「なんにせよ、何かを変えようって時にはきっかけが必要になる。そして、そのきっかけは派手であればあるだけ効果を発揮する」
「四十二区の下水道、四十一区での大食い大会みたいなものだね」
幾度となく、街の改革を目の当たりにしてきたエステラだ。そこの重要性には気が付いているのだろう。
派手にやらかし、テンションを上げ、その勢いのままに改革を進める。
それがもっともやりやすい。
「この花火を使って、虫人族たちの地位向上を成そうというわけだな」
「違うよ。全然違う」
地位向上も何も、虫人族たちは低い地位にいるわけではない。
今現在、すでに俺たちは平等で、向上させなきゃいけないような低い身分なんてものは存在していないのだ。
「やるのは、意識改革だよ」
『こうあるべき』『こうしなければいけない』という、凝り固まった固定概念を叩き壊し、『もっと単純でいいんだ』という当たり前の思想を叩き込む。押しつける。全身に塗りたくってやる。
「そうすりゃ、花園で領主に酌をしてもらったりも、出来るようになるだろうよ」
「――っ!?」
あの日の花園で、ルシアは確かに寂しそうな顔を見せた。
自分と、虫人族の間にある確かな壁に。埋まることはないと思い込んでいる、その溝の深さに。ルシアは落胆したのだ。
なら、その溝を埋めて壁を取っ払ってやる。
派手なイベントで、一緒になって馬鹿騒ぎすりゃ、変な遠慮なんかどっか行っちまうってもんだ。
取り繕った言葉で話しているうちは、打ち解けるなんて無理だ。
相手を気遣ってばかりいては疲れてしまう。……お互いにな。
「だからこそ、でっかい花火を打ち上げなきゃな」
「そうだね。よし! ボクが全面協力をしよう!」
「いやいや、エステラ。お前は最初から強制参加だから」
「なんだよぉ! カッコつけさせてよぉ!」
これもウェンディとセロンの結婚式の一環だ。
惜しまず協力してもらうぜ、頼りになる領主様。
「ほい。準備できたで。実験再開や。外で、な」
「英雄様、指示をお願いします」
重い鉄桶をセロンが運び、重い粉袋をセロンが運び出す。
……お前、なんにもしてねぇじゃねぇか、レジーナ。
「よし、じゃあ始めようか、ヤシロ!」
「え、なんでお前が言うの? 俺、言いたかったのに」
「さっさと始めるぞ、カタクチイワシッ!」
「いや、だから! そういうのは立案者の俺が音頭を取って……」
「早よしぃや、じぶ~ん!」
「いや、違うんだって。俺が『よし、やるぞ!』的なな……」
「英雄様! やりましょう!」
「お前らみんな、目立ちたがり屋か!?」
結局、奪われた号令は取り戻せず、流れるように実験は始まってしまった。……締まらねぇなぁ、もう。
それからたっぷり時間をかけて、何度も何度も実験を繰り返した。
夕日が空を赤く染め、やがて薄暗くなり、辺り一面に闇が落ち始めた頃セロンが物凄く輝き始め……粉、被り過ぎだろう……
そうして、レジーナの頭脳を最大限使用して、ベストな調合比率を導き出した。
「炎に色をつけるのは、レジーナに任せてもいいか?」
「しゃ~ないなぁ。まぁ、今日はなんや楽しかったし……かまへんで、やったるわ」
珍しくレジーナが乗り気になっている。
これは、初めてレジーナが自発的にイベントに参加するフラグか?
光の粉を利用すれば、炎が四散することも分かった。
うまく組み合わせれば、なんちゃって花火は作れるだろう。
「あとは、三十五区に行って、打ち上げ係を確保するだけだな」
「三十五区へ行くのなら、私の馬車に乗せてやるぞ」
「今日はこっちに泊まるのか?」
「あぁ。エステラのところかミリィたんのところに泊まる予定だ」
「ウチに泊まるんですよねっ!? その予定ですよね!?」
「2:8でミリィたんだ」
「なんか危険なんで、ウチに泊まってもらいますっ!」
「ミリィたんが私に危害を加えるわけないだろう」
「ウチの領民の心配をしているんですっ!」
「……言うようになったな、エステラよ」
「おかげさまでね! そんな怖い顔して威圧的なオーラ出しても無駄ですからね!」
「…………ミリィたん」
「あんまりしつこいとタメ口になりますよ!?」
「百歩譲って、マグダたん」
「ヤシロ。明日の朝ウチに来て。鎖に繋いででもウチに泊めるから」
ルシアの扱いがどんどんぞんざいになっていくな。
エステラも逞しくなったものだ。
「……百歩譲られた、マグダたん登場」
「ぅおうっ!? ビックリした!?」
気が付くと、俺の背後にピタリと寄り添うようにマグダが立っていた。
……気配を出してくれ。頼むから。
暗くなってきて、実はちょっと怖くなってきてんだからよ。
「ふぉぉおっ! トラ耳っ! トラ耳っ! モフりたいっ!」
「……無理して百歩譲る必要はない」
「あぁっ!? ちょっと機嫌を損ねてるマグダたん、マジ天使っ!」
あれ?
なんだかすごく耳に馴染んだフレーズ……えっ、同じ病気の人?
「どうしたんだ、マグダ? 店は?」
「……店はロレッタが回してくれている。心強い従業員もいるし、ちょっと深刻な病にかかっているキツネ人族の棟梁もいる」
「最後のヤツがいなけりゃ、すごく安心できたんだけどな……」
そして、その病の原因はマグダ、お前だ。
「……帰りが遅いから、心配していた…………みんなも」
みんな『も』か。
マグダは素直な娘だな。そうか、心配させちまったか。
「……折角だから、夕飯に招待する」
言いながら、その場にいる面々に顔を向け、一人一人を指さしていく。
「……アレとか、コレとか、ソレも」
「あのね、マグダ……一応、ボクたち領主だから、言い方に気を付けてね……いや、ボクはいいんだけど……」
「……下々の者に施してやろう」
「マグダ、『領主』って分かるかな?」
「……マグダの次に偉い役職」
「え、マグダはどのポジションの人なの?」
「……天使?」
「うむ! 異論はないぞ、マグダたん!」
「ルシアさんっ、甘やかさないでください! 教育上よくないので!」
なんというか、マグダはウーマロとかルシアとか、権力者を味方につける天才なのかもしれないな。
……もっとも、『変な』ってのが頭につく権力者限定だけどな。
「……レッツたこ焼きパーリー」
「そうだな。腹も減ったし、みんなで飯を食いに行こうぜ」
「ほな、ウチもたまにはお呼ばれしよかなぁ」
「お供させていただきます、英雄様」
「ボクもお腹ぺこぺこだよ」
「本当だ! 上から下までぺったんこだな、エステラ」
「うるさいよ、ヤシロ!」
「……ぷっ」
「あなたは、言うほど人のこと笑えませんからね、ルシアさんっ!?」
「なにおぅ!?」
あぁ、よく見たらこの場所……平均値が低い……
まさか、レジーナ頼みになるなんて……
「お前ら、もうちょい育てよ」
「「やかましいっ!」」
「……マグダには、まだ希望がある」
「ついでにセロンも育て」
「それは無理ですよ、英雄様!?」
にぎにぎしく、俺たちは陽だまり亭へと向かう。
そして、ふと、明日のことに思いを馳せる。
明日……三十五区で用事が終わったら…………
ジネットを迎えに行ってやろう――
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