白の聖域に二体目の死体が転がった。
脳髄に血潮、様々な臓腑が方々に飛び散っている。
濃密な死の気配に、セドナは高笑いしながら勝利を噛み締めていた。
「ばかッ、行くよ!」
「おわ――ッ」
宣言通り、顔面を吹き飛ばした後、セドナは《ジャン》と呼ばれたドラゴンに啄まれて飛び去っていった。
――そう、巨大な帝国。大陸を統べるに最も近い強大な皇帝を痛烈に吹き飛ばした大英雄を脳裏に焼き付けた。
その凄絶な戦闘力を。
竜騎士としての在り方を。
その者を御する、美しくも恐ろしい女の面貌を。
蚊帳の外ぎりぎりで、弱小なる次代のアインザック王は密かに拳を握り締め、
「負けてたまるか……ッ!」
弱さの象徴を弓で射て、
それでも肉親の死に咳切れる寸前まで涙を零し、
怪物達の中で己の脆弱さを心の深奥で嘆いた。
全ては、我が国を護り抜く為に。
――
びくりと。
皇帝ヴィルヘルドの亡骸が脈動した。
時が巻き戻るように頭部が生え、かつてと変わらぬ美少女とも美少年とも受け取れる、中性的な面にぴしりと笑みを張り付けた。
「ふふ……くくくッ、してやられたわ。不死身で無ければ終わってたな。愉快や愉快、至極愉悦! 遊びで始めたサミットだったが、稀にああいった手合いと相見えるから実に面白い」
実際、ヴィルヘルドにとって議題などどうでもいい。一応各国は同列故に、いつ退席しようとも構わないし、題目など、その時代の王の反応を愉しむ為の餌でしかない。
そういった意味では此度のターゲットは新興国となるリィンと、弱国アインザックだったのだが、存外興味深い結末に終わった。
王の集う場で力と決意を示したフィンスに、それに明確な拒絶を露呈させたマリマも分かりやすい。
国民を家族の様に思う彼女にとっては受け入れがたい顛末だったのだろう。
――その男、本当に死んでいるのか?
ヴィルヘルドは先程連行された男の死体に確固たる違和感を覚えつつ、放置した。何故ならその方が面白いからだ。
フィンスがわざわざ自軍の力を示し、まだ踊れる事を突き付けたのだから、指揮者としては応じてやらねばならない。
――『天恵』所持者二十柱の内、半数以上が割れたが……
脳裏に描く巨大な円環に、ピースを嵌めてゆく。世界を揺るがす彼等彼女らが誰の手のもとにあるかによって、ゲームの行末は大きく変わるだろう。
ならば、ここで一石を投じておくと面白いかもしれない。
「最後に残った諸君らは実に勇猛な王だ。俺は貴様達と頂を争える事を誇りに思う」
適当に謝辞を述べ、「メインへルン」と続けた。
「貴様、いい加減俺と協定を結ばないか? そうすれば隣国のハルハラを押し返すことも容易いだろう」
是非もないだろう?
と、意気揚々と提案したがメインへルンはそれを一笑に伏す。
「お誘いには感謝致します。しかし、聖王国の民は思想の違う者を受け入れないでしょう。マリマとはあと五十年は戯れますよ」
飄々と躱した彼の可憐な微笑には余裕があった。常人よりも遥かに老化が遅く、寿命も長い『天恵』所持者は言うことが豪胆だ。兵達はそこまで気長では無いだろうに。
まあ、広大な国面積を誇るが故に、多方面に戦線を敷かざるを得ない帝国に比べれば負担も少ないのだろう。
振られてしまったものは仕方がない。
ヴィルヘルドは、あっさりと標的を変えてフィンスを正眼で見据えた。
その無機質で底無しの闇を讃えた瞳に、フィンスは震え始めた両腕に全力で力を込めて叱咤する。
「フィンス。貴様はどうだ? 力が欲しいだろう。汚濁だろうと何だろうと、国を護り通す力がな」
「……難しいですね、貴方は敵です。それに、メリットが分からない……アインザックに差し出せる何かがあるとは思えない」
「……ふむ。確かにそうだな。俺としても欲しい物があるわけは無い―――ああ、そうだ。ならば貴様、アインザックを属国として差し出せ」
「――――なッッ!?」
この男……なにを言っている。
それをしてしまえば、何のために国の頂点に立ったのか分からないではないか。
「そう驚嘆するな。悪い話では無い筈だ。キャンドゥに兵力を割く必要が無くなる上、援軍も頼みやすくなる。ただ、ほんの少し国が貧しくなるだけだ」
国の利益が帝国に吸収され、今より貧困率が上がる。それは巨大なデメリットだ。
しかし……背後に彼等がついてくれるのは実に心強い。
フィンスは脳内に国家規模の天秤を用意する。
人民と領地。
国の威信と誇り。
全てを投げ出して、未来のささやかな安寧を得る。
(……馬鹿だな。私は)
――年若いフィンスにとって、余りにも重過ぎる秤である。
そもそも。
そんなに簡単に頷ける程、王の首関節が緩いのなら、この大陸に戦火など巻き起こっていない。
第一、嬉々として火種を起こして回る帝国に。
差し出すものは何もない。
王としての矜恃という奴だ。
未だ、小さな小さなものではあるが。
今日この場で強制的に発芽させたそれを、簡単に摘ませてなるものか。
人の心根を分かった上で踏み荒らす、この男は、世界最悪の敵だ。いずれ必ず討ち取らなければならない。
問題は山積みで、四方八方敵だらけだが。
聖女が言っていたように、大陸を統一すれば戦も無くなるかもしれない。
と、思ったがそこまで望むのは早計だ。
ひとまずは、遅いくる敵を退ける。そこから始めよう。
「申し訳ありませんが、その誘いには乗れません。それに、日が傾いてきました。そろそろお暇させていただきましょう」
「――そうか。構わんよ、思いつきに過ぎんからな」
「そうでしょうね。それでは――」
自身はまだまだ純粋だ。
だから何色にも染まってしまう。
それを自覚しているフィンスは、ヴィルヘルドと同じ空間に居ることを忌避し、去って行ってしまった。
これで、残ったのは二カ国。
「私は……貴方との会話に付き合ってあげますよ?」
「そうしてくれ。閉会までに半数以下にまで減ったのは暫く見ない。俺が悪かったのか?」
「いえ、どうでしょうな。皆気が強かっただけのこと。今度から『退席は禁ずる』と定めればいいでしょう。まぁ、私は教義上、席を立つのは最後になるんですけどね」
そう語るメインへルンはワインを揺すり、「あと、私の事はラドと呼んでください。主神の名を騙っている様で気が引けます」と続けた。
丁寧な口調ながら、あくまでも対等に意見を申し立ててくるメインへルン改め『ラド』はヴィルヘルドにとっても中々に面白対象だ。
「して、貴様、何か聞きたい事があるだろう?」
「そうですね……以前聞きそびれた――聖女リィンの事……凄く興味がありますね」
「ふん、貴様はそうだろうな――ならば、どこから話そうか……」
ぐちゃり、美しい面をぞっとする様な笑みで潰したヴィルヘルドは、しなやかな細指で可愛らしく顎をなぞり上げた。
四国会議改め、五国会議――終
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