「面白いんじゃね?」
「じゃあオリジナルとかどうですか? アカペラもあります」
「それはいいかな。趣味だし」
こっちは本気だ。次。
「面白い歌詞だね」
「ありがとうございます。オリジナルとかどうですか? アカペラもあります」
「ごめん。僕らレゲエメインだから」
爽やかな容姿でレゲエ。ちょっと聴いてみたいです。次。
「面白い歌詞じゃん。オリジナル?」
「はい! そうです!」
「へー、なんてグループ?」
「いや、メンバーは現在募集中でして」
「へー頑張ってね」
目くらい合わせろ。次。
「面白い歌詞だけど、俺らはコピーメインだから。オリジナルって楽しいの?」
楽しいに決まってる。次。
「面白いんじゃない?」
「オリジナルいかがですか? よければアカペラも」
「歌詞はボーカルが決めるから」
あー。これは結構効いた。
辛くなってきた。
「面白いね。けど、俺達はオリジナルやらないからなぁ」
「そうですか……」
「バンド組んだら、君はボーカル?」
「いえ、違います」
「じゃあギターとかドラムが出来るの?」
「いや、これといって何も」
「君ね、それじゃあ駄目だよ。歌詞専門なんてプロじゃなきゃ許されないよ? いや、おい、泣くなよ!」
『うるせぇなぁどいつもこいつも! 何が『面白いね』だよ! ふざけんな! 面白かったら仲間に入れてくれてもいいじゃねぇか! 曲をつけてくれてもいいじゃねぇか!』
タタンっ、とエンターを二回叩く。完了と改行。
『面白いってあれか? 作詞しか出来ねぇ分際でバンドしようっていう僕が無様で笑えるってことか? どうせ今頃話のネタにでもしてるんだろ。『身の程知らずのアホが来た』って。何が身の程知らずだ。自分で自分を限っているお前らの方がよっぽどアホだ。そもそもコピーしかやんねぇって何だよ! それでもロックかよ! お上手なコピーよりも、こっ恥ずかしいオリジナルのがカッケーじゃねぇか。夢があるじゃねぇか』
エンターキーを力なく叩く。
「もっと夢を見ろよ……」
私立 環律大学五号館二階メディア室。広いフロアーの奥でパソコンに呪詛を打ち付ける目の赤い男。
それが現在の僕だ。
気分は底値を突き破り、マイナスの領域にまで落ちている。
今、自己啓発本を渡されたら、ページを濡らしながら一気に読破し、その内容全てを是とし、脳髄の隅々まで毒されるだろう。そして、翌日には燃えるゴミに出すだろう。
そのくらい弱っている。
机に置かれたコピー用紙を手に取り、印刷された自分の歌詞を読み返す。
今回の勧誘では聞かせる機会がなかったが、この歌詞には全て歌が付いている。
僕がアカペラで歌った。音源はスマホに保存されている。
録音の時間は楽しい。極限までナルシズムが高まり、世界がちっぽけに見える。この歌が人を救うと根拠なく断言できる。
だからこそ、無曲なのが惜しい。
歌詞という型は出来ているのに、曲という魂が欠如している。
それでは歌としての完成率は四割。四捨五入すれば零になる。そのことが恐怖でしかない。あと一割。歌を完成させるあと一割が遠いのだ。
一癖も二癖もある面白い歌が、自分の書いた思いが、土の中で腐敗する。自分だけのもので息絶えてしまう。
それだけは避けなければならない。
道化になってでも。
泥を舐めようとも。
現物の歌詞をまとめ、キーボードの脇に置く。
曲付けには至らなかったが、この歌詞は自分で読んでも、他人が読んでも「面白い」という結論に達した。
要するに、主観と客観での意見が一致したのだ。
このことから僕の書いた歌詞が面白いものである、ということが証明される。
ではなぜ、面白いはずの歌詞が採用されなかったのか?
答えは単純。あいつ等の面白いがお世辞だったから。
終了。はい、解散。
「お兄さん、それってシ?」
背後から突然声がした。声を出すことも忘れ、反射的に振り向く。椅子が動きに合わせ回る。
そこには一人の男が立っていた。
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