四天王は浪漫
大陸北部に位置する巨大な屋敷を中央に据えた独立都市は、《四剣》と称される聖女直属の戦士によって守護されている。
北門のファヴィル・エントマ。
南門のジルキス・サージア。
東門のトリアナ・キューイ。
西門のフェリス・ブラック。
リィンの世話係であるフェリスを例外として、他の者達は常日頃自らの守護領域を逸脱する事なく業務に励んでいる。
そんな彼等彼女らが顔を突き合わせるのは年に数回。大して広い街では無いのにも関わらず会う機会が少ないのは、
「貴様、今俺に三秒間発情した視線を向けたな? 下女め」
「んだとッ? ジル! このトリアナ様がてめえの様なブ男に気があるわけねェだろうが!」
「……知能指数が低い」
――単純に仲が悪いからである。
リィン屋敷内、謁見の間――と言える程豪華な部屋では無いがそれなりに広い部屋に、フェリスの呼び掛けによって召集された彼等は《四剣》の名を冠する強者どもだ。
紫紺色の髪を短く切り揃えた体格の良い男がジルキス。その男に噛み付いているのがトリアナだ。
黙っていればブロンドの髪と褐色の肌が美しい、ダイナミックな体付きの女性ではあるが――性格に難あり。
しかし、そんな彼女らよりも面倒くさいのが、「知能指数が低い」と聞こえない程度に溢したアルビノの優男――ファヴィルだ。もっとも、優男なのは見た目だけだが。
(リィン様め……大層な面倒事を押し付けてくれましたね……兎に角、早く来てください!)
あれこれ言葉を尽くして争い合う二人を仲裁しつつ、心の中で呪詛を溢す。フェリスは助けを求めて部屋の奥に鎮座した玉座に視線を送った。
こんな頭が狂った奴らと一緒の空間にいたくない! と、天に、聖女に願う。
「……くんくん――これはリィン様の匂い」
そんな時、トリアナが鼻を鳴らした。
彼女は鼻が効く。
遥か彼方から風に乗って運ばれてきた《匂い》をも嗅ぎ分ける彼女が違える筈が無い。
――リィン様!
フェリスの魂から漏れ出した叫び。
しかし、それは彼女だけのものでは無く。
ここにきて、初めて皆の心が重なった。
「お、みんな集まってるね〜」
飄々とした、美しい声。
同時にざんっと、四剣が同時に膝を着いた。
頭を垂れ、僅かに上向いた瞳でリィンが玉座に腰を下ろしたのを確信し、次の言葉を聞き漏らさぬよう聴覚を研ぎ澄ませる。
「顔を上げて」
その声に導かれ、これまた一斉に顔を上げる。
彼等の顔を一人一人見渡して、
「ファヴィル、ジルキス、トリアナ、フェリス――よく集まってくれたね。私の最強の剣達」
「「「「は! お呼びとあれば何処へでも!」」」」
いつものやり取りにきりきりとした胃の痛みを堪えるリィン。久しく会って無かったから、彼等の喜びもひとしおだ。
しかし次の瞬間、彼等の表情が一斉に曇る。
ジルキスは眉を痙攣らせ、トリアナは反射的に舌打ちし、ファヴィルは興味深そうに目を細め、フェリスはと言うと毛虫を見るような視線を向けた。
その対象、リィンに追随して入ってきた赤髪の男――セドナが彼女の隣に並び立つ。
「こいつは――」
「――お前達が四剣か。会いたかったぜ! 俺はセドナ。リィンを戴く男だ!」
紹介しようとしたリィンを遮ってセドナは火に油を投下した。
ふふんと鼻を鳴らす男に向けられた視線は絶対零度。どころか視線だけで射殺せそうである。
「てめえがリィン様にボコられた噂の客人か……! 何処の馬の骨か知らねえが、降りてこい。刻んでやるよ」
真っ先に声を荒げたのはトリアナだ。立ち上がり、指の骨をぱきぱきと鳴らして荒くれ者のように凄む。
元々彼女は南国のスラム街を暴力によって纏めていた刃の様に気が尖った女なので、気に入らないことがあればすぐに噛み付いていく性質だ。
ただ、荒事はセドナにとって日常に近い。
片眉を吊り上げ鼻を鳴らしどこ吹く風と、顎をしゃくり上げた。
「はんッ! 乗ったぜ! 吠え面かかせてやらぁ!」
子を迎え入れる親の様に両腕を大きく広げ挑戦を受け入れる。
