ボーイミーツロリババアで何が悪い!?

セルフサービス転生から始まる異世界海洋冒険譚
九路守 悠
九路守 悠

狙撃

公開日時: 2020年11月26日(木) 00:07
文字数:3,396


 俺はグラムから銃を受け取った。

 ずっしりと重い。


「この艦長の銃は、火薬の発火は魔法式ですんで、射撃時に殆どブレない優れものでさ」


 と、彼はウインクをした。

 俺は頷いてフリゲートに銃口を向けた。

 艦首付近に「エキドナ」という艦名が見えた。


 集中すると、あらゆる揺れを身体に感じる。

 彼方と此方の速度。

 風向き。風の強さ。

 湿気。重力。それに、この世界は恐らく、現世と空気組成が僅かに違う。

 後は何だ?


 銃身の先にある照準と手前にある照準を合わせる。

 大きな風の塊が過ぎるのを待ち、引き金を引く。


 バン!


 大きな音を立て、弾丸は飛んで行った。

 視力強化のお陰か、弾道は良く見えた。

 何かを狙ったわけではない初弾は、大きな帆に小さな穴を開けただけで終わった。

 勿論、これは試射である。

 それに釣られたのか、フリゲート「エキドナ」からも銃弾が飛んできて、遥か手前の海に落ちた。


 大砲が再度火を噴いたのは、カナロアもエキドナもほぼ同時だった。

 こちらの弾はフリゲートの船体に着弾して穴を開けたが、相手は大きい。やはり大ダメージではなさそうだ。

 カナロアはと言うと、今度はフォアマストの上部がやられた。

 木の破片が飛び散り帆が破れる。ガクンと船体が傾ぎ、更に船足が落ちた。

 メインマストは既に水兵たちが修復を始めている。しかしこれで二本あるマストが共に損傷を受けたのだった。敵ながら、かなりの命中精度なのではないか。

 乗組員の何人かが落下した部品に当たり、怪我をしている。彼らは軽い怪我を負った程度なら気にせず作業を続行する。重ければ、仲間が下の医務室へと連れて行く。

 中でも重症なのが、フォアマストの見張り台に居た男だった。

 彼は十数メートル落下して動かなくなった。


 カナロアの戦力が失われるまで、もう時間が無い。

 ナナミが耳元でささやいた。


「カイム。君ならできる」


「ああ。知っている」


 それは果たして、俺が答えたのだろうか?

 それとも「カイム」というキャラが答えたのだろうか?

 僅かな違和感は、直ぐに消えた。

 俺はグラムと銃を交換すると、まず、敵艦の指揮官を探した。

 エキドナはカナロアと大雑把な構造は似ていて、双方共艦尾甲板を備えている。指揮官らしき立派な軍服を着た男がエキドナのそこに立っており、一杯に張っている帆と船体の間、索具が折り重なるようにして見える空間の向こう側にチラチラと見えている。


 一発の試射で、大体の感じは掴めた。……と思う。

 「キャラの方のカイム」はそう感じている。

 そうだとしたら、大したものだ。

 揺れる船の上では、カメラを構えて写真を撮るのにも一苦労すると言うのに。

 ピシッピシッと、カナロアの船体に敵の銃弾が当たる音がし始めた。こちらは船足を落としており、エキドナがどんどん近づいていた。

 風がエキドナを揺らし、カナロアが波の頂点に達する。


 一、二、三。

 バン!


 敵指揮官が崩れ落ちた。そばにいた水兵や士官が慌てて駆け寄った。

 狙いからは僅かに下方にずれた気がするが、もう戦線復帰は叶うまい。

 俺はそちらを見たまま銃をグラムに突き出すと、彼も心得たもので銃を受け取り装填を終えている方を寄越した。

 カナロアもエキドナも、それぞれ船首の大砲を装填し終えていたが、エキドナの方が指揮官を失って僅かに次弾の発射が遅れた。


 ズドン!


