異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

133話 たまには一人で -4-

公開日時: 2021年2月9日(火) 20:01
文字数:2,534

「おかわりを」

「す、すみません! もう、食材が……」

「この店もですか……しょうがないですね。夕方までに補充しておいてくださいよ。また来ますので」

「ま、また来るんですか!?」

「えぇ。では、また」

 

 フードコートをまるごと食い尽くして、涼しい顔をして店を出ていく。

 ……正直、見ているだけで食欲がなくなった。つか、奪われた。

 あいつ、周りの人間の食欲を自分の体内に集める能力でも持ってんじゃねぇのか?

 

 少し納得してしまったのだが、あいつが昼飯時に現れると街中が混乱してしまう。

 飯を食おうにも、食材がなくなってしまうのだ。

 だから、あえて先に昼飯を食わせているのだろう。

 食材切れの店は閉店を余儀なくされるが、最初から閉まっているならば客は他の店を選べばいい。混乱は最小限に抑えられる。

 

 グスターブを飯時より前に解き放っているのは、交換条件ってところだろうか。

 誰もいない時間帯に、好きなものを優先的に食べても構わない。その代わり、昼飯時には大通りをウロつかないでくれ……とかな。

 

 とにかく、とんでもないバケモノがいやがった。

 なんだ?

 精霊神への信仰心が高いほど胃袋がバカになる呪いにでもかかるのか?

 

 こいつは、ベルティーナと同じか……それ以上に食いやがる。

 なにせ、限界が見えないのだ。

 ベルティーナですら、過去に一度経験した、胃袋の限界……グスターブには、それがあるのだろうか。

 

「安全策は、あいつに負け要員をぶつけることなんだが……そうすると、一勝分は余裕が欲しいよなぁ……」

 

 しかし、四十一区には……いや、狩猟ギルドには、もう一人脅威となる人物……いや、バケモノが存在している。

 

「……メドラ。マグダをぶつけて抑え込めるのだろうか………………」

 

 フードコート一気食いのグスターブ。

 そして、すべてが規格外のメドラ。

 この二匹のモンスターに、俺たちは太刀打ちできるのか…………

 

「考えてても仕方ねぇ。ちょうどいい時間だ。……メドラの食欲を視察しに行こう」

 

 情報が欲しい。

 くそ、ここに来て妙に焦り始めてしまった。

 昨日まではやたらとのんびりしてたってのに……俺、ちょっと弛み過ぎてたかもしれないな。

 

 俺は駆け足で大通りを抜け、四十一区の街門へと向かった。

 目的地はそこではなく、街門のすぐそばに建つ狩猟ギルドの本部だ。

 

 うまくアポが取れればいいんだが…………

 

 どこかの監獄を思い起こさせるような巨大な門の両サイドに、これまた脱獄不可能な監獄にうじゃうじゃいそうな、筋肉だらけの大男が一人ずつ立っている。

 門番すら怖い。狩猟ギルド、堅気の仕事だっていうのがイマイチ信じられないんだよな。

 

「誰だ?」

「なんの用だ?」

 

 門に近付くと、門番が素早く詰め寄ってくる。

 すげぇ圧迫感……っ!

 

「いや、ちょっと、ギルド長に面会を……」

「不許可だ」

「帰れ」

 

 すげぇ冷たい。

 いや、これくらいで当然なのか。マグダでさえ、陽だまり亭で会うまでは一度も会ったことがないと言っていたんだ。

 支部長のウッセですら年に一度会えるかどうからしいし、アポなしの部外者には面会の許可なんか下りるはずもない。

 

 それだけ、重要なポストにいる人物なんだろう。

 特に今は、魔獣のスワーム討伐直前だ。

 警備が厳しくなっていて当然。

 

 ……しょうがない。今日は諦めるか。

 

「じゃあ、すまないが、『オオバヤシロが、スワーム討伐の激励に来ていた』ってだけ伝えてくれるか? たぶんそれで分かるはず……」

 

『はずだから』と言い終わる前に、門番が「びしぃ!」と背筋を伸ばし、突風を巻き起こしそうな勢いで回れ右をした。

 そして、本部の窓に向かって、街宣車がウィスパーボイスに思えそうなほどの大音量でこう叫びやがった。

 

「ママぁー! ママの言ってた『オオバヤシロ』が、ママに会いに来たよー!」

「ママの言ってた通り、スワーム討伐前に、ママをデートに誘うために来たんだねー!」

 

 って、おい!? 

 デートってなんだ!?

『ママの言ってた通り?』

 一体、何が起ころうとしてんだ!?

 

 そんな疑問を口にする暇もなく、本部の建物がぐらぐらと振動し始めた。

 ……メドラが、廊下を走っているのだろう…………倒壊するっ、倒壊しちゃうから! 廊下は走らないでっ!

 

「ダァーーーーーーリィーーーーーーンンンンンッ!」

 

 モンスターが現れた。

  どうする?

   → 逃げる

     逃げる

     逃げる

     諦める

 

 しかし、敵に回り込まれた!!

 

「もう! 遅いじゃないかい、ダーリンッ! アタシ、ずっと待ってたんだからねっ!」

 

 俺は、丸太のような二本の腕に拘束され、ぶんぶんと無遠慮に振り回された。

 やめろ……背骨が粉々になる……背骨ふりかけになっちゃうからっ!

 

「やっぱり、か弱いアタシが危険な狩りに行く時には、心配して来てくれると思ったよ! さすがアタシの見込んだ男だ! ギリギリまで焦らすなんて、意地が悪いじゃないかっ! ……でも、その分嬉しさも倍増だよっ! きゃっ! なに言わせんだい、恥ずかしい!」

 

 恥ずかしさのあまり人を殺めるのは遠慮してもらいたい……つか、そろそろ、マジで……死ぬ…………

 

「あんたたち!」

「「はっ!」」

「アタシはこれから、ダーリンとランチデートに行ってくる! 折角誘いに来てくれたんだ、断っちゃあ女が廃る! そうだろう!?」

「「はっ! 廃ります!」」

「アタシが留守の間、しっかりと本部をお守り!」

「「はっ! 命に代えて!」」

「おかしなマネをするヤツがいたら…………かまいやしないよ、ふりかけにしてやんな!」

「「はっ! 粉々にしますっ!」」

「じゃあ、ちょ~っとラブラブしてくる、にゃん☆」

「「はっ! いってらっしゃいませにゃんっ!」」

 

 ……あれ、なにここ? お化け屋敷?

 

「さぁ、ダーリン。お腹空いたろう? アタシの行きつけで、美味しいお店があるんだ。一度ダーリンと行ってみたいと思っていたんだよ。ついてきてくれるかい?」

「あ、……あぁ、行く。行くから……解放してくれ……」

「う~れ~し~い~! じゃあ、大急ぎで行くよっ!」

「ちょっ!? 解放……っ!」

 

 ドン!――と、空気が破裂する音がして、俺の鼓膜は仕事を放棄した。

 何も聞こえないし、何も感じない。

 ただ、流れていく景色が速過ぎて……「あ、音速超えてるかも」と、ぼんやりと考えることしか出来なかった。

 

 

 俺、やっぱり弛み過ぎだわ……

 

 

 危機回避能力が『OFF』になってるな、これは……絶対。

 

 

 

 

 

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