これだけ集まると、絵面がすごいな。
「麺はスープに合わせてお好みで変更すると、より特色が強く出ると思います。太麺に細麺、ストレート麺にちぢれ麺。卵を多く使った玉子麺なんていうのも面白いかもしれませんね」
ラーメンの麺を作りながら、ジネットが特大キッチンを取り囲む料理人たちに説明をしている。
今作っているのはしこしこの細麺ストレート。あれはのど越しが素晴らしい。
「こうして、生地を伸ばして形成する麺もありますが、麺棒で伸ばして包丁でカットしていく麺も、食感が変わってとても美味しいです。少しやってみますね」
ストレート麺に続いて、今度はもっちり太麺を作り始める。こっちはちぢれ麺だ。
3mmくらいの薄さに生地を伸ばし、デカい麺切り包丁で細くカットしていく。
手でぎゅっぎゅっと揉みほぐすと、麺には独特なクセがつきちぢれ麺になる。これがスープに絡んで美味いんだ。
ジネットの作業に、いちいち「おぉ~」とか「なるほど~」なんて声が上がる。
どの区の料理人も真剣な眼差しでジネットの手元を見つめている。
びっしりメモを取る者、瞬きもせずじっとその動作を目に焼き付けている者、学ぶ姿勢は様々だ。
ただ、どの顔も一様に「早くやってみたい」と書いてある。
視線をスライドさせれば、隣のキッチンではマグダとロレッタがお好み焼きとタコ焼きを焼いている。
「お好み焼きの生地に山芋を入れるとふわふわになるですし、生地に混ぜるダシ汁で味は大きく変わるです。この辺、要研究ポイントですよ!」
「……タコ焼きの鉄板は単純そうで奥が深い。熱が伝わりやすければ表面はカリッと仕上がる。大きさも、それぞれが理想とするものを追求してほしい」
「単純そうに見えるですけど、奥が深いです!」
「……ソース一つで、名店にも三流にも成り得る」
バリエーションは具材を変えるだけとか、誰が作っても同じ味とか、そんなことには決してならない。
俺が教えてやって以降、こいつらはちょいちょい研究してるからな。
日本に支店を出しても売れるくらいに美味くなっている。
特にソースの研究が楽しかったらしい。
「大盛況だね」
「あぁ、後半になった餃子とケーキ目当ての連中が殺気立つくらいにな」
各区の料理人は、それぞれお目当ての料理がある。
キッチンは二つなので、教えられる料理は二つずつだ。
というか、ラーメンと餃子を教えられるのはジネットしかいないからな。どうしても二回に分ける必要があった。
お好み焼きとタコ焼きはマグダとロレッタが教え、ケーキは四十区から呼んだラグジュアリーのオーナーシェフであるポンペーオに講師をやらせる。
一応、気を遣ってポンペーオの出番は後半にした。
早朝から呼びつけても問題はなかっただろうが、四十区は遠いからな。
……ま、朝一番で会場入りしてやがったけどな、ポンペーオ。
「餃子の試食はこちらです!」
「ケーキの試食は、会場奥のスペースに設けてありますので、ご利用ください!」
オルフェンのところの使用人たちがそれぞれのスペースで声を張り上げる。
待っている間に、こちらが用意した試作品を味わってもらおうという計らいだ。
先に味を見てもらい、改めて講習を受けてもらうことになる。
餃子は普通の焼き餃子にニラ餃子、エビ餃子、白菜たっぷり餃子に、小さい鉄板に並んだ一口餃子。水餃子や蒸し餃子も各種取り揃えてある。
色とりどりで目にも楽しい。
ケーキも各種ズラリと並んで、さながらビュッフェのようだ。
「くぅ! 食べに行きたいのにラーメンの講習始まっちゃう!」なんて、涙目で特大キッチンへ向かっていた女子がいた。
盛大に、ケーキコーナーに後ろ髪を引かれながら。
「あっという間になくなりそうだね」
「料理人としてのマナーが備わっていれば、食い散らかすことはねぇだろうよ」
他の者も研究したいだろうと思えば、気に入った物を食い尽くすなんてこともしないだろうし、外観の研究のためにある程度は残しておくさ。
「警備のために呼ばれましたけれど、この匂いは堪りませんね。お腹が空いてきましたよ、ははっ!」
「おい、誰かあの暴食魚をつまみ出せ!」
グスターブが甲高い声で餃子コーナーへ吸い寄せられていったので、即刻排除する。
大食い大会では完封してやった相手ではあるが、あいつの食欲はベルティーナ以上だ。この会場の食材くらい、簡単に食い尽くされてしまう。
こっちが、どれだけ血のにじむ思いでベルティーナに留守番を申し付けたと思ってるんだ!
説得するの、すげぇ大変だったんだからな!
