パメラはグスグス泣いていた。
「もう嫁に行けぬ」
「おや、嫁ぎ先は既にお決まりではありませんか」
騒ぎの張本人であるカルラはすまし顔だ。
パメラがハンカチで顔を拭いて鼻をかんだ。
「むー、そうじゃがのう」
「結婚したら毎日寝顔を観察されるのですから良いではないですか」
「観察は良くない!」
へえ。
貴族だからか。こんな幼くても婚約者がいるだなんて。
政略結婚かねえ?
大変だなあ。
何となく他人事で考えていると、ガシッとパメラの手が俺の腕を掴んだ。
「じゃからな、さっさとお主は責任を取るのじゃ」
「待って?」
パメラが顔を近づけ、鼻息荒く俺の顔を舐める様に見た。
「ふうむ。今生も中々いい男じゃの。良いぞ。名は何と申す?」
「す、スエノカイム……」
「まあ良く聞けカイム。お主の前々生は儂の婿じゃったのよ。もう記憶はないかもしれんがの。しかし喜べ、また世話になってやるぞ」
ニヤニヤ顔に変わったパメラは、ぽんぽん、と俺の肩を叩いた。
え、結局そうなるの!?
カルラが同じことを言っていなければ、冗談だと決めてかかった所だ。
「君はまだ子供ではないか。早過ぎる」
ふむ、とパメラは自分の身体を眺めた。
「儂の方が遥かに年上じゃわい。第一、お主も地球での前世から比べると十分子供ではないか。それこそ犯罪じゃよ犯罪」
うぐ、と言葉につまると、パメラがニヤリと笑った。
「今はこの海エルフの娘となって、儂はこれでももうじき20を迎える。エルフは成長が遅いのじゃよ。つまり儂は合法じゃ。合法」
えーと。合法かどうかはともかく、つまり前々生の俺は前世の彼女と一緒だったって訳だな?
そんでまた結婚するってか?
腐れ縁という言葉が頭をよぎった。
「気になるので聞くが、前々生のその前はどうだった?」
本当は「いやな予感がするので聞いてみるけど」と言いかけたんだけど、余りに余りなので、踏みとどまってオブラート使って厳重に包んでみた。
パメラが顔を赤らめて恥じらった。
「無論儂の夫じゃ」
「その前は?」
「同じく儂の夫じゃよ。その前も、更にその前も」
ある意味予想通りだった。
しかしこいつは何を言っているのだろう?
荒唐無稽と言う一言で済ませてしまって良いのだろうか。
いや、嘘を言ってるようには見えないし、第一そんな嘘をついてどんな利益がある?
「俺は全く覚えがないのだが……」
「まあな。それは仕方ないのじゃ。お主は普通の魂の持ち主……と言ってもそこらの者の魂とは色艶が違うがの」
「パメラは違うのか? 今までのことを全て覚えていると?」
「うむ。記憶力は人並みじゃがの。兎に角儂は特別じゃからのう」
ふふん、とパメラは偉そうにふんぞり返った。
えーと。
つまり中の人は物凄い年寄り? 古くさい話し方はそのせい?
「すげえババア!?」
つい心の叫びが漏れ出てしまった。
ざばん、と頭から水を被ってずぶ濡れになった。
パメラが水魔法を使ったんだと思う。
後ろの方からカルラの呟きが聞こえた。
「ババアもババア。キングオブババアではありませんか。よぼよぼの長老エルフより年上の癖におためごかしなど必要ございますまい」
パメラがブチ切れてカルラに指を突き付けた。
「お主も大して変わらんじゃろうが! ていうか、キングじゃのうてせめてクイーンにせい!?」
「私はいつまでも若いつもりでございます。」
「ち、まあ確かにお主は転生する必要はないからのう。年を取らんのは羨ましいぞ。ま、そういうことじゃカイム。ワシは若干人生の先輩
ではあるが、今後も共に手を取って歩こうぞ。良いか、良いな?」
何だか決まってしまっているらしい。
だけど、このこの世のものとも思えぬような美少女に笑いかけられて気分は悪くはない。中身ババアだけど。
しかし、あのボーイミーツガールってシナリオは何処へ行った? やっぱりナナミルートが正解だったのか!?
