平日の午後二時、俺は病院に来ている。
何処か悪いのか
と言われれば頭を筆頭に心も体も悪い。
しかし、今日は診察を受けに来たんじゃない。友達に会いに来た。お見舞いの品もある。
我らが環律 大学から東へ徒歩十分、そこに可那病院はある。白く四角い豆腐みたいな外観の病棟が三棟起立している。
A病棟には内科、呼吸器外科等、B病棟は整形外科、脳神経外科等、C棟は入院、リハビリ治療等と役割分担されている。
総合受付のあるA病棟で面接手続きを済ませ、C病棟へ続く渡り廊下を歩く。すれ違う看護婦さんに何度か挨拶された。その中にあの人は居なかった。今日は休みなのか?
渡り廊下の先はC病棟の待ち合い所に繋がっている。A病棟B病棟の待ち合い所はいつ来てもござと線香の匂いに溢れているが、こちらはほぼ無人。
連なった椅子には滅菌された空気だけが座っており、鼻呼吸すれば注射や苦い薬といった嫌な思い出と共に病院特有の匂いが入り込む。
受付を担当している年季の入った看護婦の指示に従いこちらでも名前を記入。そしてエレベーターで五階へ。
C病棟の二階から六階は入院患者用の病室になっている。二階から四階までの病室は一室六人定員の相部屋、五階から六階の病室はうってかわって個室だ。
個室はベッドとテレビと棚が備え付けられているが手狭なんてことはもちろんなく、部屋には悠々とスペースがあり、ベッドから降りて数歩で到着する個室トイレも設けてある。
値段を調べたら、この部屋で三日過ごすと俺の城の一ヶ月の家賃を越える額になると分かった。俺が個室に入院したら費用が気が気がじゃなくて別な病気になりそうだ。目眩 がする現実だ。
□
エレベーターを降り、分岐を左折。扉の前に立ち服を叩き埃 を払う。形式的な行為だが、万全を期したい。出入口脇に設置されたアルコールで手を消毒し、五〇三室の扉をこんこんこんと三度叩く。
返事はないがこれでいい。
一拍待ち、引き戸を開ける。
「おにぃちゃん! 来てくれたんだ!」
ベッド上の小さな影は、バネのように上半身を起こした。
無邪気な反応が微笑ましい。お気に入りの水色のパジャマを今日も着ている。
「よお、久しぶりだな」
病室内は廊下にもまして空気が清潔で無機質だった。
病室奥の窓と並行になるようにベッドが横に置かれ、足側にはテレビが備えられている。部屋の隅にあった丸椅子をベッド脇に運び、座る。
「最近調子はどうだ?」
「フツーかな」
「フツーか」
「でも、お兄ちゃんが来てくれたから今は元気!」
生白い顔に笑顔が生まれる。生まれつきだろう、うっすら茶色がかった髪が揺れる。
「そうか、なら来た甲斐があった」
可那病院C病棟五○三号室ベッドの上、澄川 晴人の日常はほぼ全てそこで完結する。
始めて会った時、晴人は既に病人だった。
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