が、しかし。
「鎮まりなさい」
「は!」
聖女の声に、何事もなかったかのように矛を収めた。
膝を着いたトリアナにセドナはにやけが止められなくなったが、リィンに睨まれたので口を引き結んだ。
――やれやれ。
心の中で盛大に溜息を零しながら、表の顔は威厳を保つ。リィンは似つかわしくないくらいに重々しく口を開いた。
「――聞け。我が剣達。明日、遂に私達は歴史の表舞台に帰還する……|四国会議《サミット》にて国家としての独立を認めさせるのだ」
おお――と、四剣が騒めいた。
遂に、その時が来たのかと。
「無論、私達が加入するには椅子を抉じ開ける必要があるかもしれないけど――まあ、その時はその時だ」
四国会議直前、ある国家の王政に揺らぎがあった。
であれば後は突っつくだけだ。
国家として最低限必要なものは十二分に用意した。
人民、立地、資源、政策――最後に戦力。
ああ、本当に良い時期に来てくれたと、リィンはほくそ笑む。
「会議は混沌を極める、かもしれない。だからこそ君達の力が必要だ……でも大帝国を前にしてそれでは足りない。あ、勿論侮っている訳じゃないからね」
最大最強の近隣国家が連盟の長。
それも気性の荒い猛獣ときたならば、こちらが用意するのは唯の人間では分が悪いだろう。
「して……我々以上の武力に宛てがあると言うのですか?」
静かに意を示したのは四剣最強のファヴィルだ。
リィンと同色の白髪が重く両眼を覆い隠し、そこから僅かに見えた真紅の瞳がギョロリとセドナを射抜いた。
彼はリィンとセドナを除けばこの国唯一の『天恵』持ち。同質の力の波動を感じたのかもしれない。
ファヴィルの問いに、僅かに逡巡する。
明確な解答こそを好む彼に曖昧な返しはナンセンスだ。
リィンは全員の性格をよく知っている。
「あるよ。それがこいつ――セドナは強いよ。なにせ竜騎士だ」
隠し事もしない。
だって後でセドナが煩いだろうから。
「……なるほど、そうでしたか」
「いや、そうって……ッ、マジかよ! 竜騎士と言えば――なんだっけ?」
「馬鹿が。竜騎士は数百年に一人しか現れない伝説の存在だ。何れも世界最強かそれに準ずる力を持っていたという」
「へぇ、そりゃ是非手合わせ願いたいねえ。アタシが勝つだろうけど」
客人の正体が『竜騎士』という幻の存在だと明かされても彼等はそれを疑うことをしない。リィンが勝ち取った信頼故だ。
そしてその名に気圧される事もない。
各々が自らの強みをしっかりと認識しているからだ。
それに彼等は相手が竜騎士だろうと勝利を投げ出すことはない。
リィンの剣であるという誇りにかけて。
(実際、ファヴィル辺りならもしかすると勝つかもしれないし)
頼もしい部下達に鼻高々になりつつ、咳払いをして続ける。
「本題っていうか計画の核を発表しよう――明日、私達はドラゴンに乗って入国する。ああ、勿論私達の国の名前も決めてある」
ああ、前代未聞だ。
奴の悔しがる顔が目に浮かぶ。
後は指揮棒を振り下ろすだけだ。
――四百年。
ああ、本当に長かった。
みんなが何処か楽しそうな、嬉しそうな顔をしている。
ああ、私も同じ表情をしているだろうな。
王が命じ、民が応える。
「―――もっと笑って。明日が建国記念日……ぅ……く、あれ? 嬉し涙かな……?」
そう。
王に民が応じる。
王が涙すれば|民《・》|も《・》|涙《・》|す《・》|る《・》。
それはある種おかしな光景。勇猛な戦士達が皆、泣いていた。
万感の雫を止め処なく。
この光景が堪らなく不自然で、あり得なくて、この世界を見渡しても恐らく有数の希少価値がある現象で――
――セドナはおかしくておかしくて堪らなくて、笑いを必死に抑える余り、涙を流していた。
四剣との馴れ初めは考えているんですけど、詳細に描くかどうかは尺次第ですかね。
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