ノベリズム様では初めまして! 九路守 悠と申します。 ノベリズム大賞の賞金に釣られて頑張りました(直球)。コミカライズも楽しみですね!(妄想中) 皆さまどうぞよろしくお願いいたします。
黒いロングドレスを着た妖艶な女が、長い黒髪を振り乱して哄笑している。
人形のような美しい顔が、狂気に歪む。
右手に奇妙な形をした剣を、左手には切り取られた少女の首を持ち、笑っていた。
俺は力と熱を失いつつある自分の身体を叱咤し、手を伸ばした。
それは。
その首は……。
首の切断面からは思いの外の量の液体が滴り落ち、ドレスや足元をべっとりと汚している。
女は気にする様子が無い。
「やめ……ろ!」
俺の懇願は誰にも届かない。
闇が周りから覆いかぶさり、全てを塗りつぶした。
「ハッ!?」
俺はガバッと跳び起きた。
とても悪い夢を見ていた気がする。
……思い出せないけど。
この、身体の芯にこびりつくような罪悪感と無力感は何だろう。
それに、頭痛。
いつの間にか、上下共に見覚えのない白い服……病院で着るような服を着ている。
一体どうなっているのか。
「ぴろりん」
電子音が響いた。
見回すと、周囲は真っ白な世界だった。
まるで精神と時のなんちゃらみたいな感じだ。
床はリノリウムの様に滑らかで硬い。
天も、地の果ても、何も見えない白い空間。
一つだけ、コンビニのマルチメディア端末にそっくりの物体がぽつんと立っている。
電子音のメロディがそこから流れ出した。
他には全く音が無い静寂の中で、どこか空々しさを感じさせる。
立ち上がってその画面をのぞき込むと、上から順に
「誰でもできる転生ナビ」
「こんにちは『末野海夢』様」
「ようこそ『マルアクティ』へ」
「進む」
と書いてある。
余白にはドット絵風の女の子のキャラが居た。
なんとも言えぬ古臭さの残るインターフェースだが、何だコレ?
画面の端にはもう一つ「よくあるご質問」という文字が有るので、タップしてみた。
Q「転生と言うことは、自分は死んだのですか?」
A「はい。ご愁傷さまです」
Q「ここは何処ですか」
A「異世界への転生を司る機能を持つ場所です」
Q「転生しなければいけませんか」
A「はい。つべこべ言わずに進むを押してくださいね」
問答は以上のたった三つだった。
これこそ問答無用と言うものだろう。
っていうか、俺は死んだのか……?
急に強まる頭痛と、蘇る記憶。
そう言えば、川縁の遊歩道でジョギングしていたら、子供が流されているのを見つけて……。
どうしたんだっけ?
冬の真っただ中でクッソ寒かったよな。近くにいた人に声かけて、飛び込んで……。
それはついさっきだった筈なのに、もう遠い昔に起こった様な記憶の色。
ダメだ。
どうなったのか覚えてない。
ん……? 日付さえ覚えていない?
正月は過ぎてたよな?
……それにしても頭が痛い。
あの子供が助かってれば良いけどな。
俺は無駄死にしたかな?
アラサー童貞非モテ男、冬の川に沈む。
おしまい。ちゃんちゃん!
両親に先立つことになっちまったし、少ない友人たちにも挨拶したかったけどな。
まだ見ぬ将来の俺の彼女、奥さん、一目見たかったわあ。
お淑やかで甘やかせてくれる可愛いちょっと年下の女の子。
おっぱいも大きくてバブみを感じさせてくれるのならもうサイコー!
