ミリィの花屋に行く前に、大通りでポップコーンを買っていく。当然陽だまり亭二号店のハニーポップコーンだ。
最初は屋台を増やそうかとも思っていたのだが、現状は二つあれば十分だったりする。
あまり一気に手を広げるよりも、地盤を固めて確かな顧客層を形成する方が重要だと思い直したのだ。経営は戦略的に、そして、臨機応変にだ。
しかしながら、猛暑日にポップコーンは、さすがに売れ行きが悪いようだ。
喉、渇くもんな。
売り子をしている妹たちに、水分補給と定期的に交代して木陰で十分休憩を取るように言い含み、俺たちは花屋へと向かった。
「涼しぃ……」
ミリィの花屋は、ひんやりとした涼しさに満ちていた。
打ち水の効果っぽいな。
「ぁ……いらっしゃい」
「よぉ。昨日はありがとうな」
「ぅうん。みりぃも、たのしかった」
ミリィは、大きなハサミを使って花の茎を斜めにカットしている最中だった。
その花をまとめてテーブルに置くと、パタパタと俺たちの前までやって来る。
動き方がちょこちょこしているので、本当にテントウムシみたいだ。いや、本当にテントウムシ人族なんだけどな。
「ちょっと聞きたいことがあるんだがな」
「なぁに?」
「竹はあるか? 出来るだけ太くて長い、立派なヤツがいいんだが」
「ぁ…………ぅぅ……」
ミリィが困ったような表情を見せる。
なんだ? 実は今売り切れたばっかりとか、そういうことか?
「ぁの……れじーなさんがね……」
レジーナ?
「てんとうむしさんが、『太い』とか『長い』とか『立派』とか言う時はせくはらしようとしてる時だから、気を付けなさいって……」
「すまん、ジネット。俺、今からちょっとレジーナをぶっ飛ばしてくる」
「あ、あの、落ち着いてください、ヤシロさん! ミリィさん、レジーナさんのその発言はご冗談ですので、お気になさらずに!」
「ぇ……そうなの?」
あんの真っ黒薬剤師……腹の中まで黒いのかあいつは……今度絶対ぶっ飛ばす。
「竹なら……、ちょっとまってくれれば用意、できるよ?」
「そうか。太くて長くて立派なヤツな」
「ぁう……ふ、太くてなが……」
「復唱はしなくていいですよ、ミリィさん! ヤシロさん、今面白がってやりましたね!?」
いや、だってよ……
「ジネットも、昔はどこか抜けててぽや~っとしたヤツだったのに……そういうことに敏感になったんだなぁ……しみじみ」
「誰のせいですかっ!?」
「………………レジーナ?」
「…………それは…………否定は、出来ませんけども……」
やはり、そばに男がいれば少なからず意識したりするのだろうか?
意識…………俺を?
…………………………………………
「……てんとうむしさん?」
「なんでもない!」
「にょっ!? ……な、なに、が?」
「あ……いや、…………すまん、なんでもない」
「ぇ…………ぅ、うん。わかった」
何をやってんだ、俺は。
「それで、竹は……どれくらい、ぃる?」
「まぁ、2メートルくらいあればいいかな。もっと長くてもいいけど」
「わかった。こんど、もっていくね」
「よろしく頼む」
エプロンのポケットから紙束を取り出し、さらさらと文字を書き込んでいく。
「ぁの……ごちゅうもん、ありがとうございました」
手を揃え、ぺこりとお辞儀をするミリィ。頭の上で大きなテントウムシの髪飾りが揺れる。
髪飾りが揺れるのが嬉しいのか、顔を上げると「ぇへへ……」と、髪飾りを手で押さえて照れ笑いを浮かべる。
え、なにこれ。テイクアウトお願いしていい?
「あの、ミリィさん。これはなんの植物なんですか?」
ジネットがカウンターのそばに飾られている細長い草を見つめて言う。
花らしいものは咲いておらず、普通に草だ。茎と葉。葉っぱは、気持ちイチゴに似ているか?
「ぁ……それは、スノーストロベリー…………今から植えておくと、雪が降る頃に、毎朝実をつけてくれるの」
雪……
こんな猛暑日に耳にする単語じゃないよな。
一体いつになるんだろうな、収穫できるのは。
「毎朝イチゴが食べられるんですか?」
「ぅん。上手に育てたら」
「ヤシロさん、一つ買ってみませんか?」
先行投資ってヤツか?
まぁ、試してみるのも悪くないだろう。
雪が早く降りますようにという、夏場独特の願いも込めてな。
「それじゃあ、それも竹と一緒に届けてくれ。今日は他にも行くところがあるからな」
「ぅん! 持っていっておくね」
代金を先払いし、俺たちは花屋を出た。
店先まで見送りに来てくれたミリィは、俺たちが見えなくなるまでずっと手を振っていてくれた。
ただ、いつもの『エンドレスばいばーい』は、なかったけどな。見送る立場の時はやらないようだ。
「さて。レジーナを殴りに行こうか」
「いえ、それは…………えっと、あとは金物屋さんと、先ほどのスノーストロベリーを植えるための鉢を買いに行きたいのですが」
「鉢……じゃあ、セロンのとこだな」
「はい」
金物屋よりもレンガ工房の方がここからは遠い。遠回りするなら手ぶらな状態の方がいい。荷物を持ってこの酷暑の中を遠回りするなんざ考えただけで汗が出る。先にレンガ工房へ向かうとしよう。
「こんな、さんさんと太陽が降り注ぐ日だと、ウェンディが日中でも光ってるかもしれんな」
「うふふ……そんな、まさかですよ」
などと笑いながら、人通りの少ない道を歩き、レンガ工房へとたどり着く。
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