 ザツカら砲撃班の放ったカナロアの砲弾が、今度こそエキドナの甲板上を薙ぎ払う。舷側を破砕し、大量の木の破片が砲弾と共に混乱していた艦尾甲板付近に襲い掛かった。


「しゃあっ!」


「やった!」


 ザツカ達が喜びの声を上げた。


「まだだ! 次弾装填!」


 引き締めにかかるのはディードだった。

 俺は次のターゲットに、エキドナの船首砲を指揮している男を選んだ。


 三十過ぎだろうか。

 家族はいるのだろうか。

 妻は。

 子供は。

 ……そんな事は、コレッぽっちも気にならない。


 柔らかく引き金を絞った。

 発射音の後、そいつはガクッと身体を震わせ、スローモーションの様にゆっくりと後ろへ倒れた。

 グラムが装填を終えた銃を突き出し、俺はそれを手に取り、持っていた銃を渡す。

 この寒い中でも銃身はほんのりと温かい。

 再び銃弾が俺の周りに着弾し、望遠鏡でエキドナを覗いていたナナミが首を引っ込めた。


「どいつもこいつもこっちを狙ってきているぞ。そろそろ射程内だ。特に見張り台からの狙撃に気を付けろ」


 そう言うナナミの顔には笑いが浮かんでいた。それに、どこか楽しそうだ。

 俺はグラムを引き連れて舷側の陰を最後尾まで移動した。

 敵の内でそれに気づいたのは、ナナミの言ったマストの上にいる狙撃兵だけらしい。

 甲板上に居る兵たちは、引き続いて元居た場所の辺りに銃弾を集めている。

 まあ、少なくとも俺にヘイトが集まれば、他の連中が狙われることは無いしな。それはいい事だ。


 そして両艦は殆ど並行にすれ違う形となる。

 距離は百メートルあるかないかだ。

 突然、エキドナの船腹に二つの黒い穴が開いた。

 穴からは、にゅっと砲口が飛び出す。

 俺は間髪入れず、そこへ銃弾を撃ち込んだ。

 砲門の奥の暗がりで動いている的を選ぶか、それとも砲口そのものに打ち込むか、一瞬迷ったが、前者を選んだ。

 素早く装填を終えた銃が手渡される。

 隣の砲門から弾が発射される前に、同じことを繰り返した。


 どうやら、あのエキドナと言うフリゲートは、左右二門、船首に一門の大砲を載せているらしい。片側だけで何十門もある様な帆船を現世の絵画で見た事があるけど、大砲が高価なこの世界ではそうもいかないらしい。その代わりにもっと接近すれば魔法が飛んでくるのだろうから、沢山そろえる必要も無いのだろう。


 ザツカたちが再びエキドナに打撃を与えた。

 大量の白い煙と轟音を残し、狙い過たず飛んだ鉄の塊は、今度はエキドナのメインマストの根元辺りに着弾した。大量の破片と埃が、そして何人かの水兵の身体が宙を舞い、一部は海へと落ちて行く。

 そして軋み音と、ブチブチと索具が破壊される音、帆が裂ける音が重なり、聳え立っていたメインマストが斜めに傾いだのだ。恐らく根元は殆ど折れており、単にロープで支えられているに過ぎない。もう少し大きな風が吹いたら完全に折れてしまうだろう。


 ナナミがしてやったりと言う表情で、


「砲撃班! ペガズに帰ったらランプリー家とっておきの酒を奢ってやろう!」


 と叫ぶと、船首の方から歓声が上がった。

 ただ、俺はその間も黙々と銃を撃ち、グラムに手渡している。

 基本的には、士官やリーダーシップを持っていそうな男を狙っている。ただ、砲撃班がメインマストを仕留めた直後から、エキドナの周囲に不思議な力が働き始め、銃弾が命中しなくなった。

 側壁から頭だけを出して望遠鏡を覗き込んでいるナナミが言った。


「海洋魔導師が、風の防壁を作っているかもしれん」


「了解した」


 確かに、艦首や艦尾に居た連中が、不自然に中央に集まり始めていた。


「その風の防壁は、全てを覆っているわけではない様だが?」


「ああ、全体の三分の一から半分程度を護っている様に見えるな」


「そういう事だな」


 仕方が無いので、鉾先を変えることにした。

 弾はまだ半分以上残ってはいるが、両艦の距離が徐々に離れ始めていた。

ふと思いついて「ステータス画面」を見てみると、「銃撃」のスキルレベルが2になっていた。そこで「銃撃」を押すと、追加でMPを消費することによって出来る事が表示された。

 「持続時間」「命中率」「クリティカル判定」「攻撃力」の四要素だ。

 そこでレベル2「銃撃」の「命中率」を追加で作動させた。


 これから狙うのは、マストを支えている「静索」や、帆を操作するための「動索」だ。簡単に言うと、ロープを狙ってぶった切るのだ。

 正直、彼我の人数は数倍の差が有るので、こちらから乗り込んで白兵戦と言う訳にはいかない。それに、こちらとしては逃げおおせれば「勝利」なのだ。完全撃破する必要も無い。実際、ディードは砲撃よりも帆の修復に重点的に人員を配している。

 既に、向こうからの銃撃は止んでいた。

 甲板に残った兵たちは中央に集まり、そうでない兵たちは下に逃げ込んだのだ。マストの上に居た狙撃兵も、既に撃ち落としている。

 集中し、狙い、引き金を引いた。


 フリゲートが有効射程距離から離れるまでに、俺は何発かのロープを切断させることに成功した。そして幽霊船の様にボロボロになって風に流されていくエキドナをしり目に、応急処置を済ませたカナロアは、当該海域を首尾よく離脱したのであった。



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