……うう。
ま、仕方ないよな。
俺は端末の画面に手を伸ばし、
「みんな、ゴメン」
と呟いてから「進む」を押した。
「LV3-176-562231」
味わいも何も無い英数字の羅列。
前半の「LV3-176」は、「創造神」に当る存在が「この世界」に名付けた正式名称だ。その世界のある星系の主星が「562231」である。そして、ほぼ太陽と相似した恒星である「562231」のハビタブルゾーンを巡る一つの惑星があった。
惑星としての規模や特徴が地球に近いこの星は、住んでいる者達からは「マルアクティ」と呼ばれている。
なお、主星の「562231」は、奇しくもマルアクティの住人達により、地球と同じく「太陽」と言う名を付けられている。更にマルアクティは、「月」と呼ばれる大きな衛星すら備えているのだ。ただし、この「月」は、地球の相棒よりも若干赤みがかって見える。
マルアクティには、地球におけるユーラシア大陸のような巨大な陸塊が存在せず、最も大きな「ビルキット大陸」の主要部でも、南アメリカ大陸程度の大きさしかない。
そのビルキット大陸はマルアクティの中では最も人口が多い。
大陸に存在する豊かな地域の殆どは「アレクサンドル王国」という封建制の国家が支配しており、今回の物語の主な舞台となるビルキット大陸西部沿岸に存在する「海洋伯三国」も、アレキサンドル王国の一部である。
ビルキット大陸の西方には、差し渡し500キロメートル程の「チュルチ海峡」を挟んで、「魔界」の広がる「ゴルゴン大陸」がある。その距離感を地球で言うと、日本なら東京~徳島が約500キロメートル、鹿児島から那覇間が約660キロメートル。かつてバルバリア海賊が跋扈していた地中海では、チュニス~ナポリ間が約560キロメートルである。
古来より、そのゴルゴン大陸より強力な魔物が飛来したり、泳ぎ着いたり、または魔界周辺域に住み着いた犯罪者らが海賊行為を働く為にビルキット大陸沿岸部迄船でやってきたりしていた。そこで100年ほど前に、荒れ果てた沿岸の防衛を強化すべく、王国は幾つかの海洋伯を創設したのだった。
今ではゴルゴン大陸の魔界もある程度活動が沈静化し、現存する三つの海洋伯家には、たまに出没する海賊を追い払う程度の仕事しかないのだが、それでも海上交通が大きな意味を持つアレキサンドル王国を中心とした巨大経済圏の中で、その海軍力は無くてはならない存在だった。
大陸西岸に沿って南北に点在する海洋伯三国の内、最も北に位置する「アイデン海洋伯」。
本拠地の海洋都市「バーリン」の港を見下ろす位置に、アイデン海洋伯「エシュグロク家」の屋敷があった。
石造りの屋敷は大きいとまでは言えなかったが、大陸各地の石材なども使った豪華な作りで、なおかつ堀すらも備えており、「船が城」と称する彼らにとって、陸上における唯一の防衛拠点とも言える場所だ。
その屋敷の一室。
一人の美しい少女が机に向かい、書類と睨めっこをしては、やがて渋い顔をしながら判子を押す作業を続けている。
名を「パメラ・ベルナーク・エシュグロク」という。
ラピスラズリを溶かし込んだかのような深い碧を湛えた瞳。
纏っている白いドレスに良く映える、腰まで伸びる艶やかな髪の毛も同じ色だ。
そして耳は長く伸び、細く尖る。
彼女は、マルアクティでも希少な「海エルフ」の一族である。
アイデン海洋伯当主「アルバコア・ベルナーク・エシュグロク」は海エルフの一族であり、パメラはその当主の末娘だ。
年齢は二十歳の手前。
だが、エルフの一族は肉体の成長が遅い。パメラも例外ではなく、人間でいえば十歳を越えた程度の容姿に見えるのである。
パメラがすっと手を伸ばし、白磁のティーカップを手に取り、残っていた紅茶を飲み干した。
茶はここから南西にある「モスタル大陸」の特産だ。アレキサンドル王国内でも多少は生産されているのだが、質も量もモスタル産には敵わない。王国の上流階級と金持ちと、その習慣を見習いたい人達が大量消費するので、アイデンが取り扱う商品としては金額的に大きなウエイトを占める。海洋伯自身、「ティーセイル」と呼ばれる茶葉輸送専用の交易船すら有している。
空になったカップを、黒いメイド服を纏ったメイドが下げ、新たにカップを置いて紅茶を注いだ。
「済まぬな、カルラ」
「いえ」
カルラと呼ばれたメイドは軽く頭を下げた。
若干癖のある黒髪のポニーテールがふわりと揺れた。
ついでにメイド服に包まれた巨乳もたゆんと揺れた。
三十歳前後の成熟した非常にメリハリのついた身体を持つ女性である。
