ボーイミーツロリババアで何が悪い!?

セルフサービス転生から始まる異世界海洋冒険譚
九路守 悠
九路守 悠

反逆

公開日時: 2020年11月21日(土) 10:18
文字数:3,797


「この蜘蛛の巣みてえに見えるのがマストを支えるシュラウド。横に結んでいるのがラットリンと呼びまさ。マストに登る時には、ここから登るんでさ」


 などと、グラムは船の部品の一つ一つの名前を読み上げながら俺を案内する。

 俺はと言うと、スキルに「記憶術+」があるおかげか、すんなりと問題なくそれらを記憶してゆく。

 この何十本もある「索具」と呼ばれるロープの一つ一つにそれぞれ名前と役割があるだなんて知らなかった。

 新入りはそれをイビられながら覚えないといけないとはね。


 帆船は奥が深い。


 それとなく訊いたのだが、少なくともこの船にはエンジンなどの類いは無いらしい。また、魔法を使える人間も数人だけで、それも大した魔法は使えないのだそうだ。そんな軍艦がどうやって戦うのかと言うと、刀と弓と数丁の銃と……たった一門の大砲で、だ。

 このカナロアには、船首近くの甲板に大砲が小高い台座に据えてある。

 上下はもちろん、台座を旋回させる事も出来る。

 布と油紙で覆ってあるので直接は拝見できないが、間近で見るとデカくて圧倒される。

 流石は軍艦なのだと納得したものだ。

 甲板を見学し終えると、丁度昼飯時になったらしい。


「昼食に招待するからキャビンに来てくれ」


 とのナナミからの伝言があった。

 腹が減ったし、かなり寒さがこたえてきた所だったので、助かった。

 カナロアの乗組員たちは、全く気にする様子なく黙々と仕事をしているもんなあ。


 キャビンに入ると、食事の用意はまだされていなかった。

 一緒に入って来たグラムが調理室から持ち込まれた料理を配膳するようだ。


「どうだ。この艦、いい艦だろう。ペガズでもこれ以上の艦は少ない。カイムはこう言う艦に乗ったことはあるのか?」


 ナナミが上機嫌で話しかけてきた。

 服装は昨日と変わらないが、今は唇に軽く紅を引いてある。


「ああ、初めてだ」


 確かに、現世で釣り船やボートに乗ったことはある。

 ただ、彼女の質問はきっと「こういう帆船に乗ったことはあるか」なのだ。

 だからNOと答えた。

 目覚めてからこっち、何もかもが新鮮な体験なのである。


「帆船とは意外とスピードが出るのだな」


「ふむ、父の居た世界では、もっと早い船が存在したらしいな」


「そうだ。エンジンを積んだ船はもっと早い。ただ、それなりの技術と燃料はいるがな」


「燃料、か。油の類いだと聞くが」


「石油というのだが、こちらにもあるのだろうか?」


「さあ、どうだろう」


 目の前の机に、料理の乗った皿が並んで行く。

 あの渋くて酸っぱいワイン。

 異臭のする塩漬け豚肉を焼いたもの。

 茹でたジャガイモ。

 海水に色付けただけナンじゃないかと思えるほど具の無いスープ。

 カチカチの乾パン。 


 並び終えて、グラムが言った。


「何とかして食って下せえ」


 そして一礼すると、キャビンから出て行った。

 ナナミはバツが悪そうだ。


「済まないな。正直に言って我らは貧しいのだ。本国でも最近は深刻な食糧不足に悩まされている有様なのでな。海に出る我らに回ってくるのはこんな物ばかりなのだ。塩だけは潤沢なのだがね」


 艦長が客を昼食に招いておいてこれでは、他の乗組員の食事はどうなっているのやら。


「気にするな。急にここに現れた自分の様な立場でどうこう言えるはずもないだろう」


「そう言ってくれると助かる」


 それでも空腹よりは遥かにマシだった。

 ずっと何も食べていないのだ。


「余りがっつくな」


 と窘められるほどに。


 食事が終わりかけた頃に、


「なあ、カイムの故郷はどんな所だ?」


 とナナミが質問した。

 机に両肘を乗せ、柔らかい表情で俺の顔を見つめている。

 童貞力の高い俺は直ぐに顔を赤らめ、鼓動を早め、心ときめかせてしまう。


「たいした所ではない。日本という所だ」


「ふむ、やはり父上と同じ国だな。サイタマの出身だと言っていた。どういう所だ?」


「俺は東京だから、その隣だ。お父上の住んでいた場所と俺の住んでいた場所、電車なら一時間かそこらで行ける距離かもしれない」


「電車か。物凄く速く走る鉄の箱らしいな。人間がぎゅう詰めになって乗るのだとか。想像もつかない」


「まあ、間違ってはいないな。客観的に見るとどうにかしているとしか思えない」


 と、この様に幾つかのやり取りをしてきた後、きっとナナミが一番したかった質問が来た。


「所で、この私の名……ナナミと言う名の意味は分かるか? というのも、父上は私が成人したら教えてくれると言ったまま亡くなってしまったし、母もその直後に病気で死んでしまったので、結局分からずじまいだったからだ」


 ナナミは途中で目線を逸らし、キャビンの隅を見つめて言った。

 俺は机の上に指で文字を描きながら考えた。


「何通りかあるが……、菜々美なら菜の花に美しいと書く。奈々美とも読める。しかし恐らく……」


 指で「七海」と書いた。


「船乗りのお父上なら、七つの海と言う意味の『七海』なのではないだろうか。俺の住んでいた地球は大きな海に覆われており、大雑把に七つの海域に区分されていた。七つの大洋とも言われている。だから、ナナミは「海の子」とでもいう意味が込められているのだと思う」


