異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

367話 会場入り、そして開場 -4-

公開日時: 2022年6月25日(土) 20:01
文字数:4,281

 イベント会場が開場し、一気に客がなだれ込んでくる。

 ……ここ、外の森なんだけどなぁ。

 

「海上の会場が開場したね☆」

「海上じゃないけどな」

 

 海の近くではあるが、海上ではない。

 

 いつもは、大抵貴賓席辺りでごった返す人波を眺めているだけのマーシャだが、今回は提供する側での参加だ。

 実に楽しそうで、さっきから顔が緩みっぱなしだ。

 

「んは~、緊張するねぇ~☆」

「大丈夫ですよ、マーシャさん。みんなで頑張りましょうね」

「うん☆」

 

 一般客に交じって、領主たちも続々と会場入りしてくる。

 カウンターの前を通り、軽く挨拶をして、貴賓席へと移動していく。

 

「お、海漁ギルドも手伝うのか? 俺も手を貸してやろうか?」

「何もしないでくれるのが一番助かるから、さっさとエステラんとこに行ってくれ」

 

 中には、リカルドみたいに入り込んでこようとしてくるヤツもいるけど、こいつは例外だ。

 お前は、ホント領主を辞めて職人にでもなった方がいいと思う。

 

「ヤシぴっぴ。お寿司、楽しみにしてるわね」

「あぁ、貴賓席に届けさせるから大人しく閉じこもっててくれ」

「ヤシぴっぴよ、ワシのは赤貝を多めに頼む、アレは実に美味であった」

 

 マーゥルと一緒にドニスが会場入りする。

 大方、「人が多いのでエスコートを」とか言って一緒にくっついてきたのだろう。イヤらしいチョロリンだ。

 

 しかし、貝が好きなのか。なかなか通だな。

 

「奇遇だな。俺も貝は大好きだぜ☆」

「ヤシロ君が好きなのはホタテでしょ☆」

「あら、DDもホタテがお好きなのかしら?」

「ぐっ……ワ、ワシは、純粋に赤貝の旨味が……ぐぬぬ、ヤシぴっぴ!」

 

 なんかドニスにめっちゃ睨まれた。

 からかったのはマーゥルなのに……

 

「マーゥル。今日はホタテの殻がいっぱい出るからワンセットプレゼントするよ」

「ごっほごほごほ!」

 

 何を想像したのか、ドニスが盛大にむせ始める。

 

「あら、そうなの? きっとシンディが喜ぶわ。彼女、変わった物が好きだもの」

「……ふぅ」

 

 ドニスが一瞬で冷静さを取り戻した。

 シンディもマーゥルも似たような年齢だろうに、失敬なチョロリンだな。

 

「そういや、今日シンディは?」

「先に貴賓席に行って、私の座席を整えてくれているわ」

 

 さすが給仕長。主が快適に過ごせるように最善を尽くしているようだ。

 主従揃って奔放なオバハンに見えるマーゥルたちだが、やるべきことはしっかりとやっている。

 オン・オフの切り替えがうまいのも、いい貴族の条件なのかもな。

 

「シンディは好き嫌いあるか?」

「ヤシぴっぴのことが好きみたいよ」

「きゃ~、ヤシロ君、食べられちゃうかもね☆」

「やめて。気分悪くて早退しそう」

 

 もう知らん。

 頑張ってるから気を利かせてやろうとしたがこっちの好きに握らせてもらう。

 回転寿司で百円皿に乗ってそうな物ばっか握ってやろうか。

 

「それじゃ、エステラさんに挨拶してくるわね」

「赤貝だ。……ホタテは、ほどほどに頼む。きっと、席でも何かと言われそうだからな」

 

 マーゥルを気にして小声でそんなことを言い残していくドニス。

 

「シャリを全部おっぱいの形に握ってやったら面白いかな?」

「ちゃんと握ってあげてください。……もぅ」

 

 それから、ベルティーナがガキどもを大量に引き連れてやって来たのだが、挨拶もそこそこに、ガキどもによってスフレホットケーキの前に引っ張られていった。

 やっぱ、ガキには寿司よりホットケーキだよなぁ。

 

「それじゃ、セットにぎりを作り始めるか」

「はい」

 

 客の食いたい物を一つずつ握っていく時間はない。

 というか、そもそも、ここの連中は好きな寿司ネタなんてものがないのだ。今日初めて食うのだから。

 注文にまごつかれては客をさばけない。

 なので、こちらがネタを決めて握ったセット販売を行う。

 スーパーにあるパック寿司みたいなもんだな。

 あぁ、いやいや。高級寿司屋の『桶』みたいなもんか。

 ほら、あるだろう? 『さつき』とか『雅』とか、こじゃれた名前が付いたにぎりのセット。あれだ、あれ。

 

 メニューは並にぎり、上にぎり、特上にぎりとお子様にぎり。

 お子様にぎりは、ガキが好みそうなネタを選び、ワサビ抜きとなっている。

 

 領主様たち権力者に振る舞うのはもちろん特上寿司だ。

 贅沢な寿司を堪能していただき……きっちりとお代を払っていただきますとも、えぇもちろん。

 あぁ、いけませんいけません、お客様!

 寿司というものはその場の空気まで含めて味わうものなんです!

 値段なんて小さいことを気にしてはなりません。

 寿司は時価。そういうものだと思って、お愛想の時に言われたお代をお支払いいただくのが『粋』ってもんですぜ、げっへっへっ。

 

「マグダ、ロレッタ! まずは領主たちに特上にぎりを作るぞ!」

「……マグダのカニサラダが火を噴く」

「あたしのエビマヨも絶品ですよ!」

 

 どっちも特上寿司には入らねぇよ。

 いや、まぁ、この街なら、目新しい物ほど喜ばれるか……

 

「よし、全種類入れちまえ」

「「あいあいさー」です!」

 

 軍艦はイクラ、ウニ、エビマヨ、カニサラダ、ネギトロ、とびっこ、あとはマグロのぶつ切りとすりおろした山芋の『やまかけ』がある。

 細巻きはカッパと鉄火を用意している。

 太巻きはエビとレタスとキュウリと厚焼き玉子の『エビサラダ巻き』だ。

 

 そこら辺はにぎりとは別にして『巻物』『軍艦』のセットで売る予定である。

 

 あとは、もう一回食いたい物を個別で頼めるリクエストも一応は受け付ける。ネタが残っている限りは、な。

 なので、ドニスのように「赤貝多めで」とかいう注文にも対応可能だ。

 

 もちろん、今回もバラちらしは健在だ。

 いろんな具材が溢れるほどに盛り付けられた丼物は迫力満点。

 切れっ端を使っているとはいえ、味は文句なしに美味い。

 

 さぁ、売れろ!

 じゃんじゃん売れろ!

 

 寿司職人が育つまでは、海鮮丼屋がこの付近を席巻することになるだろう。

 

「あ、始まるみたいですよ」

 

 ジネットがぱたぱたと手を振って俺を呼ぶ。

 ステージに目をやれば、エステラとルシアがそれぞれの給仕長を伴ってステージに上がるところだった。

 

「最初は、ウーマロさんのセレモニーですね」

 

 最後のレンガを地面に埋め込んで、港の工事は完成となる。

 いろいろあったが、様々な理由でこの工事に携わることになった多くの大工をまとめ上げたトルベック工務店の棟梁が、責任重大なセレモニーに挑むことになった。

 反論する者は一人もおらず、むしろ「ウーマロ以外にいないだろ」と後押しするくらいだった。

 

 大きくなったもんだ、トルベック工務店も。

 

 ここに至るまで、組合からの嫌がらせや悪評の流布によって、他区から冷たい目で見られていたウーマロたちも、この工事ですっかりと汚名を払拭し、実力と人間性、仕事ぶりと技術力の高さを見せつけた。

 もはや、元組合役員グレイゴンが吹聴した出所不明の悪評などを信じる者はいないだろう。

 

「それでは、最後のレンガをはめ込むッス!」

 

 若干上擦った声で、最後のレンガを高々と掲げてみせるウーマロ。

 ぷぷっ、緊張してやんの。瞳孔がめっちゃ開いてんのがこっからでも分かる。

 

「あいつ、緊張し過ぎてハンマー外さなきゃいいけどな」

 

