夢を見たのは俺だけか。

俺はまだ、夢を恨んじゃいない。
イマヤイト
イマヤイト

6_光の午後@1

公開日時: 2020年10月6日(火) 09:27
文字数:2,537



「おー。凄く沢山楽器があるんだね」


「そりゃ、楽器屋だからな」


 

 結局、米仲と僕を引き合わせてくれたのは大通りの赤信号だった。ロックを信条にしている米仲も法令は遵守じゅんしゅするらしい。


 ただ、この時間帯の大学脇の道路は車通りがほとんどなく、信号無視を実行する若者も多数いた。普段の僕もその不届き者の一人だ。



「悪いことをしない」をポリシーとしている僕ですら渡ってしまうスカスカの横断歩道を前に、常識破りというか常識知らずの米仲が、待て、を命じられた忠犬の如く動かずにいるのが意外だった。


 何で待ってくれないんだよ、とこぼすはずだった愚痴の代わりに、何で止まっているんだよ、という質問が口をついて出た。



「信号だって無視されちゃ可哀想だろ? 無視されるのは慣れてるが痛くないわけじゃないからな」


 米仲は淡々とした口調で答える。


 僕は何も言わず、米仲のこれまでにちょっと思いをせた。




 □




 米仲オススメの楽器屋

「押忍!   奏でろ! 楽器団」

 は古びたビルの一階で営業していた。

 この店がチェーン店なのか個人経営なのかは、楽器屋に疎い僕にはわからない。



 外観よりも奥行きがある店内。その壁にはギターやベースがはりつけにされ

 床上にはドラムセットやキーボードが並べられ、ショーケースの中では管楽器が偉そうに居座っていた。


 僕達はまずギターエリアへ向かった。







「どれも高くない? それともこれが相場なの?」


 ギターエリアをざっと見ただけでも、一本五万円以上するものばかりだった。財布には口座から下ろした十万円が入っている。


 幼き頃から没収され続けたお年玉やお盆の小遣い、おばあちゃんからのほどこしが詰まった口座だ。


 一人暮らしを機に母親から通帳を渡された。喜々としてページを開くと、そこには三十万円の残高があった。顔は笑顔を保ったまま、脳内で、家賃が五万だから六か月分かぁ、と、ひどく現実的な試算をしたことを覚えている。今回金を下ろしたことで残高が七万円になった。


 なに? それだと計算が合わないって?


 それは僕も知っている。だが、どこに使ったのかは覚えていない。マジで覚えてない。生活していたら減っていた。

 使ったら減るなんて理不尽すぎる。僕の諭吉さん達は何処に消えた? 誰でもいいから返してくれ。



「分からんが、そうなんじゃねぇか?」


 米仲はギターに付けられた値札をつかみ、難しい顔をしながら答える。


「分からんて、米仲君は音楽に詳しくないの?」


「おう。ずぶの素人だ。でも、これから凄くなる予定だ。あと君づけはいらない」


 僕はその発言に衝撃を受けていた。ギターの価格以上の衝撃だ。君づけを拒否したことじゃない。それは拒否されると薄々思っていた。



 僕が驚いたのは、米仲が音楽に関して

『ずぶ』の素人だと言うことだ。




「素人なのにあんなに自信満々に勧誘を?」


 僕の質問に米仲はやっとこちらを向いた。


「音楽は素人でも勧誘には慣れてるからな。それに」


「それに?」


「断られるのにはもっと慣れてる」


 少し寂しげな表情に見えたのは気のせいだろうか。


「じゃあ、この楽器屋がオススメだっていうのは?」


「ネットにレビューが載っててな。それが高評価でな。先週初めてきたから、今回で二回目だな」


 僕は熱を測るように右手をおでこにあてる。




 乗る船を間違えたか?


 これはノアの箱舟じゃなくて泥船だったか?




「よし。俺はこれにするぜ」


 泥船の船長は茶色いギターを指差す。

 ギター先端のネジに似た部分から伸びるひもには、「六万円」という可愛くない数字が印字されていた。



「悟はどうする?」


「うーん、僕は」


 正直、どれも欲しくなかった。

 楽器なんて小学校のリコーダー以来演奏していないし、そのリコーダーも低音の「ド」が上手に出せず素っ頓狂な音色ばかり奏で、音楽の先生の手を焼かせた。


 そんな僕がリコーダーよりも遥かに難しいであろうギターを演奏できるわけがない。

 僕は作詞がしたいんだ。

 それに高い。







 やっぱり高い。



「米仲、悪いが僕は作詞がしたいんだ。だから楽器は他に出来る奴を集めよう」

 そう米仲に提案しよう。



「米仲、悪いが」


 言いかけて口が止まる。

 正確には止められた、だ。

 頭の中であるセリフがもう一度再生された。胸にも、頭にも来るセリフだ。



 それじゃあ駄目だよ。歌詞専門なんてプロじゃなきゃ許されないよ?



「どうかしたのか?」


「米仲、僕はこれにするよ!」


 そばにあったギターを指さす。黒色で、角ばってて、光沢こうたくがあって、先端に十二万円と書かれた値札が結ばれてる。



「やっぱり、こっちにするわ」



 その隣の茶色で、瓢箪ひょうたんの様にに本体下部が膨れていて、先端に五万円の値札が結ばれているギターへ指を移動させる。

 米仲と色がお揃いみたいになるのは気が進まなかったが、初心者にはこの値段が丁度いいだろう。



「悟、それは駄目だ」


 米仲が首を横に振る。


「どうしてダメなんだ?」



「それは、お前がベース担当だからだ」


 がしっと米仲に両肩をつかまれる。


「え、初耳なんだけど」


「もう決まったことなんだ」


「いや、いつ誰が決めたんだよ」


 愚問だ。さっきにでも米仲が決めたに決まっている。


「さっき、俺が決めた」


 やっぱり。


「だから、悟はあっちのベースコーナーから好きなのを選んできてくれ」


 米仲はギターコーナーの隣を指さす。そこにはギターと瓜二つの楽器が密集していた。


「ベースってギターと何が違うの?」


 素朴な疑問をぶつける。ベースという名称は知っているが、バンドにおける必要性はそこまで理解できていなかった。


 音楽活動を扱った漫画のベース担当の女の子が可愛かった。

 これが僕のベースに対する全知識だ。


「お前、そんなことも知らなかったのか」


 米仲は少々あきれた様子だった。


「いいか、ベースとギターは違うぞ」


「どこが違うの?」


 僕の問に、米仲はわずかに首を傾ける。そして傾けたまま答えを出す。


「ギターがやんちゃ坊主なら、ベースは大黒柱だ」







 ベースコーナーへでは数十本ものベースが専用のスタンドに立てられていた。そして見れば見るほど、ギターにそっくりだった。


「じゃあ、ひとつ選ぶよ」


 僕はベースを一本ずつ凝視する。本体ではなく、先端にくくりつけられた値札、その値段を。安くて良いものを、などは微塵みじんも考えていない。求めるのは安価、その一点に尽きる。


 自分がこの上なくいやしい存在に思えてきた。


 あ、五万円。




 これにしよう。


 









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