「橙々木さん! 危ないから下がって!」
「そういうわけには参りません!」
「し、しかし!」
「それがしでもお役に立てるはずです!」
「!」
橙々木さんが紙に素早く絵を描き、それを掲げる。
「あ、現れろー!」
橙々木さんの掲げた紙が光ったかと思うと、重い手甲が俺の両手に装着される。
「こ、これは……⁉」
「鉄よりも硬い、ミスリルで出来た手甲です! それならばあのバリア的なものもきっとぶち破れるはず!」
「なっ……」
「テンのスキルが分かったっぺ!」
「えっ⁉」
ティッペの言葉に俺は振り返る。
「スキル【描写】! 描いたものを実際に写し出すことが出来るっぺ!」
「そ、そんなことが……」
「くっ……」
「向こうが回復しそうだっぺ!」
「おっと! そうはさせないわ!」
俺はローラたちに殴りかかる。
「なっ⁉」
先程は簡単に弾かれた拳が障壁にめり込む感覚を得る。
「おらっおらっ!」
「‼」
俺は両の拳で連撃を繰り出す。障壁にどんどんひびが入っていく。
「おらっ!」
「⁉」
俺の拳がついに障壁をぶち破る。俺は間髪入れず、右拳を振るう。
「おらあっ!」
「ぐはっ⁉」
俺の右拳がローラのみぞおちに入る。デボラが悲鳴に似た声を上げる。
「お姉様⁉」
「ご心配なく! 姉妹仲良く懲らしめてあげるわ!」
「はっ⁉」
「うらあっ!」
「ごはっ⁉」
俺の左拳がデボラのみぞおちに入る。
「ぐふっ……」
「ごふっ……」
ローラとデボラが力なく崩れ落ちる。
「はあ、はあ……ざっとこんなもんよ……」
俺も膝をついてうつ伏せに倒れる。
「スグル!」
「栄光さん!」
ティッペと橙々木さんが俺に近寄ってくる。その直後、俺は意識を失う。
「……うん?」
「……財産没収なんて生ぬるい!」
「むち打ちにすべきだ!」
姿が元に戻り、意識を取り戻した俺の目に飛び込んできたのは、ボロボロに傷ついたローラとデボラを取り囲む群衆の姿であった。
「みんな、落ち着け……」
中年男性が群衆を見回して静かに呟く。
「しかし、町長! 我々がどれだけ苦しい生活を強いられたか!」
「……気持ちは分かるが、暴力はいけない……」
中年男性が首を左右に振る。
「ですが!」
「凶暴な野良モンスターからこの町を何度も救ってくれたのは事実だ……」
「そ、それは……」
中年男性がローラたちに語りかける。
「……お二方、この町から速やかに退去して頂きたい」
「な、なにを……!」
「これが我々としての最大限の譲歩ということをご理解下さい」
「ちょ、調子に乗るのもいい加減に!」
「やめろ、デボラ……」
「お、お姉様……」
「行くぞ……」
ローラは立ち上がると、町の外に向かって歩き出す。
「く、屈辱ですわ、お姉様……」
デボラが唇を噛みながら、ローラの後に続く。俺がティッペに尋ねる。
「とどめを刺しておかなくていいのか?」
「……そんな力が残っているっぺか?」
「……残念ながら、今は無いな」
「それならば今はこの町から追い出しただけでも良しとするっぺ」
「そうだな……」
俺はゆっくりと半身を起こす。
「え、栄光さん、大丈夫ですか?」
橙々木さんが心配そうに声をかけてくる。
「いや、大丈夫です……」
俺は橙々木さんを見つめる。
「な、なんですか?」
「お陰で助かりました。ありがとうございます」
「い、いえ、恩返しですから気にしないで下さい」
「恩返し?」
俺は首を傾げる。橙々木さんは少し躊躇してから口を開く。
「それがしは……栄光さんたちと同じ専門学校のアニメーター科に通っておりました……」
「え……」
だから俺と桜が同期だってことを知っていたのか。
「大きな夢を抱いて上京したのは良いのですが、周りのあまりのレベルの高さに、それがしはすっかり自信を失いかけておりました。そんな時……それがしの手がけた短編アニメを唯一褒めて下さったのです、栄光さんが!」
「! ああ……」
そういえばそんなこともあったかもしれない。たまたま感想を聞かれたので、自分の感じたことを素直に述べただけなのだが。
「それがとっても嬉しかったのです! それがしにとって大きな自信を与えてくれました。お陰で夢を諦めずに済んで、プロのアニメーターになれました!」
「そ、そうだったのですか……」
「ですから、いつか恩返しがしたいと思っていたのです」
「はあ……」
「栄光さん、あなたは英雄になるというようなことをおっしゃっていましたが……それがしにも手伝わせて下さい!」
「えっ⁉」
「この世界、行く当てもないんです! どうぞ連れて行って下さい!」
橙々木さんが頭を下げてくる。
「……同じ世界の方が一緒なのは心強い、こちらこそお願いします、橙々木さん」
「天で構いません」
「え? よ、よろしく、天……」
俺は戸惑いながら天にお礼を返すのだった。
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