「あ、ヤシロさん」
雑木林を出ると、そこにジネットがいた。
何やってんだこいつ? こんな人気のないところで。
「見当たらないので探してしまいました」
「俺を探してたのか?」
「はい。……あの、なんだか、わたしが怒った……みたいになってしまいましたので」
「怒った?」
「あの…………添い寝券」
う……っ。
今、その話、やめない?
「別に怒っているわけではないんです。ですが、あの……」
「あぁ、分かってる。あれはちょっと悪ふざけが過ぎた。以後気を付けるよ」
「……ふふ。気を付けてくださるなら、もう何も言うことはありません」
ほっと息を漏らして、ジネットの顔から陰りが消える。
まさか、自分が怒ったせいで俺がヘコんだなんて思ったのだろうか?
いや、こいつの場合、ちょっと「嫌だな」と思ってしまった自分自身を責めていたんだろう。自分の中の負の感情が言葉に紛れ込んでしまったことを悔いて、それで俺がそれをどう受け止めたのか、それが心配だったのだ。
ジネットってのは、そういうヤツだからな。
……まぁ、なんで俺がエステラとの添い寝券を持っていたことをジネットが「嫌だな」と思ったのかまでは、まったく、さっぱり、想像も付かないけどな!
そもそも思ってないかもしれないし!
そうだな! 思ってないよな!
いっけね! 俺、ちょっと自意識過剰だったや☆ てへっ★
……はぁ。
「なぁ、ジネット」
「はい?」
「パン、食ったか?」
「はい。パン食い競走でメロンパンを」
「いや、テントでアッスントたちが配ってただろ?」
「いえ、それはいただいてません。お腹がいっぱいなので」
実際、ジネットは料理したり配膳したりしているうちに腹が膨れる体質なようで、陽だまり亭が忙しい時ほど飯の量が減る。
さっきも、大勢に弁当を振る舞って空腹感がどこかに行ってしまっていたのだろう。
その後、ベルティーナたちと一緒に屋台で軽食を摘まんだのだ。
腹が減ってないってのは真実なのだろう。
「そっか」
「ヤシロさんはいただきましたか?」
「……ルシアに拉致されてな」
「え? ルシアさんに? それでパンを? ……へ?」
俺はこれまでの経緯を、ルシアとエステラの無い乳思考の悲愴感を増し増しで語って聞かせてやった。
当然、添い寝券のあたりの話は一切カットで。
あんなもん、他人に話す必要のないことだ。うん。
「メロンパンを……服の下に……です、か?」
「今度ジネットもやってみるといい」
「いえ、しませんけども」
「そして、使用したパンは是非俺に……」
「しませんけども」
「生おっぱいに直付きした面だけでもいいから!」
「懺悔してください!」
くっそう!
疑似おっぱいが許されるなら、間接おっぱいが許されてもいいじゃないか!
「神は……不条理だ」
「怒られますよ、シスターに」
ふん。
神はいつだって俺につらい現実を突きつける嫌なヤツなのだ。
その神を庇うというのであれば、神のせいで俺が被ったマイナス分をベルティーナの隠れ巨乳で補ってくれなければ筋が通らない!
ベルティーナに直付きしたメロンパンをくれない限りはなっ!
……あ。
怒られるのって、神への冒涜の方じゃなくて、生おっぱいに関してかな?
それじゃあ仕方ない。あぁ、仕方ない。
「俺、怒られてばっかりだな」
「怒られるようなことばかり言うからですよ」
「たまにはいいこともしてるだろうが」
「それ以上にそういうことを言うからです」
「モーマットの関係者んとこのガキだって、口を開けばおっぱいおっぱい言ってたじゃねぇか。ほら、あの去年生まれたっていう」
「あの男の子は一歳の赤ちゃんですから『まんま、まんま』と言っているだけですよ」
「その『まんま、まんま』は、大人語訳したら『おっぱい欲しい! おっぱい欲しい!』じゃないか!」
「違いますよっ!?」
赤ん坊の『まんま』は『おっぱい』だろうが!
「よぉし、分かった! 俺も今後はおっぱいのことを『まんま』と呼ぶ!」
「ダメですよ!?」
「ジネット、ナイスまんま!」
「懺悔してください!」
くそぅ……差別だ。大人差別が蔓延している。
悲しい世の中だ。
「ヤシロさん。そろそろ戻らないと、午後の競技が始まってしまいますよ」
「そうだな。……あ」
戻ろうとして、自分の右手に存在するジャムパンを思い出す。
「どうすっかな、これ?」
正直、俺もそこまで腹が減っているわけではない。
まぁ、持って帰って誰か適当なヤツにやればいいか。
「ベルティーナ、ジャムパン食べるかな?」
「差し上げれば喜んでくれるとは思いますが……食べないんですか?」
「いや、そこまで腹が減ってないからな。まるまる一個はいらん」
そう言うと、ジネットがじっとジャムパンを見つめる。
「……半分くらいなら、食べられますか?」
半分。
まぁ、半分くらいなら。
「半分、食うか?」
話の流れからして、そういうことなのだろうとジネットにそう持ちかけたら――
「はいっ」
物凄く嬉しそうな顔をされた。
ちょっと小腹が空いていた……って、わけじゃないよな。たぶん。
「思い出しますね」
「今川焼きか?」
「はい」
俺も、半分こというと思い出してしまう。
ジネットとは二度、今川焼きを半分こにして食べた。
……まぁ、きっちり半分にして食べたことは一度もないけどな。
「今回はピッタリ半分にするか」
「ゲームですか?」
「いや、ゲームをせずに普通に食おうって言ってんのさ」
「うふふ。そうですね。言われてみれば、ちゃんとした半分こってしたことないですね」
「じゃ、半分にしてくれ」
ジャムパンをジネットに渡す。
きっと、こういうのはジネットの方がうまい。
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