異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

49話 閑古鳥 -2-

公開日時: 2020年11月17日(火) 20:01
文字数:3,604

「なぁ。お前の店……『カンタルチカ』だっけ? ……お前んとこは、誰から食材を購入してるんだ?」

「いろいろ、だけど……」

 

 ここでも、陽だまり亭と同じく複数の商人と交渉させられているのか。

 

「代表者みたいなヤツが分かんないか? こいつに話つければとりあえずOK、みたいな」

「……代表者なら…………やっぱ、アッスントかな?」

 

 アッスント。

 

 モーマットの野菜を買い叩こうとして、俺が返り討ちにしたブタ顔のいやらしい商人だ。

 口がうまく、さらさらと自分に有利な言葉を吐き出し続ける、守銭奴の権化みたいな男だ。

 

「アッスントは、この付近の行商ギルド支部をまとめる代表者だからね」

 

 あいつが支部長なのか。

 …………嫌な支部だな。

 

「この辺ってのは、四十二区とか四十一区とかってことだよな?」

「うん。確か、四十区までだったかな?」

 

 ってことは、行商ギルドでの立ち位置的には下っ端扱いなのだろう。

 なにせ、最下層三区の担当支部なのだから。

 

「あいつは野心家だよ。なんとか利益を上げて本部にアピールして、もっと上の区の支部長に収まろうとしてるんだ」

 

 それで、露骨過ぎる利益最優先策を躊躇いなく取ってくるわけか。

 

「けどまぁ、あたしたちは行商ギルドの言い分を全部のむしかないんだけどね」

「なんでだよ? 突っぱねてやれよ。ふざけるなって」

「そんなこと! ……そしたら、食糧が入ってこなくなって、お店潰れちゃうじゃん」

 

 なんという……社畜根性とでもいうのか、奴隷根性というのか…………

 長く虐げられ続けていると、それが普通になって、いつしか露骨な横暴にも不満を覚えなくなるものなのだな。

 

「食糧を回してくれているだけ良心的」とでも思い込んでいるのだろう。

 牙を抜かれた狼は、犬よりも従順になってしまうのか。

 

「食べ物がなくてさ……お酒も入ってこなくて……本当はしたくないんだけど…………値上げ……を、余儀なくされてさ…………」

 

『値上げ』という言葉に相当抵抗があるのか、口にするのに大層時間を要していた。

 悔しさが歪む口元から滲み出している。

 

「でも、出来る限りお客さんに負担はかけたくないからさ!」

 

 必死に訴えかけるように、パウラは座ったまま俺に詰め寄って声を荒らげる。

 が、すぐにまたトーンダウンして、俯く。

 

「あたしたちが食べる分を減らして……減らして……全部、お店に回して…………ギリギリのところでやってるのにさ…………お客さん、来なくてさ…………昨日唯一来てくれたお客さんは、メニュー見た途端『高い』って、…………舌打ちして……帰っちゃって………………」

 

 膝を抱え、その間に顔を埋め、パウラは長く震えた息を吐く。

 

「………………もう、どうしろってのさ……」

 

 小さく丸まって、パウラは動かなくなってしまった。

 泣いているのかもしれない。

 

 パウラの頭越しに店内を見ると、カウンターに店長が無言で立っていた。

 俺たちの会話は聞こえていたはずだ。だが、何も言わず……いや、何も言えず、だな……ただジッと、客のいない店内を見つめていた。

 カウンターに立てかけられていた木版には、『ワイン800Rb』と書かれていた。800Rbの横には『300Rb』という数字が×で消されている。

 ……三倍弱の値上げ、か。

 

 どうすることも出来ないのだろうか……

 これでは、生産者も、消費者も、そして俺たち商売人も、みんなして干上がってしまう。

 

 …………なんとかしなけりゃな。

 

 ………………

 ………………

 ………………あ、いや。違うぞ。

 別に、正義の心に目覚めたとか、パウラに同情したとかいうことではなく、あくまで俺のためにだ。

 

 詐欺師とは人を騙して金を得る者だ。

 つまり、周りの人間が干上がってしまっては巻き上げる金がなくなってしまい、詐欺師としては商売あがったりになってしまうのだ。

 金を持っているヤツからしか、金は取れないからな。

 

 ……もっとも、貧乏人を狙う最低の詐欺師もいるけどな。

 俺はそれを認めない。そんなヤツは三流だ。いや、見習い以下だ。

 弱り目に祟り目的な詐欺しか出来ないヤツは自分の能力の低さを恥ずかしく思い今すぐ高層ビルからダイブすることをおすすめする。辞めちまえ、才能ねぇから。

 単純な発想だ。

 並々と水が張られた風呂桶の底に穴を開けるのと、空っぽの紙コップをひっくり返すのとでは、どちらがより簡単に、より確実に、より多くの水(利益)を得られるだろうか? 