思わず呟く。
「ふ、これではボーイミーツロリババアだな……」
それを聞きとがめたパメラが叫んだ。
「ボーイミーツロリババアで何が悪い!?」
「っ……」
渾身の開き直りに俺は絶句した。
だがすぐにパメラの元気がなくなり、泣きべそをかき始めた。
「ぅぐっ……ふん、ロリババアで悪かったのう……」
「む、いや、そんな悪いとは……」
空気が悪くなりかけたその場を、カルラがパンパンと手を叩いて制した。
「では、綺麗に纏まった所で、まずは折よくご在城なされている御当主様に報告をいたしましょう」
「こらカルラ。今のの何処が綺麗に纏まったと言うのじゃ? 相変わらず雑に話を終わらせるのう」
「ですが、ロリババアなのは確かなのですから。さてさて、それよりも、今夜は初夜ということで、同衾の用意は私にお任せください」
「「ちょっと待とうか?」」
俺とパメラの声がそっくり被った。
いきなり初夜とか同衾とか話を進め過ぎだっての。
カルラが無表情のままで俺をからかいにかかった。
「おやおや、おやおやぁ? しっぽり致すだけが同衾とは限りませんが。カイム様、何かいやらしい事を想像してしまいましたか?それではロリコンの謗りは免れませんね。逮捕されても残念ながら新聞に名前は載りませんが」
ここぞとばかりに迫りくるカルラのおっぱい。
柔らかそうで、谷間の皮膚もつやつやで……。
ついつい、夜空のランデブーでの背中の感触を思い出してしまった。
押されっぱなしの俺は、それでも必死に自分の意見を述べた。
「俺はロリコンではない。第一、前々世やその前も結婚していたと言う事実だけで、今回も結婚する前提で話が進むのは、納得がいかない。俺の意見も考慮して欲しいのだが」
「そんなにワシが嫌いか? ロリババアはいやか?」
パメラが潤んだ目で俺を見上げている。
「くっ……狡猾な台詞だな。いずれにせよ、俺にも選択する権利はある。そうではないか?」
「選べればの話ですけどね」
グサッと心に刺さるカルラの言葉。いやな予感。
「……どう言うことだ? お前ら何を知っている?」
答えはパメラからだった。
「世界運営神の加護(特)」
「何故君がそれを?」
パメラがにぱっと笑った。
「それはの、加護を授けたのが儂じゃからな」
「なん……だと……!」
「特製加護の効果はマスクデータにしてあるから普通は見えぬが、内容は『儂以外の女との縁がすぐ切れる』というものでな。無論地球でもずうっと有効じゃったぞ。不倫や浮気など、お主の一生どころか宇宙が終わるまで断じて許さぬわ。かっかっか!」
余りの衝撃にグルグルと目が回る。
こいつが運営神?
全ての元凶。
それに今気づいたのだが……。
ここまで自然に会話していたけど、おかしいと思ったんだ。
転生とかに詳しいのはまだしも、犯罪とか合法とか現世での話じゃねえのか?
カルラはラノベの事まで知ってるって……。
世界の運営神とその従者なら、不思議ではない。
何という事!
つまり、俺が現世で童貞のまま終わったのはこいつのせいだ。
もう少しで女の子と付き合えるかもと言う時にいつも……。
あ、まさか。
ナナミといい雰囲気になった時に邪魔が入ったのも……。
いや、あの時はむしろカルラがワザとあのタイミングを選んだ可能性があるな。
大体、宇宙が終わるまでってナニよ。無期懲役どころの騒ぎじゃないって……。
当の犯人はドヤ顔である。
「誰にでも授ける訳では無いのじゃ。光栄に思うがよい。それに、他にもちゃんと効果はあるのじゃがな。おい。どうした! カイム、意識をしっかりもて。おーい!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!