黒い翼をもつメイドは、あっという間にかなりの高度まで一気に上昇すると、今度は水平飛行に移行した。
カナロアはあっという間に遠ざかり、小さな点となって消えていった。
真冬の空中だと言うのに、甲板上よりも寒くならないのは、何か魔法でも使っているのだろうか。
耳元で囁くようにカルラが話しかけてきた。
「無意味な殺生を止めた賢明なご判断、このカルラ感謝いたします」
「選択肢はなかった。お前は強いのだろう? もしや、魔王と言う存在なのか?」
「魔王ではありません。この世界において、魔王と呼ばれる存在は確かに居りますが、カイム様の考えておられる魔王とは少々違うかもしれません。しかし力量においては、このカルラはそれ以上でございますので……。とは言え、必要な時以外にはその力を振るうつもりはありません」
「そうか。そうあって欲しいがな」
ナナミと引き離されて落ち込んでいた俺の心は現金な物で、魔王と聞いてワクワクし始めてしまった。
この世界には魔王がいる!
カルラが魔王よりも強いかどうかは置いておいて、面白くなってきた。
魔王退治とかあるのかな?
となると勇者なんかも存在するのではないか?
「美人女勇者達と行く魔王退治の旅」なんてのも良いよな。待て待て、それならあのメインストーリー選択の時に「魔王云々」のシナリオを選ばなければいけなかったのかな? いやいや、女勇者が「ガール」なら「ボーイミーツガール」だから問題無しだよな!?
状況を忘れて妄想にふける俺にカルラが質問した。
「所で、どうしてカイム様はその様な堅苦しい言葉遣いをなされているのですか?」
「む?」
どうしてって言われても……。
ルーレット外したんだ、これでもマシな方なんだ、と言って分かるだろうか……。
「どうも運が悪かったらしいのだが……」
「あ、もしかして口調ルーレットがもう実装されてました?」
「……え?」
「え?」
耳を疑った。ルーレット? 実装?
何故こいつはそんな事を知っているのか?
「今、ルーレットを実装と言ったのか?」
「あ、いいえ、何でもありません。それはちょっとしたビョーキです。きっと治ります」
カルラは誤魔化すように、俺を抱いている腕に力を込めた。
あの巨乳が背中にくまなくくっつき、柔らかくてあったかくてヤバいどうしよう。
「少々……背中に当たりすぎている様に思うのだが?」
「それはもう、押し付けておりますので。おや、反応しだしましたか?」
いや、反応ってなんだよ!?
……してるけどさ。
おっぱい気持ちいいんだもん。
ナンだか良い匂いするしさ。
童貞にはきつすぎる刺激だよ?
「何でしたら、背中に乗られますか?」
「背中か。その方がいいかもしれん」
「まあ、バックの方がお好きですのね?」
「やめてくれ……」
クールでおっかない黒メイドだと思ったら、どうも下ネタ大好きメイドだったらしい。
勘弁して……。
そんな夜空のランデブー。
海岸線沿いを北上し続けた。
そこそこ高空を飛んでいるので流石に寒くなってきた。
背中はおっぱいで暖かいし、やはりある程度の風は魔法か何かで防いでくれているみたいだけど。
「さて、もう直ぐパメラ様のいらっしゃる港町バーリンに到着いたします」
「その、パメラと言うのはどういう人物だ? 大人物か? ラスボスか?」
「そうですね……ご本人からお伝えするのが筋なのですが、私からネタバレさせていただきますね」
「ネタバレしちゃうの!?」
あ、ツっこめた。
カルラが続けた。
「カイムさまの前々生の……奥方様でございます」
「奥方……だと?」
む、口調が一瞬で元に戻った。もしかして、突っ込む時だけ戻るとか?
結構それって変な人じゃないだろうか?
どうせなら、全部元に戻るかハードボイルド一本に絞るかどっちかがいい様な気がするのだけど。
突っ込みは習慣なんで、止められるモノではないしなぁ。
いや、そんな事はどっちかと言うとどうでもいい。
それより……奥方様だとぉ? 全然覚えてないけど?
前々生のって何時の話よ。
って事は、俺、昔この世界に居たんだ?
もしかして、銃撃の効果が高かったのって、スキルを使い慣れているせい?
「む? 待て。前々世の俺の奥方などと……。その女の年はいくつになるのだ? もしや、老婆ではあるまいな?」
「おや、また口調が戻られましたか。一瞬だけでしたか……。もっと私がボケてカイム様が突っ込みを入れれば、もしかしたらご病気が快癒するのかもしれませんね」
「いや……全く治る気がしないのだが?」
「さて、お話は戻ります」
「サラリと流しやがった!?」
「パメラ様は現在アイデン海洋伯の末娘として生活されております。お年は花も恥じらう二十歳。海エルフという種族ですので、肉体年齢は人間で言うとその半分程度です。ロリロリです。エルフという種族はご存知ですよね?」
「ああ、一応はな。耳が長くて魔法に長けている長寿な種族だろう?」
「その通りです。そしてパメラ様もカイム様と同じく転生を繰り返されているのです」
と言うことは、この世界で俺は約三十年前に死に、地球に転生。先日また改めてこちらに転生したのだな。そしてパメラは二十年前に死んで、直ぐにこの同じ世界に転生し直したと言う事になるな。
「まるでゲームかラノベの話の様だな。む、済まん、カルラはその様な俺の世界でのサブカルチャーについてなど、知りはしないか」
「ああ、いえ、そういう存在は存じておりますし、ライトノベルについては私もよく読んでおります。この世界にも、カイム様の居た地球と言う惑星と似たような小説が流通しているのです」
「マジか」
「マジです。そもそも、ここのスキルシステム等は、あー、いわゆる運営神がその地球のゲームやラノベ等に嵌った結果、過去に遡ってまでマルアクティに導入したものですから」
「随分むちゃくちゃしていらっしゃる!」
「はい。アホですから」
「カルラはそいつと知り合いなのだな……。そう言えば、俺の称号に『世界運営神の加護(特)』等というモノが有るのだが、その運営神と関係あるか?」
「はい、ございます。呪……いえ、祝福ですね」
「今なんて!?」
「問題ありません。字も似ておりますし、人を呪わば穴二つとも言うではありませんか。さあ、見えて参りました。あそこがアレキサンドル王国アイデン海洋伯領首都バーリンです。」
何だか酷く雑な誤魔化され方をされた気がするけど、高空からの絶景にどうでも良くなった。
星の光が降り注いでいる。海面はそれをわずかに反射して、遠くにいる蛍の群に見えなくもない。所々海面が明るくなっているのは、イカ釣り船でもいるのではないか。反対に大地は暗黒に包まれている。
その暗黒と海面の狭間に、明かりが集まっている場所がある。
ちょっと栄えている地方の港町という表現がぴったりだ。
風を斬り高度を下げるカルラ。やがて羽音をさせつつ、町から少し離れた城の玄関先へと降り立った。
空の縁が明るくなってきた。
星々は一斉に逃げ始め、景色に色が戻り始めた。
城……だと思う。
町も城壁に囲まれているのだが、それが少し標高の高い所にあるこの城にも繋がっているのだ。
水を湛えた堀もあるし、中に聳える屋敷だって石造りである。ちょっとした山城とは言えよう。ただ、巨大ではない。大きくはあるが、ヨーロッパの良く知られた城や宮殿ほどには大きくはない。
素人目にも実戦的だなという印象は受ける。
やけに目立つ高い塔は見張り台だろうし、それが三つもある。あの上に上れば、港は眼下に見下ろせるだろうし、相当沖合いまで目が届くに違いない。やはり、戦争や海賊の襲撃の多い地域なのではないか。
「どうぞ、足元にお気をつけくださいませ」
いつの間にか翼をどこかに仕舞ったカルラが、スッと礼をしてから先導を始めた。城門には守衛がいたが、玄関にもいる。カルラは顔パスに違いない。そうでもないと厄介ごとが起こりそうだしな。
さっき海洋伯と言うカナロアでも聞いた言葉を聞いたが、辺境伯みたいなものだろうか。だとすると、ここは相当身分が上な貴族の居城だ。
確かイギリスでは、公・侯・伯・子・男だよな? 嘗ての日本もそうか。そして、辺境伯は伯爵の少し上の立場じゃなかったか。
俺はナナミのセーターや海賊たちからもらった服を見下ろした。
カルラがその仕草に気が付き言った。
「ああ、お気になさらずに、どうぞ。相応しいお着替えは用意させます……お代は後程ということに」
「金……いやなんでもない」
「普通ならサービスと言った所なのですけどね。何せ、ここはケチと名高いエシュグロク家ですので」
「ケチなのか」
「ええ、贔屓目に見てもケチです。まあ、そう悪いことでもありません。お金の価値を知っているとも申せますので。その辺の、地位に奢ってふんぞり返る貴族共とはわけが違います。それに、カイム様もタダで施しを受けるのに慣れてしまっては後々良いことでは無いのではありませんか?」
「ふむ、そういうものか」
そんなやり取りの後、カルラは立派な扉の前に立った。
ガンガン。
明け方にしては遠慮の無いノックが廊下に響いた。
「どうぞ」
そう言って扉を開けたのは部屋の主ではなく、カルラ自身だ。
やたらフリーダムなメイドである。
そもそも、翼があって飛べるとか、堕天使だとかの異名があること自体、もう異常なんだけど。そんなカルラを従える主人とは一体。
部屋が急に明るくなった。天井の照明がついたのだ。白昼色のLEDライトのように見えるが、まさか電気は通ってはいまい。これもカナロアのキャビンにあったカンテラと同じ仕組みだろうか。つまり、マジックアイテムだ。
暖炉には火が入っている上に、他にも暖房器具があるのか、寒々しい廊下とは打って変わってむしろ熱い位の室温だった。
天がい付きの豪華なベッドの横にカルラは立っていた。無造作に布団をめくり、俺に向けて手招いている。
部屋の内装は質素だが、ベッドはどう見ても女性用だ。
良いのだろうか?
カルラの手招きが強さを増す。
「良いからおいでなさい」
と心中強く言っているに違いない。
ただ口にしていないだけだ。
堕天使様に逆らうのも憚られるので、恐る恐るベッドに近寄ると……いた。
まず見えたのは宝石のように美しい髪。
「アイデン海洋伯御当主のご息女パメラ・ベルナーク・エシュグロク様です。お美しい寝顔ですよね」
とんでもない初対面もあったものだ。
聞いていた通り、パメラの見た目は今の俺よりかなり下だ。
確かに、アイドルかモデルか、それ以上に美しい。
しかし、中の人は年寄りとは言え、一応女の子の寝室に押し入って寝顔御開帳からの初対面をさせるとか、カルラはきれいな顔してヒトデナシなのか無神経なのか……ああ、堕天使だって言われてたっけ。現世じゃあ、堕天使ってつまり悪魔だもんな。
俺もカルラにならってパメラの上からのぞき込んだ。
結構アレな寝顔と寝相に、思わず笑みがこぼれてしまう。
あーあ。ベットリとよだれが…。
っ。あ、起きた。
袖でよだれを拭いてこっち見て。
ああっ!
カルラがいつのまにか部屋の入り口で畏まっていやがる!
やっぱ悪魔だ!?
「ぎ」
「ぎ?」
「ギヤース!!!」
叫び声が響いたのであった。
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