異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

236話 四十二区への帰還 -3-

公開日時: 2021年3月24日(水) 20:01
文字数:3,528

 四十二区へ戻り、領主の館の前で俺たちは馬車を降りる。

 と――

 

「待ってたさね! いやぁ、新しく作ったベアリングの性能がよくってねぇ、ちょぃと見ておくれな!」

「あら、ヤシロさん。こんなところでお会いするなんて偶然ですわね。ワタクシ今、今朝手に入った最高品質の木材を持っていますの、えぇ、たまたま! ご覧になりまして? きっと遊具のよき材料になりましてよ」

「あ、ヤシロ。私考えたんだけど、ウチの卵を使ってドーナツ作る時にさ卵黄だけを使ってね……」

「おかえりヤシロ! フルーティーソーセージの盛りつけなんだけど、お皿の横にレタスとレモンを添えてみたんだけど、これがなかなか……」

「はい、ストップ! お前ら一回落ち着け!」

 

 ――なんか、出迎えがいっぱいいた。

 いや、出迎えっていうか、セールスマンか?

 

「ちょっと待ってくれ……今、結構大変なことになってんだわ」

「大変なこと、ですか?」

 

 詰め寄ってきた女子たちの向こうで、セロンが不安げな表情を見せる。

 手に、新作のレンガを持って。…………お前もか、セロン。

 

「ヤシロさ……ふゎっ!? なんですか、これ? 青空市でしょうか?」

 

 後続の馬車から降りてきたジネットが臨時開催されている蚤の市に目を丸くする。

 だよな。そう見えるよな、これじゃ。

 

「ありゃ~、出遅れてもうたなぁ」

 

 のんきな声で、レジーナがやって来る。

 お前も新薬のお披露目に来たのか?

 

「見たってな。自分とキツネの大工はんの『役割』を逆転させた新しいタイプの薄い本が書けたんやけど、これがなかなかの傑作で……あぁっ!? 何すんねんな!?」

 

 レジーナの持っていた呪いの書は丸めてポイしておいた。……縁起でもない。『役割』なんぞ、そもそも担ってないわ。

 

「それで、英雄様。……大変なこと、というのは?」

「あぁ……まぁ、そうだな。一応話しておくか」

 

 こいつらに力を借りることがあるかどうかは分からんが……四十二区全体に影響を及ぼすかもしれないことだしな。

 特にセロンは、きっかけが自分たちの結婚式だと思い込んでいるから気になって仕方ないんだろう。

 

 こいつらがこんな顔してちゃ、結婚式を挙げたいってカップルが減るかもしれん。

 そうなったら、陽だまり亭に転がり込んでくる金が減ってしまいかねない。

 なにせ、教会までの道に存在する唯一の飲食店であり、披露宴のパイオニア。さらにケーキのパイオニアでもある陽だまり亭だ。

 結婚式が開かれる度に相当な額が転がり込んでくる。……見込みだ。

 

 なので、セロンはともかくウェンディには毎日幸せオーラを振りまいていてもらわなければ困る。セロンがこんな様子じゃ、ウェンディも落ち込んでしまうだろう。

 

「この後時間いいか? 陽だまり亭で話をしよう」

「行くさね!」

「もちろん問題ありませんわ!」

「私、一回帰ってお父さんたちに『遅くなる』って言ってきていい?」

「あ、あたしも! 父ちゃんに言ってこなきゃ」

「じゃあ、三十分後に陽だまり亭に集合だ」

「何か、美味しい物をご用意しておきますね」

 

 手にした新製品を片手に、それぞれが一旦自宅へと戻っていく。

 こっちも、陽だまり亭に戻ろう。

 一旦ホームで落ち着きたい。

 

 と、その前に。

 

「セロン。ウェンディも呼んできてくれ。たぶん、気にしちまうだろうし」

「は、はい……ただ」

「ただ?」

「ウェンディは、ここ最近また光の粉の研究を始めておりまして……」

「…………光ってんのか?」

「はい。今朝は存分に粉と日光を浴びておりましたので……」

 

 現在、空はもう薄暗くなっている。

 こいつらが陽だまり亭に集まる頃には、もうすっかり夜になっていることだろう。

 

「……寝る前に見ると、寝れなくなりそうだな」

「も、申し訳ありません」

 

 頭を下げるセロン。だが、まぁ、気にするな。

 照明代が浮いて助かるぜ……はは。

 

「エステラ。お前はどうする?」

「ボクも行くよ。デミリーオジ様に手紙を書いてから向かうね」

 

 事態が動いたことを知らせるのだろう。

 

「ついでにリカルドにも教えておいてやれよ」

「大丈夫。オジ様から連絡が行くはずだよ」

「って、おい」

「冗談だよ……書くよ、ちゃんと」

 

 まだ嫌いなのか、リカルドのこと。根深いな。

 なんてのは冗談で、こいつもリカルド相手にそれくらいの冗談が言えるようになった……ってことだろう。うん。

 

「ミスター・ハビエルのところへ馬車のお礼に行くつもりだったんだけどな……」

「そういや、帰る前はそんなことを言ってたな」

「それなら問題ありませんわ。ワタクシが代わりに感謝を受けて差し上げますわ」

「いや、そこはお前からハビエルに伝えとけよ……」

 

 とりあえず、ハビエルへの礼も手紙で済ませることになった。

 とにかく時間がないのだという点を理解させておけば問題も起こらないだろう。

 

「ロレッタはどうする?」

「もちろん参加するです! 今日は陽だまり亭にお泊まりのつもりだったですから!」

 

 こいつ、何勝手なこと言ってんだ?

 そのうち、本気で住み着きそうだな。マグダと相部屋でいいなら受け入れてやるけども。

 客室は意外と使うからな。

 

「……マグダも、そろそろ眠たいのを我慢して参加する所存」

「……眠いのか?」

「……今日のマグダは、よく頑張ったから」

「そうか」

「ただ、参加はするけれど、基本ヤシロのヒザの上にいる予定」

「お前、それ寝るつもりだろ!?」

「……居心地のいい空間で、リラックスして話を聞こうという目論見」

「いや、絶対寝るから! つか、何回かそれで寝られて身動き取れなくなったことあるから!」

 

 何があっても、マグダは椅子に座らせよう。

 

「ベルティーナは、さすがに無理だな」

「そうですね……子供たちが待っていますし……寂しい思いをさせたかもしれませんので、なるべくそばにいてあげたいという気持ちはあります……ですが」

 

 そばにいたガキの頭を撫で、信頼のこもった目で言う。

 

「この子たちは、外の世界を経験してきました。もう、大人と呼んでも支障ないかもしれません」

「えへへ……」

「この子たちに任せてしまっても、いいのではないかと、そう思います」

 

「ですので……」と、ベルティーナが真剣な瞳を俺に向ける。

 

「ジネットが作るという『美味しい物』をいただきに伺おうかと思います」

「来るなら話を聞きに来てくれ」

「はい。ついでに『美味しい物』を!」

「美味しい物『の』ついでじゃなくてか?」

「うふふ」

 

 否定しやがらなかった……ったく。

 

「じゃあ、ベルティーナも一旦ガキどもを教会へ送っていってやれ」

「はい。途中までご一緒しましょうね」

 

 陽だまり亭までは同じ道のりだ。

 随分な大所帯で歩くことになりそうだ。

 

「あの、ヤシロさん」

 

 いつになく、真剣な眼差しのジネット。

 こいつも、何か思うところがあるのだろう。

 

「これから作る『美味しい物』なんですが、肉まんとリンゴ飴と揚げたこ焼きでどうでしょうか!?」

「それ、俺に『作り方教えろ』って言ってるのかな!?」

「え、いや、とても美味しかったので、是非みなさんにもと思いまして」

 

 ド天然か……

 今は教えている時間なんか…………はぁ、まぁ、一個くらいならいいか。

 

「……じゃあ、揚げたこ焼きにしよう。他はまた今度、時間がある時にな」

「はい!」

 

 嬉しそうに笑う。

 肉まんのレシピはマグダに渡してあるし、俺がエステラと走り回っている間にマグダあたりに教わってくれ。

 

 そうして、そこはかとなく賑やかに、でも少し緊張した雰囲気を纏いつつ、俺たちは陽だまり亭へと戻ってきた。

 一日空けただけなのに、なんだか随分と懐かしい。そんな空気が、俺たちを出迎えてくれた。

 

「ただいま。陽だまり亭」

 

 なんとなく呟いたその言葉に、ジネットが急に歩みを止める。

 なんだ? と振り返ると……

 

「ヤシロさん……素敵です」

 

 そんな言葉と笑顔をもらってしまった。

 いや、別に……ほら、日本人って八百万の神様とか結構信じてるし、なんとなく、な?

 

「ただいま戻りました、陽だまり亭。お留守番、ありがとうございました」

 

 ぺこりと頭を下げて、ジネットが俺の真似をする。

 ……あぁ、これ。きっと習慣化するな。

 

「……待たせたな、陽だまり亭」

「マグダ。お前のはちょいちょいニュアンスが違うからな」

「……それは、世界がまだマグダに追いついていない証拠」

 

 お前を中心に世界が回ってんのかよ。

 

「さぁ、ヤシロさん。みなさんが来る前に準備をしましょう」

 

 腕まくりをして、ジネットがいそいそと厨房へ入っていく。

 陽だまり亭に戻ってきたからか、揚げたこ焼きを教えてもらえるからか、なんだかいつも以上に機嫌がいい。

 

「なんだかなぁ……」

 

 そのパワーに圧倒されつつも、ジネットは帰ってすぐに働きたがるワーカーホリックだったなと思い直し、俺は観念して厨房へと入った。

 せめて、美味いもんでも食って心を落ち着けよう。

 それくらいしなきゃ、俺は疲れてしまうからな。

 

 

 

 

 

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