夢を見たのは俺だけか。

俺はまだ、夢を恨んじゃいない。
イマヤイト
イマヤイト

21_生牡蠣は僕のもの

公開日時: 2020年11月5日(木) 09:39
文字数:2,339

 

 集合時間は午後五時。場所は新宿の居酒屋「型女かたおんな」。

 現在時刻は四時五十五分。場所は新宿。


 目的地はどこだ、どこなんだ。



 □



「よお。髪切ったか?」

 大物司会者を思わせる台詞が久しぶりに聞く米仲の肉声だった。


 集合時刻を迎えたところで、僕は根を上げ米仲よねなか に電話をかけた。すると五分とかからず米仲がやって来た。水色のシャツに黒のダメージジーンズ、髪は相変わらずツンツンと尖っていた。

 僕は夏らしく空色の半袖に膝下まである半ズボンだ。



「切ってないよ。わざわざ迎えに来てもらってごめん」


「いいってことよ」


「ところで今日のメンバーってどんな人達なの?」


「会ってみてのお楽しみだな」


 などと話しているうちに型女へ到着した。雑居ビル二階、駅から徒歩二分。僕が彷徨さまよった三十分間は人生の無駄遣いだった。



 □



「真打ちつれてきたぜ」


 米仲に続いて個室の扉をくぐる。


「遅刻してしまいすみません」


 個室座敷には新メンバーとおぼしき人達が三人、部屋の奥に座っていた。


 向かって右から


 男

 男

 男。



 何だろう。この安心感と残念さは。



 米仲と並んで腰をおろし、飲み物がくるまでの気まずい時間を過ごす。誰もアルコールを注文しなかったところを見ると、全員未成年らしい。


 ならなんで居酒屋を集合場所に設定したんだろう。

 刺身を食べたかったとか?





「んじゃ、メンバーの五人にカンパーイ」


「かんぱーい」



 米仲の音頭で第一回メンバー会議が始まった。



「まずは自己紹介でもするか」


 米仲の仕切りに従いまずは米仲、次いで僕が簡単な自己紹介をした。大学で散々やったので手慣れたもんだった。


「じゃあ次は俺だな」


 さて、いよいよメンバーの番だ。向かって右端、金髪に黒い長袖を着ている。


高峰たかみね大学一年 斉藤さいとう ゆたか。楽器はドラム志望や。よろしく」


 拍手。次は真ん中。黒色の髪をセンターで分けている。白の半袖には英語が筆記体でかかれており読めない。でも、通常の書体でもきっと読めないのでなんら問題はなかった。



「僕は白鷺しらさぎ大学一年 田中たなか邦定くにさだ 。楽器はキーボードきぼ、やりたいです。よろしく」


 拍手、最後は茶髪にオレンジの半袖。



布川ぬのかわ大学一年 鈴木すずき 海冨かいと。ボーカルでマイマイクは二本。よろしく」


 ちょっと引っ掛かる箇所があったけど、一先ず拍手。案の定ベースは居なかった。


 注文していた刺身盛り合わせが届く。各々手を伸ばし刺身をつまむ。僕は一番枚数の多いマグロの赤身を食べた。味は普通で価格は割高。典型的な居酒屋メニューだ。

 黙々と刺身を口に運ぶ四人。




 気まずい。




「みんなは何でバンドに加入しようと思ったの?」


 沈黙に負けて尋ねていた。メンバーはさっきの挨拶の延長だと思ったのか、また右端に座る斉藤から口を開いた。



「前からバンドに興味あったんや」


「正直モテるって聞いたから」


「俺は歌う事もだが、人前で何かするってのが好きだからだな。さとるのきっかけは?」


 鈴木が問いを ね返してきた。


 予想していた質問だがどう答えよう。自分の詞を歌にしたいから、と正直に伝えるか。だが、それだと「是非実物を見せろ」と迫られる。それはそれでやぶさかではない。


 でもやはりバンドのメンバーといえども初対面で素っ裸になるのは怖い。いつかは見せるが取りあえず今じゃない。


 我ながらロックじゃないよなぁ。



「悟は自分の作詞を歌にするべくバンド結成に動いたんだ。こいつの書く歌詞はまぶいんだぜ。な?」


 米仲がポンっと僕の右肩を叩く。白い歯を浮かべていた。


 お前がぶっこむのかよ。



「う、うん。ありがとう」


 ロックな男は今日も僕の境界線をぴょんぴょん飛び超えていく。



「悟、作詞するんか」

 えらいねぇ、と続きそうな感心の声を斉藤が漏らす。他の二人も首を縦に振り斉藤の言葉に賛同している。



「実はそうなんだ。でも曲がついてるのは一曲もないんだよね」


 自嘲気味にお決まりのカッコ悪いセリフを吐く。何度言っても慣れない。


「海外旅行行ったんだ」と自慢する神無月君の旅行先がバンコクだった時の気まずさを思い出す。


 他意は無い。



「そうなのかぁ」


 斉藤がジンジャーエールを一口飲んだ。



 作詞の話題はそれで終わった。



 思ってたのと違う。安堵と物足りなさが渦を巻く。



「お待たせしましたー。生牡蠣でございます」


 女性店員の元気な声色と共に、生牡蠣が盛られた皿がテーブルの中央に置かれた。生牡蠣は全部で四個のみだったが、迷わず一つとった。 



 会議は盛り上がりを見せることなく約一時間、マグロと生牡蠣とイカとドリンク二杯で幕を閉じた。一人頭二千円弱を支払い、次の集合まで各人バンド名をひとつは考えてくることを約束し、解散した。


 生牡蠣は斎藤以外で完食した。彼は貝類が苦手らしい。



 □



 僕と米仲は新宿駅まで一緒に帰ることにした。夜の街は昼にも増しにぎやかで、お店に幾ら人が入ろうと路上から人は尽きない。



「どうだったよ。今日の顔合わせは?」


 頭の突起を研ぎながら米仲が聞いてきた。



「うーん。正直ちょっと不安かな。みんな音楽は好きと言ってたけどバンドに対する熱意があんまり感じられなかったし、創作というか表現が好きってわけでもなさそうだし、会話も盛り上がらなかったし」


「まぁ初めてなんてそんなもんだろ」


 鋭度に満足した米仲は頭から手を下ろし、こっちを向いた。



「全員初心者だからよ、手探りを楽しんでいこうぜ」


 米仲らしくない良識的な回答だった。


「まぁ、そうか。みんなにとっての初バンドだもんね」


「おうよ。バンドも楽器も全員赤ん坊。バンド名はベイビーズにするかな。それか赤ちゃん人間」


「伝説になるか即解散かの極端な結末しか待ってなさそう」


 先行きは不透明だが、やっと、やっと組めたバンドだ。そう思うとちょっと前向きな気持ちになれた。ルートはさっぱりだが、スタートは切れている。


「米仲、楽しもうな」


「うん」


 月のない空に新宿駅が煌々こうこう とそびえ立っていた。






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