「成程、そうか……」


 ナナミの目尻に涙が浮かんだ。

 俺はさりげなく目をそらし、窓の外を眺めた。


「私は間違っていなかったのだな」


 ナナミは呟いた。


 食事を終え歓談していた所へ、グラムがやってきた。

 再び艦内の案内をしてくれるのかと思いきや、雰囲気が違う。


「艦長。ちょっと……」


「どうした。……カイムは少し待っていてくれ」


 ナナミが立ち上がり、二人は一旦キャビンの外へ出て行った。

 ナナミは直ぐに戻ってきた。


「済まないが、暫く部屋にいてくれないか」


「何かあったのか?」


「ああ、まあ、仕事だ。君には見せたくないし、何より外にいては危険だ」


 食事中のあの柔らかい表情はもう微塵も残っていなかった。


「分かった」


 そう答えるしかなかった。






 艦尾甲板後部には、小さな小屋が設置されていて、舵輪やコンパスが設置されている。

 小屋と言っても船首側はひらけている。小屋は、舵輪を握る操舵手を後方から襲い掛かる追い波から護るための物だ。

 そこに艦長であるナナミと、自ら舵を握っているディードの二人がいた。


「副長殿」


 ナナミは敢えて「ディード」とは呼ばなかった。

 硬く、冷ややかな声である。

 コンパスや、そのそばにある航海器具を睨みながら続けた。


「針路が大幅に変わっている点と、それを報告しなかった点について言うことはあるか?」


 ディードは表情を変えず、両手は舵輪を握ったままだ。


「艦長に報告するまでも無い些事であると判断しました」


「今回は、いつもとは違う任務を与えられている。それが最優先だ」


「しかし、獲物が目の前にいるならば襲えとも命令書には明記してあります」


 ナナミがディードの正面に立つ。


「ならば猶更航路の変更はキャンセルだ。このままいけば確かに商船と遭遇する可能性の高い航路だが、どの道ダンセルの連中の目の届く所だ。リスクが高すぎる。本来の任務に戻るのだ」


 ダンセルはアレキサンドル王国三海洋伯の一つで、強力な艦隊を持つ。その庭であるダンセル沖は、海賊船や密輸船の多いペガズの船が入り込む余地は当然少ないのである。


「艦長」


「何だ」


「もう限界なのです」


 ディードの目は真っすぐ前を見据えている。

 両者の視線は絡まない。


「何がだ」


「ワシらも、ワシらの家族も。明日の食い物にすら不自由する現状に、もう限界近いのです」


「それは……分かってはいるが。私も悪いとは思っている」


 ナナミはディードから目を離し、冬の太陽に照らされて白く曇る海面を見た。

 遠くで、何匹かの魚が海面から飛び上がった。

 イルカか何かに追われたのだろう、とナナミは意識の隅でそんな事を考えた。

 魚の群れは、動きの鈍い個体を犠牲にして生き残ると言う。

 宙を舞う彼らの内、どれだけが逃れられるのであろうか。


「当然、政府に居る兄上たちも大きな作戦を考えている。この任務もその一環だ。だからもう少し耐えるのだ」


「全員」


「全員?」


「投票を行い、全員がワシの考えに同意しました。だから、このまま定針です。艦長」


 反逆か。


 そう言いたくなるのをナナミは飲み込んだ。

 ディードは元々ランプリー家の家人で、言わば船乗りになった自分のお守としてこの船に乗ったのだ。


 実際、ペガズの状況は過去最悪だった。

 魔物が徘徊する魔界と言うエリアが自領を侵食し、もう殆どの耕地が失われていた。魔物を討伐すれば、貨幣代わりとしても流通している魔石と言う鉱物を得ることができるものの、魔物の数が多すぎて戦線の維持すらできていないのだ。

 流刑地であり無法者も多いゴルゴンの地には、魔石目当てに冒険者がやってくることも余りない。住民自身で防衛から何からしないといけないのである。悪い事に、基本的に他の大陸の国はゴルゴンの住民とは接点を持ちたがらないのだ。救いの手は見つからない。見捨てられた土地なのであった。


 ならば、生き残るために出来る事はそう多くはない。

 ディードが絞り出すように言った。


「艦長が悪いのではありません」


「だといいがな」


 精一杯の皮肉を言い、ナナミは溜息をついた。

 事実上のクーデター。

 ならば自分はもう艦長室かキャビンにでもいる他ない。

 その資格位はまだあるだろう。

 カイムと会話して時間を潰すとしようか?

 いや。

 ナナミは首を振った。

 愚痴を零してしまいそうだ。

 彼をこの件に巻き込みたくは無かった。

 ナナミは力なくそこを離れたのであった。



第六話、了。


帆船の各部名称についての参考文献は主に

舵社 海洋文庫18 帆船 艤装と歴史編 杉浦昭典 著

ISBN-8072-2118-3

です。


帆船の出て来る文献を調べたりすると必ず杉浦先生の著書にぶつかります。

これについては、もう殆ど唯一無二と言っていい程の良資料ですね。

ボライソーシリーズを読んだりする時には、この本をそばに置いておくとなお楽しく読める事と思います。

某所では、中古での購入価格が一年半前より十倍近くも上がっているようですが……ナンデ!?

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート