「シズカ、大丈夫だっぺか……」
「だから……」
「分かっているっぺ、信じろだっぺ?」
「そうだ」
ティッペの言葉に俺は頷く。
「まあ、【憑依】は比較的戦闘向きなスキルではあるっぺが……」
「……魔王の居城には近づいているんだろうな?」
「ああ、それは間違いないっぺ!」
「それならいいのだが……」
「おらあっ!」
「む⁉」
砕けた大岩の破片がこちらに向かって勢いよく飛んできたので、俺は馬車を操作して、それをなんとかかわす。
「ちっ、かわしやがったか……まあ、それくらいでくたばっちゃあ面白くねえ……」
褐色の屈強な肉体に、コーンロウの髪型が印象的な男がゆっくりと近づいてくる。
「『エンヴィーのディオン』!」
「こないだは世話になったな、英雄気取り……」
「ちっ、やはり待ち伏せされているか……」
「ちっ、って、こっちが舌打ちしたい気分だぜ……」
「なに?」
俺は首を傾げる。ディオンが声を上げる。
「俺がゴブリンどもばっか従えてんのに、てめえは一体何人女侍らせてんだよ!」
「……は?」
「は?じゃねえよ! ムカつく野郎だな!」
「……別に侍らせているわけじゃない。互いに力を合わせているだけだ」
「そういう台詞が腹立つんだよ! 女どもはともかく、てめえはここで始末する!」
「やるしかないか……」
「栄光さま、お待ち下さい……ここは拙者にお任せを」
「青輪さん、しかし……」
「拙者を信じて下さい!」
「分かりました……無理はしないで下さい! はっ!」
俺は青輪さんを馬車から下ろし、先を急ぐ。ディオンが叫ぶ。
「逃がすと思ってんのか!」
「見苦しいにもほどがありますよ!」
「! ああん?」
ディオンの動きが止まる。俺たちはその場から離れることが出来た。
「ふっ……こんな見え透いた挑発に引っかかるとは……」
「ああっ! 英雄気取りを逃がしちまった! てめえは誰だよ!」
「拙者ですか?」
「他に誰がいんだよ!」
「拙者は栄光優さまのトップオタ! 青輪楽です!」
楽は笑みを浮かべる。
「あん? なんだそりゃ?」
ディオンが首を捻る。
「な、なんだそりゃって……」
「トップってことは……お前があいつの愛人一号ってことか」
「あ、愛人⁉ そんなふしだらな関係ではありません! い、いや、でも、栄光さまがお相手ならば……そういう爛れた関係もやぶさかではないというか……」
「……そんなわけはねえわな」
「はあっ⁉」
「チラッと見ただけだが、他にももっといい女がいそうだ、てめえは雑用かなんかだろう?」
「ざ、雑用⁉」
「見逃してやるから、俺の気が変わらない内にさっさと失せな……」
ディオンがしっしと手を振って、馬車が去った方に振り返る。
「ちょっと待ちなさい!」
「あん?」
「栄光さまの後は追わせません! 何故なら貴方はここで拙者に倒されるからです!」
「……笑えない冗談を言う女だぜ」
ディオンが再び楽の方に向き直る。
「冗談ではありません!」
「じゃあ、本気で俺を倒すつもりか?」
「無論です!」
「はっ!」
ディオンが大げさに両手を広げ、呆れた顔つきで空を見上げる。
「な、なんですか⁉」
「……俺はよ、馬鹿な女は嫌いじゃねえんだが、イカレた女はごめんだ」
「だ、誰がイカレた女ですか⁉」
「てめえだよ。それ以外にいねえだろうが。他の連中のスキルは一応目を通したが、てめえのスキルだけは意味不明だ」
「い、意味不明⁉」
「ああ、なんだかよくわからねえ……不気味と言ってもいいな」
「ぶ、不気味……」
「普通は様子見をするんだが、こちらにも時間がねえ……一気に終わらせる!」
ディオンのただでさえ太い腕と脚がさらに太くなる。楽が困惑する。
「【物理強化】スキル! だが、前もって確認した時より、筋肉量などがえぐいような……」
「よく見ているじゃねえか、前回不覚を取ってから、スキルに磨きをかけてきたからな!」
「な、なんと!」
「俺のパンチ一振りで、てめえの体中の骨がバキボキ折れてもおかしくねえんだぜ?」
ディオンがこれ見よがしに力こぶをつくる。楽がそれを見つめる。
「……」
「へっ、ビビって声も出ねえか……ん?」
楽がディオンの体を見ながら何やらブツブツと呟く。
「あの……、動きが……」
「おいおい……」
「……ある程度……、さらに……し……」
「おいおいおい……」
「そこに……ば、……可能性はある!」
「さっきからなにをブツブツと呟いてやがる! 可能性はある!だあ? 万に一つも可能性はねえよ! ここでぶっつぶされて終わりだ!」
「……やってみないと分かりません」
「言ってくれるじゃねえか! 後悔しても知らねえぞ! おらあっ! ……なに⁉」
ディオンの放つ大ぶりなパンチを楽はかわす。ディオンは戸惑う。
「あの巨体、動きがかなり鈍る」
「くそ!」
「攻撃パターンもある程度予測しやすい、さらにこちらに誘導して迎撃」
「だからそのブツブツ言うの、やめろ! 気持ち悪いな!」
ディオンが再び大ぶりなパンチを繰り出す。
「そこにこれをぶつければ!」
「うおっ⁉ なんだこれは? 金の玉⁉」
ディオンの拳に楽は大きな金の玉をぶつける。
「スキル【推し】からの派生した、金属製の玉、これをぶつければ勝てる可能性はある!」
「わ、わけのわからんことを言ってんじゃねえ!」
「【推し活】ならぬ【押し勝つ】!」
「ぐっ、ぐはあっ……」
金の玉による打撃をもろに喰らったディオンは仰向けに倒れ込む。
「オタク特有の『観察』からの『考察』……攻撃パターンが『分析』・『予想』できました。オタ活……どうしてなかなか馬鹿には出来ませんね」
膝を突いていた楽は笑いながらなんとか立ち上がる。
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