異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

172話 マーゥル・エーリンの館 -3-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:2,690

「まぁっ、いけない! またこんなところで長話をしてしまって。ダメねぇ、私。お話が大好きで、ついつい……ホント、シンディがいないと全然、何も出来ないんだから……」

「主様っ!」

 

 門のところでため息を漏らすマーゥル。

 そんな家主を呼ぶ声がして、館から一人の婆さんが姿を現した。

 こいつがシンディか?

 

「まぁ、シンディ。用事はもういいの?」

「はい。お風呂場のぬめり、除去しておきましたよ」

「何やってたんだ、給仕長!?」

 

 お前、風呂掃除のために主に訪問客の相手任せたのか!?

 

「優先順位考えろよ! 給仕長だろ!?」

「あんら、まぁ……主様。こちらの殿方は?」

「この方はね、噂の英雄様こと、ヤシぴっぴよ」

 

 わぁお……何一つ俺の情報が含まれていない……

 

「ヤシぴっぴ…………ステキ」

「どこが!? てか、やめて!」

 

 婆さんが謎の呼び名の語感に目を細める。

 そして、俺の全身を上から下から見つめて、ぽっと頬を染める。

 

「この仕事に就いて四十五年。私を叱ってくれた人は、ヤシぴっぴが三十年ぶり二人目ね」

「なんだよ、その新記録出した時みたいな、でも決して嬉しくない報告は……」

「前に叱ってくれたのは、私の師匠でもある以前勤めていた館の給仕長……殿方では、ヤシぴっぴがは・じ・め・て」

「エステラ、ナイフ!」

「何をする気だい!?」

「そんな残酷なこと、口に出来るか!」

「じゃあ行動にも起こさないように!」

 

 もう、ババアに好かれるのとか十分なんだよ!

 行く先々で好かれてたまるか!

 

「まぁ、私ももうこんな歳ですからねぇ……」

「そうだな。好いた惚れたにうつつを抜かす時代は終わったよな。あぁ、よかった」

「せめて、口調だけでも若々しくしないと、相手にされないわね」

「口調だけ変えても相手にしないけど!?」

「ヤシぴっぴが彼ぴっぴになってくれたら、シンディぴっぴはマンモス嬉ぴーよ?」

「若者口調のつもりが、最後で物凄い時代を感じる代物になり果ててたな!?」

 

 それはそうと、もう何回言ったか分かんないけどさ……『強制翻訳魔法』さぁ、遊ぶなよっ!

 

「さぁ、シンディ。みなさんを館へ」

「はい、主様。さぁ、皆様、こちらへ」

 

 シンディという給仕長の登場により、ようやく俺たちは館へと入れるらしい。

 なのだが、それをウェンディが制止する。

 

「申し訳ありません、シンディさん。少し待っていただけますか?」

「おや、ウェンディさん、どうかされましたか?」

「私、マーゥル様にお花を持ってきたんです」

「まぁ、そうなの!? 嬉しいわぁ。さぁ、シンディ。受け取って頂戴」

「はいはい、ただいま」

 

 本来なら、真っ先に給仕長が出てくるはずで、まさかの館の主自らの出迎えに驚いて今まで忘れていたらしい。

 豆を押しつけられてまで買った花と、ナタリアがアホほどもらってきた花が馬車いっぱいに積み込まれている。

 馬車の中で話したのだが、この花はすべてマーゥルへのプレゼントにすることにした。

 花の持ち出しには、また税金がかかるからな。

 それが原因で、ウェンディは二十九区に入ってから花屋に行ったわけで。

 

「まぁ、まぁまぁ! こんなにいっぱい。嬉しいわぁ~」

「ほとんど、ナタリアさんからの贈り物になりますが」

「ナタリアさん……というのは、こちらの方かしら?」

 

 大量の花に囲まれてご満悦のマーゥル。

 そのそばに立ち、ナタリアが恭しく頭を下げる。

 

「初めまして。クレアモナ家に仕える給仕長のナタリアと申します」

「まぁ~、綺麗な方ね」

「はい。そうですね」

「ナタリア。自重して」

 

 いまだ自信満々のナタリア。

 しかし、マーゥルやシンディはナタリアに対し異常な興味を示したりしなかった。

 花屋の前では、通行人の女も、うっとりとしたため息なんかを吐いていたというのに。

 

「街では、さぞおモテになられたでしょう?」

「えぇ、それはもう」

「ナタリア、何度も言わせないでくれるかい? じ・ちょ・う!」

 

 これは、何かある……

 マーゥルの笑みはそんなことを俺に直観させた。

 

 こいつは、ナタリアだけが異常にモテた理由に心当たりがあるようだ。

 

「知りたい? ヤシぴっぴ」

 

 またしても、こちらが疑問に思ったことに答えるようにマーゥルが解を寄越してくる。

 年の甲か、こちらの質問したいことなど百も承知だと言わんばかりだ。

 

 だが、そういう技術なら俺だって……

 

「ナタリアだけが異常にモテる理由が……俺たちの欲している情報の一部、もしくは重要なことと関係あるんだな?」

「うふふ……お利口さんね、ヤシぴっぴは」

 

 わざわざ、このタイミングで『俺』に言ったのだ。

 こいつは、領主を差し置いて、俺に声をかけてきた。

 

 もし、今回起こった一連の騒動に関し、エステラやルシアにではなく、俺に何かを伝えようとしているのであれば……このマーゥルとかいうオバさんは、ちょっと只者ではないかもしれない。

 

 まるで、商談の際にはなんだかんだと中央へしゃしゃり出ていくのは俺だと、見抜いている……そんな気がした。

 

「実はね」

 

 と、マーゥルが花束を抱えて俺たちに向き直る。

 全体へ向けて話すように、思うままに口を開閉させる。

 

「ウチの館は、このシンディ一人しか給仕がいないのよ。どうも、私とは合わない人が多くてね」

「主様の趣味に合わせるのは大変なんですよ、私も苦労しております」

 

 余計な茶々を入れたシンディを「もう!」と軽く睨んで、軽~く拳を握って振り上げてみせる。

 それも、ふざけ合っているような雰囲気でだ。

 シンディが怒られていなかったってのは本当かもしれないな。

 

「それでね、今日この後、新人給仕の面接を行う予定なの。その予定を少し早めてもらいましょう」

 

 新人給仕の面接……?

 

「四人呼んであるから、ヤシぴっぴたちも見学していくといいわ」

 

 なるほど。

 新人で募集するってことは、面接に来るのはこれから仕事を得ようとしているもの……つまり若者が多いってわけか。

 この街の若者の言動や趣味嗜好が分かれば、歪に大きくなった『BU』の実態も見えてくるかもしれない。

 

 そこまで見越してんのかよ、マーゥルは。

 ……まぁ、ただの偶然かもしれないけどな。

 

「ヤシロ。見せてもらおうよ」

「そうだな。ただ、面接で給仕長三人に囲まれる新人には同情を禁じ得ないけどな」

 

 圧迫面接にならなきゃいいけども。

 

「それじゃ、面接会場へ向かいましょう」

 

 そう言って、マーゥルは館の隣にある小さな小屋へと入っていった。

 本館とは別に建てられた別館のようだ。

 

 なるほどな。

 採用が決まってもいないヤツをおいそれと館に入れるわけにいかないもんな。

 

 こうして、俺たちは二十九区、ひいては『BU』に潜む問題の洗い出しを兼ねて、マーゥル・エーリン邸の給仕面接に立ち会うことになった。

 

 ……しかし、結局入れなかったな、館。

 

 

 

 

 

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