 考えるまでもなく前者だ。

 そんな単純なことすら見失って水も入っていない紙コップに群がってる詐欺師など、旅行先でたまたま入った個人経営の店のポイントカードくらいに必要のない存在だ。……いや、もう二度と行かねぇしな。

 

 とにかく、俺は全国チェーンの各店舗で使えるポイントカードなのだ。……なんでポイントカードで例えたんだろう……分かりにくいな。

 

 つまり!

 

 この街の連中が適度に儲かっていてくれないと、俺が困るということだ!

 具体的には……

 

 大通りの高級酒場の看板娘が店先で泣かない程度には、な。

 

「ねぇ、お兄さん!」

 

 突然、パウラが顔を上げ、グイグイと俺ににじり寄ってくる。

 

「あたしのこと、買ってくれない!?」

「はぁっ!?」

 

 この娘、何言ってんの!?

 

「あたし、生娘だし! 顔も結構可愛いと思うんだけど、どうかな? 好みじゃない?」

「いや、急になんの話だよ?」

「おっぱいもそれなりに大きんだよ!」

 

 そんなもんはとうの昔にチェック済みだ。

 

「どう? 結構価値あると思わない?」

「待て待て! 腹が減り過ぎて錯乱しているのはよく分かったから、一旦落ち着け」

「あたしは本気! お店のためなら……あたし、なんだってやる! どんなことされたって平気だもん!」

「お前が平気でも、俺が平気じゃねぇんだよ! 見ろよ、カウンターの向こうでブルドックが目と牙をギラギラ光らせてんじゃねぇか!」

 

 カウンターの向こうから、パウラの父が物々しいオーラを放出させて俺を威嚇している。

 ……俺にじゃなくて、お前の娘に言えよ!

 

「父ちゃんは黙ってて!」

「……くぅ~ん」

「いや、『くぅ~ん』じゃねぇよっ! 弱過ぎるだろ、父親!?」

 

 そういえば、ロレッタをクビにした時もパウラの権限で勝手にやってたもんな。

 そんなんだから経営が厳しくなってんじゃねぇのか?

 

「お願い! あたし、お兄さんだったら大丈夫だから!」

「俺が大丈夫じゃないんだよ! 俺の故郷では性の売り買いはご法度なの!」

「まとまったお金があれば、行商ギルドから食材が買えるの! だから、お願…………っ」

 

 捲し立てるパウラの口を人差し指で押さえつける。

 指が唇に触れると、パウラの顔が真っ赤に染まった。

 ……この程度で照れるくせに、買えだなんだと生意気なこと言ってんじゃねぇよ。

 

 それよりも。

 

「詳しく聞かせてくれないか?」

「……え? な、何を?」

 

 金を出せば食材が手に入る……ってことはやはり食材はストックしてあるんだ。

 出し渋って値段を吊り上げてやがるのだろう。汚い連中だ。

 俺は七並べで『八』を出し惜しみするヤツがとにかく嫌いだ。

 大富豪でパスをしまくるのは戦略として有りだけどな。俺はよくやる。悪いか?

 

 つまり何が言いたいかというと……どうにもやっぱり、俺は行商ギルドが好きになれそうにないってことだ。

 

「お前の店が、普段いくらで食材を仕入れていて、今現在どれだけ値が上がったのか。そして、今後の条件に何か付け加えられたのかどうか……そこら辺を詳しく聞かせてくれ」

「そ、そんなの、言えるわけないじゃない! そんな、手の内をさらすような真似……何を言われたって教えられないよ!」

「情報提供をしてくれたら、ウチのタコスが食べ放題だぞ」

「………………………………ごきゅり」

 

 唾を飲み込む音が盛大に鳴り響き、それに合わせるようにパウラの腹の虫が大合唱を始めた。

 

「温かいトマトベースの野菜スープもある」

「………………じゅるるる」

「ついでに、あま~いハチミツ味のポップコーンも……」

「分かった! 参った! 降参!」

 

 パウラ、陥落。

 

「お兄ちゃ~ん」

「早く行かないと」

「工事してるみんな」

「げっそりしちゃうよ~」

 

 ずっと待たせていた妹たちから指摘を受け、賄い料理を届ける途中であることを思い出す。

 くそ……折角情報が手に入るかもしれないって時に……えぇい、しょうがない!

 

「妹! 大至急タコスを三つにスープを一つ準備してくれ!」

「あいあいさー!」

「四十秒で準備するー!」

 

 あ、それ絶対マグダに教わっただろ?

 

「用意できたよー!」

「よし!」

 

 トレイに盛られたタコスとスープを持ち、俺はガラガラの酒場へと入店する。そしてカウンターへトレイを置き、ブルドッグ耳の店長に交渉する。

 

「これで、今日一日パウラを貸してくれ。もちろん変なことはしない。工事をしている連中に飯を振舞う手伝いをしてもらうだけだ」

「………………」

 

 店主は厳めしい顔をしたまま、ゆっくりと腕を上げた。

 そして、人差し指をピンと立て、俺に突き出してくる。

 

「……タコス、もう一個ってか?」

「…………こくり」

 

 ……意地汚ぇオッサンだな。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート