「ゾンビだと⁉」
ゾンビの集団が馬車の方に向かってくる。
「ど、どうしましょう⁉」
「慌てるな、天!」
俺が前に進み出る。ティッペが声を上げる。
「ス、スグル! 御者の恰好でどうするっぺ!」
「やりようはある……さ!」
「!」
俺は鞭を振り回し、ゾンビを叩く。鞭を喰らったゾンビは倒れる。
「……やったか?」
「……」
ゾンビたちがゆっくりと立ち上がる。
「き、効いていないか⁉」
ゾンビたちがゆっくりと前進を再開する。ロビンさんが悲鳴に近い声を上げる。
「うわっ! キモ!」
「鶯姉、なんとかしないと!」
「ええ、天さん!」
「は、はい! 【描写】!」
天が楽器とメガホンと衣装を出現させる。鶯さんが瑠璃さんたちに声をかける。
「行くわよ、二人とも!」
「ええ!」
「う、うん……!」
「アタシの演奏を……!」
「ウチの歌を聴きなさい!」
「ボクの踊りに酔っちゃいな!」
「………」
ゾンビたちはなにも反応しない。
「あ、あれ……?」
「どういうこと?」
「……死んでいるわけだから、揺さぶられるような感情も失っているんだろうな」
監督が冷静に呟く。
「そ、そんな……!」
「それじゃあ……」
「ボクたちのパフォーマンスは……」
「通用しないってことになるな」
「「「‼」」」
監督の言葉に鶯さんたちが愕然となる。天が慌てる。
「か、監督……!」
「ん?」
「ん?じゃなくて!」
「どうした?」
「も、もうちょっとオブラートに包んだ言い方を……!」
「NGはNGだってはっきり言わないとダメだろう」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
ゾンビたちが迫ってくる。ティッペが叫ぶ。
「スグル!」
「わ、分かっている!」
俺は鞭を思い切り振るう。ゾンビを倒すことは出来るが、決定打にはならない。あくまで一時的に歩みを止めているだけだ。ティッペが天を仰ぐ。
「ダ、ダメだっぺか!」
「ちっ……」
俺は舌打ちする。御者の姿でこれ以上の戦闘は無理だ。新たな姿にならなければならない。しかし、その為には元の姿にならなければならない。それにはまだ時間がかかる。
「ふふっ、これは結構なピンチだな……」
「か、監督笑っている場合ですか⁉」
「天さん、アニメ的にはかなり盛り上がってきたところだぞ、そりゃあ笑うだろう?」
「ア、アニメではなくて現実です!」
「どうやらそのようだな。よっと……」
監督が何かを取り出す。天が尋ねる。
「か、監督……なんですか、それは?」
「見りゃあ分かるだろう、酒瓶だ」
「さ、酒瓶⁉ こ、こんなときに⁉」
「ゾンビを見ながら酒を飲むってのも乙なもんだね……」
「や、やけくそにならないで下さい!」
「冗談だよ、天さん、あれを描け」
「あれ?」
「あれだよ……」
監督が天に耳打ちする。
「し、しかし⁉」
「油があるんだしあれもイケるだろう」
「…………」
「ほら、ゾンビが迫ってきているぞ」
「わ、分かりました! 【描写】!」
「⁉ そ、それは!」
俺は驚く。天が百円ライターを出現させたからだ。監督がライターを手に取る。
「まあ、これでも十分かな……」
「ど、どうするつもりですか⁉」
「こうするのさ……!」
「⁉」
監督が酒を口に含み、ライターを着火させる。そこに向かって酒を勢いよく吹きかけると、炎が発生し、ゾンビたちをあっという間に燃やしてしまう。
「ひ、火吹き……」
「初めてやったが……上手くいったな」
「……!」
ゾンビたちが倒れ込んで苦しそうにのたうち回る。
「火が苦手とはベタだな。お陰で助かったが……」
「……‼」
「悪く思わんでくれよ……」
監督がなおも苦しむゾンビたちに手を合わせる。俺が呟く。
「ここは異世界ですから、拝んでも意味がないと思いますよ」
「栄光くん、気持ちの問題だよ」
「はあ……」
「こ、このゾンビたちが輸送物資を奪っていたのでしょうか?」
天が首を傾げる。
「いや、違うっぺ……」
「やはりティッペ、これは……?」
「ああ、スキル持ちの転移者の仕業だっぺ……」
俺の問いにティッペは頷く。
「あ~あ、せっかくのおもちゃに何をしてくれてんのよ……」
「む!」
立ち込める煙の向こうから深いスリットの入ったロングドレスを着た小柄で切れ長の目をした少女がゆっくりと歩いてくる。ティッペが呟く。
「『ラースのモーグ』……」
「憤怒ってことか、スキルはなんだ?」
「大体察しがつくでしょ?」
モーグが指を鳴らす。土の中から、大柄な物体が姿を現す。
「なっ⁉」
「【死者蘇生】よ……」
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