異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

175話 平等に、公平に -1-

公開日時: 2021年3月16日(火) 20:01
文字数:4,002

 多数決がすべて。

 マーゥルがそう断言した二十九区。

 

 幼き日より次期領主としてこの街を見つめ続けてきたマーゥルが、その歪な実態を聞かせてくれた。

 

「ヤシぴっぴの言った通り、この街では同調圧力が強過ぎるの。マイノリティは悪であるかのように意見を封殺される……それは、『BU』という共同体が発足した時から生み出され、今もなお改善されない悪しき習慣なのよ」

 

『BU』が、この異常なまでの同調現象を引き起こしていると、マーゥルは言う。

 

「『BU』に加盟している各区は、ご存知の通り領土が狭く、産業もなく、力も弱い。けれどプライドだけは高くて、外周区には負けたくない……ごめんなさいね、こんな言い方失礼よね」

「いえ。続けてください」

 

 外周区は格下だとも聞こえる表現に、謝罪の意思を示すマーゥルだが、エステラは先を促す。

 今さら取り繕う必要もない。事実のみを語ろうぜ。その方が手っ取り早い。

 

「だから、七つの区で共同体を作り、相互利益を生み出し、力を維持しようとしたの。そのためには、各区が平等であり対等である必要があった。……だから、どこかが抜け駆けをしないように監視し合う睨み合いが各区の間で繰り広げられているの」

 

 共同体を維持するには、各区が対等でなければいけない。

 それゆえに出し抜こうとする者は徹底的に糾弾され、仮に孤立すればその区は集中攻撃を受けてあっという間に崩壊する。そんなシステムを作り上げたせいで、全区が全区、互いの顔色を窺い牽制し合う関係になってしまった。

 

「だからこその同調圧力と、その象徴ともいえる多数決……ってわけだな」

「そうね。今の『BU』は、自分の意見を言うのも一苦労なのよ」

 

 今回のように、「四十二区に制裁を」と声を上げた際、もし賛同が得られなければ、孤立するかもしれない。そうなれば、「やり過ぎだ」と糾弾され、そして、異常なほど強力な同調圧力によって排除、排斥されかねない。

 

 そこで、多数決だ。

「四十二区、やり過ぎだと思うんですけど~」「あ~、確かにね~」「じゃあ制裁加えたりする~?」「いいかもね~」……という流れで決まったのかもしれん。

 あながち間違ってない気がするのが悲しいところだな。

 

「領主の館で見た多数決は、確かに少し、物々しさみたいなものを感じたね」

 

 エステラが思い起こしているのは、『BU』の連中と会談した日の、あの威圧的なまでの多数決のことだろう。

 こちらの意見など気にもかけず、絶対的な正義であるかのように強行された多数決。

 その決定は何者にも侵すことは出来ず、覆すのは不可能……

 

「そういう街の気質故に、マーゥルは家の者にそっぽを向かれたというわけだな」

「えぇ、そうね。私を次期領主に祭り上げたのも、その権限を奪い去り追放したのも、全部同調圧力によるものだったのかもしれないわね。誰一人、味方にはなってくれなかったもの」

「領主の意見にあわせ、多数派にも逆らえぬとなれば、弱者に手を差し伸べることすら罪になりかねない……か。哀れだな、この区の民は」

 

 ばっさりと、この区の制度を切り捨てるルシア。

 ルシアは、弱い立場の者たちに寄り添うような政策をいくつも立ち上げては実行している。

 マーゥルを追い出した者たちの心理が、理解は出来ても認めたくないのだろう。

 

「物事をすべて多数決で決めるというのは、確かに平等かもしれませんが……」

 

 エステラも表情を曇らせる。

 多数決は平等……か。そういう認識なんだろうな、この区の連中も、『BU』も。

 あんなもんは、少数派の意見を封殺するための名分でしかないのだが……

 

「その結果、『BU』はとても歪になってしまったわ。この豆もそう」

 

 この区の『いびつ』の象徴ともいえる、豆の押しつけ制度。

 これも『BU』が多数決で決めたルールだ。

 

「『BU』の七区は、それぞれ一つの豆を専門的に生産し、『BU』内で等分し、等しく使用しなくてはいけない…………そんな決まりがあるのよ」

 

 マーゥルによれば、その各区が生産を担当する豆というのが以下のものになる。

 

 二十三区『エンドウ豆』

 二十四区『大豆』

 二十五区『落花生』

 二十六区『カカオ豆』

 二十七区『コーヒー豆』

 二十八区『小豆』

 二十九区『ソラマメ』

 

 そして驚くことに……これらの豆を、同じ量だけ生産しているのだそうだ。

 

「事の起こりは通行税だったの」

 

『BU』の中でも、街門を持つ三十区に隣接する二十三区と、港を持つ三十五区に隣接する二十五区は、通行税だけで十分潤っていた。

 だが、共同体は対等でなければいけない。

 そこで、これまで徴収していた通行税は「『BU』を通過した」という名分のもと、各区に分配されることとなったらしい。

 

「それで、不満は出なかったのですか?」

「出たわよ。だから、豆を作ることになったの」

「通行税が原因で、豆を……?」

 

 難しい顔をするエステラを見て、マーゥルが少しだけ笑う。

「普通、理解なんて出来ないわよね」と、自嘲気味な笑みを漏らす。

 

「『BU』に加盟する区は、もともと豆を生産していたの。ただし、売り上げも生産量もバラバラだったわ。ソラマメなんてそんなに売れないし、落花生もエンドウ豆も、高が知れていた。……けれど」

「その中で、爆発的な売り上げを誇る豆があったってわけか」

「えぇ、そうよ」

 

『BU』で生産される豆の中で多様性があり、且つ、それを使った加工品が存在しているものといえば……

 

「大豆、だな」

「えぇ。大豆は別格。それだけで、他の六区の売り上げを追い抜いちゃうくらいだったわ」

 

 この街には、しょうゆと味噌がある。

 当初はその存在に驚いていたが、加工品の発明は、その作物を売りたい一心で各農家やギルドが生み出していると聞かされ、なんとなく納得していた。

 ただ煮て食うだけしか使用用途を見出せていなければ、大豆の売り上げは現在の十分の一もなかったはずだ。

 まさに、死に物狂いで商品開発に心血をそそいだのだろう。

 

「大豆には劣るけれど、小豆やカカオもそれなりに人気の豆だったわ」

「しかし、そこに不平等が生じていた。その不平等を撤廃したというわけなのだな、通行税と相殺するように」

 

 ルシアの言葉に、マーゥルは黙って頷いた。

 

 通行税を分配する。代わりに、大ヒット商品の大豆の利益も分配する。

 だが、それでも不公平は解消されない。

 例えば二十九区は、今のところ得しかしていない。

 

「特に特産品のない二十九区なんかは、『BU』の頭数といったところだったわね」

「数は力ともいえる。あながち、不要とも言えまい」

「そうね。仮に、ルシアさんの三十五区と通行税の交渉をする時も、二十五区単体より、『BU』七区で挑んだ方が有利に話を進められるものね」

「……ふふ。苦労をさせられているさ」

 

 恩恵を受けている区は、数の力として相互扶助の役割を担う。

 そうしてバランスを取っているらしい。

 

「『BU』では、とにかく平等、公平というものが尊重されるの。だから、大豆農家ばかりに負担が行くのも、利益が行くのも容認されない。だから、『BU』内の豆は、一律で同じ生産量にしようというルールが設けられたのよ」

「…………アホなのか」

「否定は、出来ないわね」

 

 俺の発言に、エステラとルシアが一瞬だけ視線を寄越したが、諌めるようなことはしなかった。共感したのだろうな、きっと。だって、アホ丸出しなルールだし。

 

「ってことは、売れ過ぎる大豆の生産量は減らして、売れもしない他の豆の生産量を大豆並みに上げたのか?」

「そう。そしてその結果、大量に発生した在庫を処分するために、『各区は毎月これだけの豆を消費しましょう』というルールが出来て、それに付随するように『お客様に出す料理の六割は豆でなければいけない』みたいなおかしなルールが出来ちゃったのよ」

 

 平等を期すために、不必要なまでに豆の生産量を上げ、余った分は『ルール』という名の強権で押しつける。

 

「平等という言葉のために、この街は歪な制度を受け入れざるを得なかったのよ」

 

 ざっくりとまとめるなら、『BU』とは――

 

 外周区に負けないために、七区の領主が結託して権力を誇示し、そのために平等を強要し合う制度を作り上げた。

 富と労働を平等にするため、売れ行きを完全無視して生産量を合わせ、余剰分を消費するために消費量まで規定した。

 さらに言うなら、売り上げ好調な大豆を少しでも作りたいがために、他の豆の生産量も底上げされ、笑えないほどに豆が余りまくっている……という状況ってわけだ。

 

 なるほどな。

 どうりでピーナッツとかソラマメとか、使用に困る豆ばかり押しつけられるわけだ。

 内部で使いきれない豆を、外部の人間に押しつけようって魂胆なんだな。

 

「そんな歪な制度になっても、『BU』を抜けるって発想にはならないのか?」

「それは無理ね。だって、私たちの区は弱いもの」

 

 これといった特産物もなければ産業もなく、領土も狭い。

 仮に二十九区が歪なルールを嫌って『BU』を脱退したら、他の六区と敵対することになり、あっという間に経済的に崩壊する。

 領民は他区へ逃げ、本当の意味で消滅してしまうだろう。

 

「確かに、恩恵はあるわ。けれど、それ以上に……孤立は出来ないのよ。この世界で生きていくためには」

 

『BU』に留まる理由は、「生きるため」ということらしい。

 

 料理は、豆を残して綺麗になくなっていた。

 俺は茹でたソラマメを齧りながら、この歪ながらも結束の固い『BU』という共同体にどう対峙したものかと頭をひねっていた。

 

 この街で威力を発揮するのは多数決。

 だが、向こうには敵が七人もいる。

 

 最も簡単な勝利方法は、こちらが八人以上の人間を揃え、多数決を行うことだが……『BU』内での決定に、部外者が口を出せるとはとても思えない。

 八人を引き連れて「多数決に参加させろ」と迫ったところで、「こいつらを多数決に参加させたいと思う者は?」って多数決を採られて、一瞬で否決するだろう。

 

 一番現実的なのは、七人のうち四人をこちら側に寝返らせることなのだが……

 

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