「とても美味しいですね、この水餃子」
「って!? なんでいるんだ、ベルティーナ!?」
「ジネットに呼ばれたんです。きっとたくさん作ることになるからと」
……まぁ、講師をやってりゃ、食いきれないくらいに作ることになるかもしれないが……そっかぁ、呼んじゃったかぁ、ジネット。
じゃあ、まぁ、母親の面倒は娘に見てもらおう。
「マイベストフレンドヤシロ君! 新しいケーキのレシピをプリーズテルミー!」
「お前は今日、教える側だよ!」
「いや、でも見たことないケーキが並んでいたよ!」
「なんで全部教えてもらえると思い込んでるんだ、お前は」
自分で研究開発しやがれ。
何個伝授したと思ってんだ。
今日は徹底的にこき使ってやるからな。
「うぅうぅううんんんっま!?」
特大キッチンからざわめきが起こった。
ジネットのラーメンが完成したらしい。
小分けにされた小ラーメンを、多くの料理人が啜っている。
「大きな器で、豪快に食べるともっと美味しく感じられるんですよ。うふふ。お食事は雰囲気も大切ですからね」
「分かる!」
「どんぶりで食ってみてぇ!」
「いや、待って! 逆に小さくしてお上品な雰囲気をウリにするのって、アリじゃね?」
わいわいと盛り上がる料理人たち。
それぞれ、思いついたことを近くの者たちと意見交換している。
自分が思いついたことでも惜しみなく発言して、他者の意見も引き出し、この人数だからこそ生まれてくるアイデアを吸収しようとしているのだろう。
当然、誰にも言わない取って置きの情報ってのは、自分の胸の内に秘めているんだろうけれど。
どの情報を出すか、どの情報を隠すか、静かな駆け引きがあちらこちらで行われているのだろう。
この場でまったく意見を出さないようなヤツは、この次から協力を得られないだろうし、唯我独尊と我が道ルートを行くのでなければ、無難に情報交換をするべきだろう。
もっとも――
「つけ麺という、麺とスープを別に提供するラーメンも美味しいですよ。ただ、その場合スープが冷めてしまったり、味が薄くなってしまったりするので対策が必要になります」
――などと、持ってる情報を惜しげもなく大放出するジネットみたいなヤツもいるんだが……もうちょっと秘匿しろよ! 情報は金になるんだぞ! ったく。
「お好み焼きとタコ焼きだけで満足しているようでは、まだまだ甘いですよ!」
「……これが、焼きそば」
「「「ぉぉおおお!?」」」
「この焼きそばをお好み焼きとミックスするとモダン焼きに、薄焼き玉子をかぶせるとオムソバになるです!」
「……ちなみに焼きそばはソースだけでなく塩でも美味しく食べられる」
「「「うっわ、美味そう!」」」
あっちはあっちで、情報の大盤振る舞いをしている。
ミックスモダン焼き、ついこの間教えてやったばっかじゃねぇか。もう情報漏洩してるし。
あいつら、セルフ独占禁止法でも自分に課してるのか?
儲けなんてもんは、独り占めしてこそなのによぉ。
「ちなみにな、あんかけかた焼きそばっていうのがあってな、ちょっと退いてみ」
「ふぉぉお!? お兄ちゃんがここにきて、初耳な料理を持ち出してきたです!」
「……店長より先に知るチャンス」
「えっ!? えっ!? わたしも見たいです! ズルいです、ズルいです!」
「きっと美味しいのでしょうね。完成が楽しみです」
「君たちはホント、どこにいてもブレないよね」
はしゃぐ四十二区ご一行を見て、エステラがため息を漏らす。
結局、我慢できずに持ち場を離れて見に来たジネットを交え、みんなの見守る前で海鮮あんかけかた焼きそばを作った。
ま、ジネットのラーメンが完成するのを待って持ち出した話題だけどな。
「カリッとした焼きそばが海の幸の旨味を閉じ込めたとろとろのとろみに包まれて、お口の中でわっしょいわっしょいしています!」
「これはとっても美味し――お代わりをお願いします――いですね、もぐもぐ」
「お兄ちゃん、これ、あたしもマスターしたいです!」
「……鉄板界の女神と名高いマグダも必修の料理」
「これ美味しいね。ボク結構好きだなぁ。陽だまり亭のメニューに入れるの?」
評価は上々のようだ。
その他の連中も、ぱりぱりもしゃもしゃと試食している。
「これさ、ラーメンに海鮮あんかけ載せたら絶対美味しいでしょ!?」
「だったら、とろみや具材に負けない太麺にするといいぞ」
「あぁ、確かに! さっきのツルシコ麺より、もっちりした太麺で食べたいかも!」
わっと料理人に囲まれ「もっと他にあんかけのレシピはないのか」と詰め寄られる。
おのれの目と舌を頼りに研究しろ。
俺の情報は、そんなに安くないんだよ。
「うふふ、ヤシロさん、今日は情報の大盤振る舞いですね」
「柄にもなくテンションが上がっているようだね、ヤシロも」
そんな見当違いな評価を耳に、講習会前半戦は幕を閉じた。
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