 レンガを地面に嵌めて、最後にハンマーで打ち込む。これで完成なんだが、緊張して手元が狂ったら赤っ恥だ。

『技術力のトルベック工務店』が、そんなミスは出来ないよなぁ。

 

「失敗するなよ! 絶対失敗するなよ、ウーマロ!」

「だ、ダメですよ、ヤシロさん!」

「だいじょ~ぶだよぉ~。どうせここからじゃ聞こえないし☆」

 

 俺たちがいるカウンターと船着き場前に設置されたステージとの間は200メートルくらい離れている。

 さすがに聞こえないか。人も多いし。

 ここは小っちゃい港だが、でっかいフードコートくらいの広さと混雑ぶりだからな。

 

「……ウーマロ。頑張って」

「むはぁあ! 元気百倍ッス! 見ててッス! オイラが完璧な仕事で、完璧な港を、完璧に完成させるッスー!」

「……聞こえてんじゃねぇか」

「あれは特別☆」

「ふふ。ウーマロさん、緊張がほぐれたようでよかったです」

 

 俺でも聞き逃しそうなマグダの囁きをしっかりと拾って、ウーマロが見惚れるくらいの正確無比なハンマーさばきで最後のレンガを打ち込む。

 その瞬間わっと歓声が上がり、拍手が鳴り響く。

 

「たった今、我が四十二区に港が誕生しました! 建設に携わった大工、警護や護衛として協力してくれた狩猟ギルド、木こりギルド、そして全面協力をしてくれた海漁ギルド、街の兵士たち、走り回ってくれた行商ギルドに飲食関係者。今回、港の建設に関わったすべての者たちに、今一度盛大な拍手と共に感謝を贈ろう!」

 

 エステラの言葉に、一層盛大な拍手が巻き起こる。

 

 ジネットも、マーシャも、惜しみない拍手を送っている。

 マグダとロレッタは両腕を高く掲げて大きく手を打ち鳴らす。

 カンパニュラとテレサも満面の笑顔で手を叩いている。

 

「ほら、ヤシロさんも」

 

 ジネットに誘われ、俺も一応拍手をしておいた。

 

 ステージ上で、エステラが手を上げ、徐々に拍手がやんでいく。

 

「それでは、ここで四十二区と共に港の建設に多大なる貢献をしてくださった三十五区の領主――」

 

 と、エステラがルシアに挨拶を求めているのだが……

「それでは」の段階で客たちは「お寿司だー!」と、こちらへ殺到してきてしまった。

 

「いや、聞いて! まだ締めの挨拶があるから! ねぇ、諸君! 君たち! みんな、聞いてってばー!」

 

 口を開く度にどんどんと普段のエステラに戻っていく微笑みの領主。

 かしこまった場だってのに、すっかり『素』が出ている。

 

「特上! 特上! 特上!」

「もう、今日は奮発するって決めてたんだ!」

「昨日は節約料理だったのよ! 今日は贅沢したって罰は当たらないわ!」

 

 殺到する群衆が、口々に「特上を寄越せ」と吠える。

 ……怖ぇよ。

 

「ジネット、マーシャ」

「はい」

「な~に☆」

「死ぬ気で握るぞ!」

「はい!」

「もう、ヤケっぱち、だね☆」

「マグダ、ロレッタ、覚悟を決めろ!」

「……もとより承知」

「もうすでに戦闘モード全開です!」

「カンパニュラ、テレサ、無理はするなよ!」

「大丈夫です」

「がばうー!」

「妹、フォローを頼む!」

「「「「はーい!」」」」

「ナタリア!」

「こちらに」

「……まだ主がステージ上で騒いでんのに、置いてきちゃったのか」

「そちらの方が楽しいかと思いまして」

 

 安全な四十二区ならではのおふざけだな。

 奔放過ぎるぞ給仕長。

 

「よぉし! 敵は幾千万の飢えた獣どもだ! 食いつくされないように、気合い入れて行くぞ!」

「「「「おぉー!」」」」

「せ~のっ!」

 

「「「へいらっしゃい! なに握りやしょう!?」」」

 

 

 こうして、俺たちの長い長い戦いは始まった。

 

 

 うん……本当~ぅに、疲れた。

 

 

 

 

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート