前回の集合から三日経った。今日は二回目の会議。場所は新宿のファミレス。平日の午前中から集まれるのは大学生か不労所得有りのボンボンかのどちらかだろう。
ショートカットが似合う女性店員に案内されボックス席へ腰を下ろす。前回の居酒屋同様、米仲と僕が並んで座り、その対面に斉藤らが着席する。それぞれが飲み物を注文し、一段落した。
「とりあえず、乾杯」
鈴木の掛声で会議の幕が上がった。コッとコップのぶつかる音がする。オレンジジュースで乾杯なんて高校の誕生日以来だ。
「全員バンド名考えてきたか?」
米仲の問いに皆が動き出した。
リュックを開くもの、ポケットを探るもの、財布を開くもの、しまう場所は人それぞれだ。僕はリュックのミニポケットを開き、四つ折りにしていた紙を取り出す。全員、白い紙をテーブルの前に置いた。
大きさは不揃いだが書いてあるものは同じ、魂込めて考えたバンド名候補だ。その情熱で記入した紙が灰になってもおかしくない、夢と若さにあふれた名前達だ。
「書いてきたみたいだな。誰から発表するよ?」
数秒経っても米仲に返答するものはなし。田中は目を伏せ、鈴木はさっきからストローでサイダーを吸っている。ここは僕がいくしかないか。初回で勝負を決めてやる。
「誰もおらんなら俺からいかしてもらおうかな」
僕の自主性を追い越し斉藤が名乗りを上げた。ここで張り合っても良かったが、思いとどまることにした。毒蛇は急がない。
「斉藤君からお願いします」
僕は得も知れぬ高揚感を持ちつつ発表を促す。伏せていた田中の目は斉藤の白紙に向けられ、鈴木はジュースの吸引をストップしている。ストローは咥えたままだ。
「俺のは、これだ!」
円滑少女帯
おぉー、と否定でも肯定でもない反応がテーブルを囲む。
なるほど。
意味の分からない名前だが語感は悪くない。風変わりでユニークな歌を歌いそうだ。バンド内で喧嘩しないように気を付けよう。
僕は好きだな。
「バンドが円滑に進むようにって願いを、シュールな組み合わせで表現してみた」
斉藤は唇を一度舐めた。円滑少女帯の文字を米仲がじっと見つめている。
「次は僕が」
そう言うと田中は一枚のルーズリーフを表にした
バンドオアチキン
ほほう。
言葉遊びのようで面白い名前だ。切ない歌を唄って特に中高生に人気が出そうなビジョンが見える。脅迫には気を付けよう。
僕は好きだな。
「深い意味はないけど面白いかなと思って」
田中は照れ臭そうに口角を上げている。
「俺はこれだな」
鈴木はそう言うと手のひら大の白紙をめくった。
クリーンデイ
ふむ。
英語のバンド名が続いたか。直訳するときれいな1日? 政治的な歌詞なのに幅広い層に受けそうだ。グラミー賞も夢じゃない。
僕は好きだな。
「海外のロックバンドから着想を得た」
鈴木はコップを持ち、ストローを吸う。やっぱり英語の名前がいいよね、と田中が鈴木に共感している。漢字百パーセントの斎藤は居心地が悪そうだ。
いよいよ僕の番だ。面白い話を披露する時の様に、ちょっとばかし緊張している。四つ折りにしていた紙を開く。
「僕はこれで勝負かな」
そして置いた。
るさんちバンド。
これが僕のとびっきりだ。
持たざる者が持ってる者へ、いけてない奴がイケてる奴へ抱く嫉妬、憤り、怨みなどの負の感情を指すことば「ルサンチマン」それをもじった。僕の創作活動の原点のひとつだ。
「なるほど~」
反応は可もなく不可もなく質問もなく。全員ルサンチマンの意味は知っているようだった。ピンポーンと店員の呼び出し音が聞こえた。
最後は米仲だ。彼の目の前には一度丸めたようなしゃくしゃにくたびれた紙が伏せている。
「あんま自信ないけど、これだ」
米仲は紙を捲る。
ツギハギロック
これは
これは
これはいいんじゃないか?
「俺らは知り合ったばっかりのバラバラなメンバーだけどよ、そんな奴等が力を合わせて一つを目指すことが重要な気がしてな」
米仲の言葉の後には無音しか残らなかった。けれど白けたわけではない。斉藤はしきりに頷いているし、田中はバンド名をじっと見つめている。鈴木はストローから口を離した。
ツギハギロック。いいと思う。
バンドの現状と未来を表している冴えた名前だ。
「僕はツギハギロックに一票かな」
米仲を見る。誉められるのは慣れてないのか、彼はぎこちなく顔をひきつらせた。多分はにかんだのだと思う。
俺も賛成や。
僕も。
俺も。
米仲の案は満場一致で可決された。早速、名は体を表した形だ。
これから五人、力を出しきってどこまでも行くんだ。どこまでも行けるんだ。ファーストシングルのジャケットはツギハギだらけのTシャツで決まりだ。
「よし、名前が決まったところで乾杯しよう」
鈴木の声にみなコップを持つ。
「それじゃあツギハギロックに、乾杯」
コッとコップのぶつかる音がした。
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