女ざかりの色気溢れる体つきとは逆に、顔にはほとんど表情が無く、大理石に刻まれているかのように整っている。
本人は「堕天使」と称しているのだが、屋敷の主である海洋伯アルバコアですら「カルラ・セロ」という名が本当にメイドの名であるのか、伝説の中でしか確認できない堕天使であるのか、分からない。本人が詳しい事を言わない上に、身元調査の為の鑑定魔法を幾度となく抵抗してしまったからだ。
カルラは、パメラが生まれた直後にやってきて、誰にも有無を言わせずに自らパメラ専属のメイドとなったのだった。
何よりパメラには忠実であったし、日常の仕事も護衛の仕事すらも超一流だったので、今では誰も何も言わない。
ガランとした雰囲気の大きな部屋に、居るのはその二人だけだ。
紙と紙の擦れる音と、パタン、という判子の音がリズムを成して響く。
暖炉には火が点されており時折パチリと薪が爆ぜる。机の下にも魔法道具の暖房が入っているので、今年一番の寒い日ではあるものの、パメラの手足が凍えることは無かった。
ふと、パメラが顔を書類から上げ、天井の一角を見つめた。
遥か遠くまで意識が飛んで行ってしまったようなパメラを、カルラがとがめた。
「どうなさいましたか、パメラ様。手が止まっておりますよ?」
カルラは容赦がない。
現在、パメラは多忙である海洋伯の行うべき業務の一部を代理として受け持っている。
エシュグロク家は、海洋伯としての海軍の運用もしているのだが、何よりもこの海域きっての大商人でもあるのだ。
その仕事の多さは当主だけでは捌き切れず、パメラの兄達もさることながら、末娘であるパメラですら既に一部を任されている。更にもうじき誕生日を迎える二十歳を超えると、資本と船を渡されて、自らの商会を立ち上げて運営していかないといけない。時にはパメラ本人も船に乗る事があるだろう。
かつてのイタリア、ヴェネチアの貴族の様に。
商売がうまくいかず破産するかもしれない。
船が難破し、海の藻屑と化すかもしれない。
女であろうと関係ない。それがエシュグロク家の家法なのだ。
だが、パメラはたまに父やカルラの目から逃れて屋敷を抜け出しては遊んでいる。
今日はカルラの厳しい監視の下、溜まった仕事が終わるまで缶詰なのだ。
パメラは天井から視線を移し、今度はカルラを見つめた。
書類を弄っている時のような澱んだ目ではなく、キラキラ輝く瞳で。
「いや、驚いておったのじゃよ! おい、カルラ。あのバカこっちに戻って来おった!」
初めて、カルラの表情が僅かに動いた。
「あのお方がですか? ふむ……。しかし、それはまた随分とお早い……」
「ふん、病ではないじゃろうが……奴の事じゃ。どうせ間抜けにも事故に巻き込まれたか、他人の厄介ごとに要らぬお節介を焼いたのじゃろうて。まあ、早いな。確かに早過ぎるわ。……まだ三十年も経っておらん。向こうの人間の寿命を考えても、少なくとも、もう三四十年先かと思って居ったがのう」
パメラは「むふ」と顔を緩めた。
「お陰で幼い身体のままではあるがな。早く会いたいのう。我慢できん」
カルラがパメラの幼く控えめな身体をジロジロ眺めた。
「確かに、あのお方が向こうで妙な性癖に染まっていさえしなければ、男女の営みを致すにはまだ早うございますね。我慢しないとあのお方に要らぬ噂が立ちますからね」
パメラが目を剥いて立ち上がった。パン、と机をたたく。
「カルラ、お主、いちいちそっちに話を持っていくのはやめよ!?」
思わず声を上げるパメラを尻目に、カルラが首を傾げた。
「はあ、そういう事では無いのですか? それでしたら私が彼の身柄を頂いても……?」
「そっ!? いい訳なかろう!?」
「パメラ様のお身体が成長なさるまで、私が彼のお相手を務めさせていただきますから」
「いやいや、やめてくれぬか? お願いじゃ!」
「しゃぶり尽くした後のお古をお楽しみください」
「おおお、お古って!? しゃぶっちゃイヤじゃぁぁ!」
頭を抱えて涙目になったパメラに、カルラが首を振った。
「致し方ありませんね。我慢いたします。あのお方はもうこちらに?」
「まだじゃ。転生の間におる」
「では、こちらに来たら私が迎えに参りましょう」
「そうじゃのう……頼む。近くであればよいが、さて、どうしたものかの? その辺も個別に調整できるようにしておくべきじゃったわな。しかし、ああ、待ち遠しいのう」
パメラの口元は緩みっぱなしであった。
「手が止まっておりますよ」
カルラが冷ややかに言った。
第一話、了。
首ぃ! 首よこせ~!
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