、百年前の戦で命を散らした極東の聖剣使い。
対象の生死は関係ない。
彼の寵愛が全身を満たし、熱く火照らせる。
呼気は湿り気を帯び、頬に僅かな朱色が混じり、『怪人』と呼ばれた彼の膂力がその身に宿る。
――だから、瞬くよりも疾く。
右腕が、消失する。
「なッ―――」
遅れて動作したセドナは振り抜かれた剣に何とか合わせる。
しかし、想像を超えて、余りに重すぎる剣。そう――鍛え抜かれた大男が放った一撃の如き衝撃に、獲物を手から離してしまう。
放物線を描き、後方にずどんと突き刺さった。
「はい、私の勝ち」
コツンとセドナの額をはたくと、王の勝利を確信した民衆から万雷の拍手と賛辞の声が上がった。
「負けた、のか……俺は……?」
茫然としていたセドナは苦渋をため込んだ様に、奥歯を噛み締めると、
「……ぅ、くそ……次は絶対負けねえ。お前を振り向かせる為にまずは剣で優ってやる! 覚えてろ!」
天を仰ぎ、何やら決心して、風のように去って行った。
「ふふ……何それ、何だか勝った気がしないよ」
極寒に巻かれて、吐く息は白い。
火照った身体を冷ますには丁度よいだろう。
「いけない、冬を越す準備を推し進めなくちゃ」
彼が去った方角に背を向けて、民の声を全身に浴びながら訓練場を後にした。
補足。
この世界に魔法はありませんが、極々限られた人間は天恵と呼ばれる異能を持っています。
ただ、それだと戦闘が地味になるので少しばかり皆身体能力が高めです(だいたいキン○ダム世界の武将くらい)。
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